小説「おとうふさん」
父さん元気ですか? 僕は元気です。東京の冬は、そっちに比べたら暖かいけれど、でも暮らし始めるとこれはこれで寒いわけで。
父さんは「おとうふさん」。というのを知っていますか?
「おとうふさん」というのは、今東京で流行っていて注目を浴びている労働力です。どうやら、おからから作成できるらしくて、160㎝程の背丈を持つ人型の生物なんです。体型は様々で、性別的な物もあるらしくおからをベースにしているからか、身体の色はベージュもしくは白。日本人と近しい色をしています。もしかしたら父さんの農場でも活用できるんじゃないかと思って、手紙を書いたわけで。
毎年この季節になると、実家で見たキタキツネやシカを思い出します。家族でキタキツネの親子、見ましたね。でも今じゃ、こっちには野生動物はいないけど人に作られた「おとうふさん」がたくさんいます。
荷物の運搬や木の伐採、ペットの散歩など単純な労働力として重宝され、我が家のご近所さんも皆1~3体はこの「おとうふさん」を所持しています。初めて見たらギョッとするかも知れませんけど、もうこれが当り前な光景なわけです。
ご存知の通り僕はまだ独身なので、たってこの「おとうふさん」が必要じゃないですけど、もしいつの日か家庭を持って子供やペットがいたなら家に1体か2体は欲しいと思うのかも知れません。マイホームに妻・子供・そして「おとうふさん」。これが今の過程のスタンダードスタイルなわけで。
一時期産業廃棄物とまで言われていたおからを、労働力に転換したワケだから、科学というのは本当に凄いですよね。でもこのあまりに流行のサイクルの速い東京が、怖くなる時もあります。
富良野が恋しいです。
あ。
家の前の大通りを、ゴールデンレトリバーを連れた「おとうふさん」が歩いて行きました。青のハッピにおでこに手ぬぐい姿。これが「おとうふさん」の正式な衣装です。パッと見、浮かれたお祭り野郎にしか見えないですけど、この衣装を身に付けていないと東京都の条例で没収されてしまうわけで。
そうそう。「おとうふさん」は家電と同じ扱いです。彼らには基本的人権は、存在していません。心は無さそうだから人権はいらないんでしょう。
ホタルは元気にしていますか?
そんな「おとうふさん」がここまで日本で爆発的に増えた理由は、「ご家庭で誰でも簡単に作る事が可能」だからなのだそうです。僕はその作成方法を知らないんですけど、誰でも簡単にハンドメイドできるのが強みのようで。そのお手軽さがヒットの要因だったらしいようで。
たって欲しいと思っていなかったから、今まで作り方を知ろうとしなかったんですけど、ある日我が町の集会所に「おとうふさん作成体験会」なるモノが催されるという事を知り、日曜の午前中に集会所へと赴きました。
どうやら一番乗りだったらしく、部屋にはまだ受講者らしき人は誰もいません。奥に講師らしき丸々太った男が座っていて、僕を見て優しく微笑んでいるだけでした。
「どうぞどうぞ。おとうふさんをお作りになった事は?」
オーキードーキーと書かれた名札を下げた男は、汗をハンカチで拭いながら問いかけてきます。
「いえ、一回も無くて……」
「何も難しい事などございませんよ。まず、必要なものはおから50㎏」
「結構、いるんですね……」
「ええまぁ、人にしますからね」
オーキードーキーはその後、「おとうふさん」を作るには針金と食塩が必要だと説明を続けました。どうやら人型に形作った針金におからを捏ねて肉付けし、塩を振りかけるという流れらしいわけで。
「できる限り、顔や体型には気を付けましょう。人に近づければ近付ける程愛着が持てるようになります。顔の造形にこだわる方はたくさんいらっしゃいますね」
そして最後に……とオーキードーキーが小さな小瓶を取り出しました。
「これは、マンドレイクを乾燥させたものです」
島忠で600円で買えます。とオーキードーキーは言うのです。これを頭部に万遍なく練り込む事でおからとマンドレイクが反応し、魂が宿り動き出すようになるのだと話しました。
「これで出来ちゃうんですね……」
「ええ、出来ますね~」
「で、お終い……?」
「あ、最後にもうひと手間ありましてね。動き出したらすぐに拘束して下さい」
「おとうふさんを……?」
