小説「Glock」
Glock。全長174mm、重量595g、装弾数15発。1980年当時オーストリアのグロック社が開発した自動拳銃。フレーム等にプラスチックが使われている事からどこか玩具的な印象が漂うが、その優秀な性能から軍用・警察用を問わず、世界各国で広く使われている自動拳銃だ。
そして今現在、俺の腹の中から突き出ている拳銃でもある。
臍の傍、右横1㎝程度離れた場所から銃口から引き金をカバーするトリガーガード前部辺りまでが、俺の腹からニュッキリ突き出ている。若干銃口は右斜めにかしげており、だから俺の腹の中に入っているであろうこの拳銃の残りの部分も、右斜めに傾いた状態で入っている事になる。
別にGlockを間違って食べてしまい、結果それが腹を突き破ってコンニチワした訳では無い。ある日突然生えてきたのだ。そう、生えて来た。
入浴中、臍の隣に黒い点の様なシミを発見したのが最初だった。40超えてこんな所にホクロが出来るのか、とその程度に思っていたものだが、徐々にそのホクロは固くなり、しこりの様になっていった。こうなると、ホクロではなく、癌なのか?と疑るようになる。急いで病院に行き検査してもらうと「これは癌細胞ではありません」と医者は言った。ではなんでしょう、固くなったホクロですか?と尋ねると「いいえ、プラスチックですね」と言われ、俺は混乱した。プラスチック……?「昔飲み込んでしまったものが、外に出てこようとしているのかも知れません」と医者は続け「まぁそれ程心配する必要もないでしょうから、しばらくそのままにしておきましょう」と言われ、俺は見守った。
固いしこりは、日毎にその大きさを増し、ニョキニョキと生えてくるようになる。1週間で1cm伸び、次の1週間で2cm伸び……。俺の腹は臍の辺りから右斜め前方に向かってニュキニュキ育っていく。お陰で服選びも大変だった。まずTシャツが着れない。着ても腹の辺りが不自然に尖がってしまい、割烹着の様なダボダボしたモノを着るよりなかった。不便この上ない……のだが、この伸びる黒い何かは卵の殻を割って外に出ようとする雛鳥の様な所もあり、恐ろしい反面、早く出て来ないかなぁと変な親心で見守っていたりもした。
3cm伸びた所で、ある朝目が醒め起き上がるとその衝撃で伸びきった腹の皮膚の薄皮がつ―――っと裂け目が入り、べるんと一気に皮膚が剥けた。
そして、皮膚の下から真っ黒い棒が現れた。
しばらく撫でさすってみた。硬い。そして冷たい。棒の先端には穴が開き、棒の先端には角の様な小さな出っ張りがあった。それが、銃身である事に気付くのはさして時間は掛からなかった。穴は銃口であり、角の様なモノは照準を合わせる時に使うフロントサイトだ。俺は銃が好きだった。なのですぐに理解する事が出来たのだ、Glockである事も理解する事が出来た。まぁだからといって腹から出してみたいと思った事は一度もないが。
腹から、Glockが出て来てしまった。という事は残りの部分はまだ腹の中にあるのだろうか……。腹をさする。何か大きなモノが腹の中にある様な感じは全くない。胃もたれもない。取りあえず、病院に行くべきなのだろうか。しかしその際、銃刀法違反で逮捕される何て事になったりはしないだろうか。「この拳銃をどこで手に入れたんだ?」と言われたら一体何と答える?まさか体内で製造しました、などと言った所で誰も信じてくれやしないだろう。俺は取りあえず誰にも言わず、そのまま過ごす事にした。
話は少し変わるが、俺はモテない。
40を過ぎて未だ独身だ。今まで誰かと交際もした事がなく、あらゆる女性経験がない。いや、オブラートに包んでも仕方ない、童貞だ。30の後半を迎えた辺りから諦めの境地に到達した。彼女は無理なのだろうと。とにかく、モテなかった。
なぜそんな話を突如として始めたのかというと、腹にGlockが生えてからというもの、そんな俺が突如として女性の注目を集め出したのだ。だっぽりとしたセーターに身を包み(それでも十分腹は目立っていたのだが)近所に買い物に行くと、視線を感じる事が多くなった。それも女性の。最初は腹の辺りを注視してくる女性が多いなと思うくらいだった。もっともこの格好だ、気にならない方が可笑しい。だが、女性の行動に反して男性は、全く俺の腹には興味を示さない。いやむしろ見ないように視線をそらしさえする。そばに行けばスッと避ける、俯いて何処かへと立ち去ってしまう。だが、女性は最初は恥ずかし気に俺の腹をチラチラと見た後、次第に人目も気にする事なく凝視するようになるのだ。嫌がっている様な感じもないし、まぁこちらとしても、気に入ってくれているならばと、強気になり服装を少しづつ軽装にしていった(実際、セーターは暑かった)。セーターから、Tシャツにした。極端に腹の出っ張りが目立つ服装だ。それでも誰からも咎められる事は無く、勢いづいた俺は遂に、拳銃の銃身部分に穴を開け露出させ、もう隠すことなく丸出しにした。完全に世間様に対し、Glockがお披露目されているという状況だ。女性達は皆頬を赤らめ銃身を見ている。これはもういつ職務質問をされても可笑しくないレベルだなと思ったが、警官がこの腹を見てもスッと視線をそらし通り過ぎて行く。公然と拳銃所持が容認された瞬間だった。撃つつもりは無いけれど。
