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慎之助おじさん

「ホームランあべしんのすっけ、ホームランあべしんのすっけ、ホームランあべしんのすっけー、、、"し"ん"の"す"け"ーーーーーーーーーーー!!

姉の職場の接待用のシーズンチケットの余りを譲ってもらって、月に1回程度東京ドームにプロ野球の試合を観に行くと、きまって必ず大きな声を張り上げてジャイアンツを応援している、50代後半くらいの、陽気で、少し髪の量に歳を感じるおじさんが私の2つ前の席に座っている。

毎回そのおじさんの大ボリュームが、その周囲の席に初めてやって来た接待客たちを驚かせる。

しかしこのおじさん、始終大きな声で叫び続けているわけではない。大きい声を張り上げるのは、実は、阿部慎之助が打席に入っていく時に流れる「セプテンバー」の替え歌を大合唱している時と、ジャイアンツの得点が入って「ビバジャイアンツ」をタオルを回しながら歌っている時だけで、とりわけ、「セプテンバー」の歌が終わった後の「しんのすけ」コールと、「ビバジャイアンツ」を歌い終わった後の「万歳三唱」で最大のボルテージを発揮する。きっと「歌の余韻よりも俺の余韻を感じたい派」なのだろう。

その他の場面では基本的にアリ一匹の足音が聞こえるほどの無存在感である。ただこの2つの状況で、高さ60mの上空をオスプレイが飛んでいる音並みの大音量を発するものだから、彼の存在感はハドソン川から眺めるニューヨークの自由の女神並みに強いのである。「万歳三唱」が終わると、回していたオレンジタオルを元の首のポジションにそっと巻きつけ、静かに腰を下ろして再び寡黙ワールドに入っていくのがとても印象的だ。


このおじさんの基本スタイルは、首にオレンジタオルを常時巻き付け、服の上下は汗とシミの交じった仕事終わりと思われるスーツスタイル。土日もその格好だからおそらく週休0日のブラック企業勤めなのだろう。あっ、でも毎日東京ドームに夕方には足を運べるぐらいだから実はホワイトなのかも。

さぞかし、シーズンシートを購入しているくらいだから相当な金持ちなのだろう。だけど、なんかあんまりリッチに見えない。。なんなんだろう。このモヤモヤ。。なんであんなに元気で静かなんだ?奥さんはいるのか?お子さんは??仕事の同僚とは仲良いのか?とかそんなどうでもいいプライベートなことまで気になり始めて、ある時、怖いもの見たさで、そのおじさんにおもいきって話しかけてみた。


「あのー。今日はお仕事終わりですか」

「うん?そうだよっ」

「あっ、はじめまして、時々あそこの席で観戦してる金子というものです」

「あぁ、それはどうも」

「お仕事何されてるんですか?」

(しまった。知りたい欲優りすぎて、超ストレートにプライベートなこといきなり聞いてしまった)

「サラリーマン」

(おーっ、けっこうさらっと答えてくれる)

「失礼ですが、年収っていくらぐらいなんですか?」

(失礼すぎるだろー、自分ww)

「650万」

(えーっ、めっちゃ平均年収ー)

「年間シートをご購入されてるんですか?」

(なんだよその営業マンみたいな質問の仕方)

「うん」

「いくらぐらいなんですか」

「200万くらい」

(うわっ、高っか!なんでこのおじさんそんなに金使えるんだよ)

「それだと生活大変にならないですか?」

「全然。俺はジャイアンツが好きで毎日野球を観れることが一番の幸せだからさ。俺はそれ以外のところにあんまり金使わないから。それに奥さんも子どももいないし。何一つ苦になることなんてないよ。仕事も夜こうしてジャイアンツの試合を今日も観れると思えば楽しめる。巨人が勝とうが負けようが関係ないんだ。こうして応援できることが最大限の俺の幸せなの」

「そうなんですね!」


その時、何か、「お金」の使い方というのをおじさんから学ばせてもらったような気がした。

失礼だけど、おじさんはそんなに大金を稼いでいるわけではない。でも、おじさんの毎日はとても充実しているように見えた。

毎日東京ドームで野球が観られる。そのことがおじさんの生きがいで、幸せで、そこに、持っているお金の多くを注ぎ込んでいた。

有り金の中で、自分の好きなことにだけお金を使う。そしてそのことに自分の幸せを感じる。これが本当のゆたかさなのかもしれないなと、私は思った。


お金が全くなかったら、やっぱり相当心が強くないとゆたかさを感じ取れない。だからお金がない人はけっこう心も貧しかったりする。

かといってお金をたくさん持っている人がゆたかかといえば、それも違うような気がする。お金を稼ぐために身を壊している人は決してゆたかとは言えないし、お金を稼いでもなお、もっと欲しい!もっと稼ぎたい!と常に欠乏状態にある人もきっと心はゆたかではない。


あの東京ドームのおじさんのように、ある程度稼ぎがありながら、プライベートの時間も確保し、そこで自分の好きなことにだけ必要最小限にお金を使って満足を得る!

これが本当のゆたかさなのかもしれない。


有り金の中で充実した過ごし方を考える!

そうして真にゆたかな生活を私も送っていきたいと思う。



「おじさん。たぶん私また来月来ますので、一緒に、おじさんのお気に入りの売り子さんが売ってるビール買って、飲んで、ジャイアンツ応援しましょ!」

「おっ。またな」

最初は無口そうな感じだったけど、話始めてみるとけっこう気さくな人だったな。


今年は、阿部慎之助引退しちゃったけど、応援スタイルどうなるんだろうか?


慎之助ロスを除けば、今年もおじさんはきっとゆたかだ。




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