§9.2 犬と人間/ 尾崎行雄『民主政治読本』
犬と人間
人間と犬猫やにわとりとは,どこで区別するか.政治的の見方でいえば,選挙権があるかないかのちがいである.
犬や猫やにわとりの生命や財産は,全く飼い主のおなさけ次第で,いつ売られるか殺されるかわかったものではない.なぜなら犬や猫やにわとりには,代表者を選んで,その代表者がきめた規則によるのでなければ,たとえ飼い主といえども,勝手に売ったり殺したりすることは許さぬと云い張る権利――すなわち選挙権がないからだ.それなのに生命財産その他の権利自由の持主であることを自覚した人間は,犬や猫やにわとりのようなそんな不安な生き方にあまんじることはできない.ぜひとも自分たちの仲間から代表を選び,その代表がつくった法律のわくによって,げん重に政府をかんとくし,あくまで自分たちの権利自由を守りとおさねば承知しない気になって,代表を選ぶ権利すなわち選挙権を要求して,とうとうこれをかくとくしたのである.
立憲政治の国を一名法治国というぐらいで,政治は一から十まで,法律にもとづいて行われる.従って,国民生活の幸不幸は,まったく法律のできぐあいいかんできまる.もし立法府が,国民の身体に関する権利や自由をそくばくしたり,不当不公平な税金をかけるような法律をつくれば国民のこうむるめいわくは,けだし甚大であろう.そしていかなる場合にも,絶対に国民をうら切ることのない法律制定者(立法府)をつくるか否かを決する力は,1票の選挙権である.この1票こそ,人間の生命財産その他の権利自由を確保する最後唯一の自衛権であることを知らなければならない.
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cf.
1) 尾崎行雄『政戦余業 第1輯』「憲政の本義」の中の「人畜の相異は選挙権の有無に在り」の章。(大阪毎日新聞社、東京日日新聞、1923年)(国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/968691/1, 2021年3月22日閲覧)
底本
尾崎行雄『民主政治讀本』(日本評論社、1947年)(国立国会図書館デジタルコレクション:https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1438958, 2020年12月24日閲覧)
本文中には「おし」「つんぼ」「文盲」など、今日の人権意識に照らして不適切と思われる語句や表現がありますが、そのままの形で公開します。
2021年3月22日公開
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