野球の神様⑳
今日はチームが練習試合の日。
バットくんはバックネット裏から試合の様子をみている。
野球の神様もバットくんのそばについて試合の戦況を見守っている。
無論、野球の神様は神様としての仕事をするためにグラウンドに来ているのだが、反面でバットくんの成長を間近でみたいという思いから、わざわざこの試合を選んで足を運んだということもある。ほぼバットくんの専属神様みたいなもんでもあるから。
今日は両チーム投手戦の形にしていくつもりじゃ。こういう時にこそ、バッテリーの配球の癖というのは出やすいのじゃ。バットくんはピッチャーとしてもバッターとしてもより成長するために、今日はそういうところを学んで欲しいのぉ。
両チームとも練習量としては互角であり、そういう点を踏まえて、神様は投手戦の流れを作ろうとしているのだが、実際のところバットくんに野球のもっと深いところを学んでほしいとの思いから、そういう試合展開にしようとしているところがあるのかもしれない。
試合は終盤、5回の表。バットくんの味方チームの攻撃。両チームとも無得点で試合は進んでいる。
ここまでみていてバットくんは気づいたことがあった。
「あのキャッチャー、各バッターの打席の中で必ず1回はインコースを使ってこようとしてくるな。クリーンナップに対しては基本外で勝負しといて一球見せ球のインコースを投げさせてからの外スライダー。それ以外のバッターに対しては3球以内に必ずインコースをついてくる」
この回の先頭は3番バッターからだ。初球・二級目と外のスライダーで簡単にストライクをとった。
「次はおそらく、インコースまっすぐだな」
ズドーンっ!ストライク!!
さすがじゃバットくん、キャッチャーの思考をきっちりとらえたようじゃなぁ。
そのあともバットくんの予想通り、ほぼ全打者に必ず1球はインコースのまっすぐを使ってきていた。
他にもバットくんは相手バッテリーの、
・同じ球種を3回以上連続でしつこく投げる性質
・大ファールを打たれた後にその打たれた球種をあえてもう一回投げる性質
・カウントが悪くなるとスライダーでカウントを取ろうとしてくる性質
などを読み取った。
一方、味方チーム。キャッチャーは、バットくんとも普段からバッテリーを組んでいる里根くんだ。
バットくんは彼のことをじっくり観察し、相手チームのキャッチャーとは対照的な性質を持っていることに気がついた。
例えば、
・初球は真っ直ぐにせよ変化球にせよ必ず比較的甘めのストライクボールを投げさせること。
・カウント有利に進めて2・3球目以降になるとうってかわってかなり厳しいコースで勝負をしようとしてくること。
・同じ球種は最大でも2回までしか続けないこと。
・勝負球はその打席の中で1回でも空振りをとった球種を使うこと。
・基本的に外角勝負で内角球は9人に1人ぐらいの割合でしか使ってこないこと。
などがあった。
「里根もけっこう配球のクセあるんだな。こうやって思考がわかっちゃうと、今まで何も考えずにあいつの配球にうなずいていたのが恐ろしい。同じ試合の中で配球の思考を変えたり、裏をかいたりすることもほんとに大事だな」
そんなことを試合を通じてバットくんは感じていた。
野球って恐ろしいじゃろう。野球は技術だけじゃないんじゃ、頭を使うことも必要なんじゃな。わしらも野球やってる子たちの行動をいつも観察しながら彼らの思考を認識しているのじゃよ。その中でその思考を操りながら試合の流れを動かしている。
すなわち、君が選手一人一人をよーく観察して全選手の思考をすべてお見通しにすることができれば、君も野球の神様になれるっちゅうことじゃな。ベーブ・ルース以来の人間の神様になぁ。
昨日の練習と今日の練習試合を通じて、バットくんは戦わずして勝つ方法の一端に触れることができたのであった。