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甲子園のはかない夢
高校3年生の夏。
甲子園をかけた地方大会の初戦、9回ウラツーアウト満塁。バッターボックスには、2年生からレギュラーとして出場していて、広角に打てるシュアなバッティングが持ち味の、同級生Mが立った。
試合はほぼ互角でここまで進んでいた。前半5回までは、うちのチームが流れを掴みきれずに3点を失い、打つ方も2安打に封じ込まれていた。
しかし、後半に入りうちのエースは完全に立ち直り、6回以降をほぼ完璧に抑え込んだ。そして、打線のほうもつながり始め、6回に1点、7回に1点、8回にも惜しいチャンスをつくり、9回ウラ、3-2で最後の攻撃を迎えた。
負けてはいるものの、完全に流れはうちのチームにあった。
最終回、ヒットとフォアボールなどでチャンスをつくり、とうとう9回ウラ・ツーアウト満塁、一打大逆転サヨナラのチャンスを迎える。
打席のMに誰もが期待感を高めた。
「あいつなら絶対に打ってくれる」
そういう、確信にも似た祈りがあった。
しかし、
無念にも、Mのバットは最後の球で空をきった。
「甲子園出場」という夢が、はかなくも、一瞬にして消え去った。
試合後チームメートの誰もがすぐに立ち直ることができず、グラウンドの外で、ずっと下を向いて、うずくまって、涙を流し続けた。
何時間、その状態でいただろうか。これはオーバーではなく、午前のうちに試合が終わったはずなのに、気づいたら日がかなり沈みかけていた。
めちゃくちゃ悔しかった。立ち直れなかった。夢破れたのに、夢を諦めきれなかった。もうどんなことがあっても絶対に叶うことのない夢なのに。
その日から10日間ぐらいは、ずっとその日の試合を引きずり続けて生活していたと思う。それぐらい、私にとって「甲子園」というのは大きな大きな目標であり、夢であった。
2020年5月20日。今年の「夏の甲子園」が中止されることが正式に高野連から発表された。
今日、高校球児はいったいどんな思いを抱いているのだろうか。
3年生にとっては最後の大会。去年の大会で悔しい思いをして今年の大会にリベンジをかけていた高校生たち。去年の先輩の熱い戦いぶりをスタンドで見ていて、今年は俺たちが先輩を超えるプレーをしてやるぞと、この大会に向けて意気込んでいた高校生たち。今まで一度もベンチ入りを果たしたことがなく、最後の夏は絶対にベンチ入りを果たして活躍するぞ、と死ぬ気で練習に励み努力を続けてきた高校生たち。そして何よりも、「甲子園」という憧れのグラウンドに立つために、自分の高校生活の青春をなげうって、今回の夏の大会に懸けてきていた全国の高校生たち。
彼らの気持ちを推し量ると、胸が強く締め付けられるような思いを抱く。
この大会に懸けてきた高校生たちは、その思いの強さをこれからどこに向けていったらいいのだろうか?
挑戦して夢破れた、2012年の高校球児。
挑戦することすらも許されずに夢消え失せた、2020年の高校球児。
彼らの気持ちを思うだけで、心が痛い。
どうか、彼らが納得できるような特別な措置がとられることを、願うばかり。