俺は、自分自身に生命エネルギーが満ち溢れているのを実感した。一歩歩く。少し銃身が揺れる。一歩歩く。また、銃身が揺れる。歩く度、俺のGlockのエネルギーが周囲に発散されて行くような気がした。
話は変わるが、俺は無職だ。
特に仕事をしていない。金も勿論持っていない。だからいつも近所の激安スーパーで底値の物を、老人達に負けまいと奪い合い日々を生き抜いている。だがGlockから得たエネルギーのお蔭で、俺は立ち上がろうと思うようになった。奮起しようと思った。そうだ、銀行強盗をしてやろう。この腹のGlockさえあれば、行員も素直に金を出すだろう。そうすれば日々の暮らしに困る事も無くなる。しかし、そこでハタと気が付く。
撃ち方がわからない。
どうすればこの銃口から弾は出るのか?どうすれば、引き金を引く事が出来るのか?まだこの腹からは引き金までは外に出ていない、引き金は腹の中に納まっている。もう最近ではGlockの成長もすっかり止まってしまっており、このままでは弾を出す事が叶わない。銃身を握り、引っ張り出そうとしてみても、腹から残りの部分が出てくる事はなかった。何てことだ!弾が出なけりゃ、銀行強盗が出来ないじゃないか!俺は途方に暮れた。折角情熱に満たされているのに……折角エネルギーに満ち満ちているのに……それを活用する事が出来ないなんて。
失意の俺は、スターバックスへと向かった。オシャレな彼奴らの聖地スタバ。以前はガラス越しに眺める事しか出来なかったが、今は違う。臆する事無く店内に入り、キャラメルフラペチーノをトールサイズで注文する事が出来る。俺は変わった。受け取りカウンターで商品を受け取る。と、そのカップの側面に文字が書かれている事に気付く。アルファベットと日本語の文章だった。
「いつも素敵な拳銃ですね。私のLINEアカウントです💛良かったら登録して下さい」
高鳴る鼓動。見れば女子大生くらいのうら若き女性店員だ。この店員が俺にLINEアカウントを!?彼女は俺に優しく微笑む。俺もそれをニヒルに微笑み返す。なるべく平静を装い席に座ると、速攻でアカウントを登録。どうする?このまますぐに何か送るべきなのだろうか?いやいや、それでは余裕が無い男だと思われてしまう。もうちょっと時間を置いて返信しよう。
そしていつ送れば良いか最良のタイミングがわからぬまま10日が過ぎ、彼女から「今度一緒にランチ行きませんか?」のLINEが来る。助かった。これで余裕のある男を崩さず彼女と会える。俺はすぐに返信し、その週の週末に会う事になった。
話は変わるが、彼女を殺してしまった。
デートはとても順調だった。オシャレな店でランチを共に食べ、映画を観て、その後夜の誰もいない公園で話をしたりもした。そして、どちらからともなく手をつなぐ。もうここまでの流れ全てが人生未体験ゾーンだった。そして抱き合う二人。密着した事で俺の鼻孔を刺激する彼女の香水。高鳴る鼓動、ああこの幸福感は一体何なのだろう。人生の絶頂を味わったその瞬間……。
パァン!!
腹の辺りで、熱い衝撃が起こった。彼女の腰の辺りが少し浮き、彼女は身体ごとズルリと崩れ落ちた。何が起こったのか全く分からなかった。倒れた彼女を見ると、腹の辺りが真っ赤に染まっている。自分の腹の銃口からは、白い煙がうっすらと漂っていた。俺は、撃っていた。発射してしまった。そして、殺してしまった。
幸福と興奮の絶頂で、俺は引き金を引いてしまったのだ。恐る恐る、しゃがみ込み彼女に触れる。彼女はピクリとも動かない……。恐れ、恐怖。だがそれと同時に心臓の高鳴りも感じる。ドッドッドッドッドッドッドッドッ。激しい興奮。腹の拳銃にまた力が宿るのを感じる。俺は彼女の死に興奮しているのか。立ち上がった瞬間、
パァン!!
拳銃が再び火を吹く。やはり興奮していたらしい。また、誰かに向けて発砲したい。またスターバックスに行けば、誰か別な子とデートする事は出来るだろうか?胸が高鳴る。だがその前に、この死体を何とかしなければ。動かそうと抱えた瞬間、
パァン!!
また撃ってしまった。我が銃の節操のなさに思わず苦笑いしてしまう。俺、こういうの好きだったんだなぁ。己の一面を垣間見た事で今日は一回り大きく成長できた気がする。この勢いを大切にすぐ次のデートをしよう。
大丈夫。今の俺はエネルギーに満ちている。
老若男女問わず笑顔で楽しむ事が出来る惨劇をモットーに、短編小説を書いています。