§8.2 寝耳に水/ 尾崎行雄『民主政治読本』
寝耳に水
しかるにわが国の婦人は,ほとんと何んの苦労もせず運動もせず,敗戦後の夢うつつのうち,一足とびに全く男子と平等の参政権を得てしまった.うれしいと思うより,寝耳に水をつぎ込まれたように驚き,戸まどったのも無理ではない.昔は戦争に敗けて奴れいにせられた例も多いのに,今度は戦争に敗けた結果,日本の婦人は奴れいの境涯から人間の境涯に浮び上ったのである.まことに不思議な敗戦ではないか.この不思議の謎は,これからの世界の形勢の推移によって,自然に追々とけて来るであろうが,お互いもまたその謎をとくことにつとめねばならぬ.
すでに,第4章の“希望にみちた明日”において説いた通り,日本は敗けてかえってよくなった.否,よくなったというのは早過ぎる.現状は誠にさんたんたるものであるが,もしわれわれが,敗けて屈せざる大国民の性格をふるい起して,真の平和国家として立ちなおるつもりになれば,その途を妨げる一切のじゃまものは,新憲法の制定によってきれいに取り払われてしまった.国民の努力次第では,今日ほど希望にみちた時代は,おそらく開びゃく以来,未曽有である.特に民主政治を建立する新しい力として,2000余万の婦人の力が加えられたことは,三つの八八艦隊,100万の陸海軍にも増した日本の強味である.
ただし,わが国の婦人は,あまりにもた易くただでこの参政権をもらったので,この権利の本当のねうちがまだわからないかも知れん.したがって,その効力を十分に発揮するように使いこなすことができないのではないかという心配はある.
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底本
尾崎行雄『民主政治讀本』(日本評論社、1947年)(国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1438958, 2020年12月24日閲覧)
本文中には「おし」「つんぼ」「文盲」など、今日の人権意識に照らして不適切と思われる語句や表現がありますが、そのままの形で公開します。
2021年3月14日公開
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