§11.6 憲法違反/ 尾崎行雄『民主政治読本』
憲法違反
新憲法のまつ先きに“日本国民は,正当に選挙せられた国会における代表者を通じて行動し……”という文句がある.これは明かに,直接行動を不可とする日本の民主主義のありかたを示した重要な国家の意思である.であるのに昨年は色々の団体が,隊をつくって総理大臣官邸に押し寄せたり,関係官庁を包囲したり,甚だしきは米をよこせと称して,宮城に押しかけたりした.今年も労働攻勢とかが高まって来ると,一部の連中にせん動されて,こうした見当違いの運動がくり返されるであろうと予想せられる.
しかしこういう直接行動は,明かに憲法の明文にそむき,且つ立憲政治の何んたるかを理解しない者のおろかにして恥ずべき行動である.合法的な手段で国民の要求を達成することのできない専制政治の国ならいざ知らず,いやしくも立憲政治の国においては,群集が自ら仕事を休み,すき腹をかかえて,総理官邸に殺到しなくてもいいように代表者を選挙しておくのである.この自分たちで選び出した議員をさしおいて,直接に御所におしかけて,米をよこせというのは全く見当違いであり,恥ずかしい行動である.もし天皇に伺いたいことがあれば,この議員が出るべきである.もし議員がなすべき職務をなさなかった場合,群集が議院の内に詰め掛けるのなら筋が立つ.民主主義をはきちがえ,大衆をせん動して,一種の暴民運動を起し,その圧力をもって内閣倒壊をたくらむごときは,自ら議員の職分を忘れ,議会政治を否認するものである.
憲法の保護をうけている日本国民である以上,右でも左でも,その憲法の明示する所を守らなければならぬことはいうまでもない.
底本
尾崎行雄『民主政治讀本』(日本評論社、1947年)(国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1438958, 2020年12月24日閲覧)
本文中には「おし」「つんぼ」「文盲」など、今日の人権意識に照らして不適切と思われる語句や表現がありますが、そのままの形で公開します。
2021年4月16日公開
誤植にお気づきの方は、ご連絡いただければ幸いです。