「ええ。専用の拘束グッズも島忠で販売しています。縛って動けなくさせたら、糸ノコで、頭部を切り開いて頭を開けてですね、脳をいじって下さい」
「脳……?」
「はい。脳をメチャクチャいじって下さい。特に右脳をいじりましょう」
「なんで……?」
「魂が宿りますと、同時に自我にも目覚めますので、心があると労働力としては不向きでしょう? ですから一度頭部を開けて感情中枢を取っちゃうんです。ロボトミーですね。パソコンでいうところの初期化ですね。麻酔とかもいらないです、ガバっと開いてガッガツってやっちゃえば良いんで」
「痛がりませんか……?」
「痛がるけど、そんな。ハハ、気にしなくて結構ですよ」
「……そんなのしなきゃいけないんですか? そんな……ちょっと酷くないですか?」
「ハハハ大丈夫です。おとうふさんなんですから、基本的人権なんてありませんから」
「だって……」
「簡単に出来る労働力ですので、一度お試しになられると良いですよ」
何だか暗澹たる気持ちで僕は集会所を後にしたわけで。道行くおとうふさんや、ご近所のおとうふさん達はみんな持ち主にロボトミー手術されているのかと思うと、とても恐ろしい気持ちになったわけで。このままでは豆腐そのものも食べられなくなってしまうかもしれないなぁと、本気でそう思いました。
帰りにTSUTAYAによって、アダルトコーナーの暖簾を潜りました。
しかし、それから1週間後。僕は遂に自分の好奇心を押さえる事が出来ず「おとうふさん」を作成する事にした。大丈夫。ロボトミー手術をせず、初期化せず、魂のあるままにしておけば良いじゃないか。そうすれば心は痛まない。そう思ったのです。
針金で骨格を形成し、そこにおからをくっつけ肉付けをしていき、更に細身で、胸とお尻にたっぷりとボリュームをもたせました。
そう、この「おとうふさん」は女性なわけで。僕は、女性の「おとうふさん」を作成し、友達になりたかったわけで。できれば彼女的なモノにしたかったわけで。
塩を振りかけ、マンドレイクを頭部にえっちらほっちら揉み込んでいきました。
1時間程作業に没頭したでしょうか。突然「おとうふさん」が震え出し、口の辺りが大きく伸び、やがて亀裂が入り、口がぽっかりと開き「あぁぁぁぁ~!!」と雄たけびを上げ、目を開き、手足をバタつかせ、腰を動かし、胸とお尻を震わせ、動き出したのです。それは生命誕生の叫びの様でした。
僕は反射的に「る~るるる~」と言いました。宥めたかったわけで。
それが功を奏したのかはわかりませんが、突然ピタリと停止しました。
僕も呼吸が停止したような気がしたわけで。
やがて女性の「おとうふさん」は身体を隆起させながら、ゆっくりと上体を起こしました。僕は興奮しました。「おとうふさん」に命が宿ったのです。肉感的なボディが揺れているわけで。理想的なプロポーションにして正解だったと思ったわけで。
僕はゆっくり「おとうふさん」に近づきました。そしたら「おとうふさん」が叫び声をあげながら僕から逃げ出したのです。
「ギャアアアア~!! 来ないで、来ないで変態!!」
彼女は自分が全裸な事を酷く恥じているようでした。両手で身体を隠しています。僕は可笑しくなってきました、だって僕がその身体は作ったわけで。僕は彼女を落ち着かせたくてずっと「る~るるる~」と、
「何言ってんの、キモ!! 人の言葉喋んなさいよ!」
「る~るるる~」
「怖い!! 根暗! 根暗! 変態!!!」
埒があきませんでした。彼女の脚めがけてタックルをかまし、転倒させ、島忠で5800円で購入した「おとうふさん」拘束グッズで彼女を拘束しました(断っておきますが最初から暴力行為に出るために購入したのではありません。あくまで念の為に購入しただけなわけで。あと安かったわけで。あと35%OFFだったわけで。だから買ったわけで。決して拘束前提で買ったわけじゃ無いわけで)。
「救けて~!! 誰か~!!」
ホタルは元気にしていますか? あいつも強情な所があるので、兄としては少し心配です。
拘束ベルトはきつくしました。
「ちょ、ちょっと……な、何持ってんの!? それでどうする気!? 嘘でしょ!? 嘘でしょ!?」
僕は糸ノコを手にしたわけで。
「る~るるる~」
これから、脳をメチャクチャいじるわけで。
「る~るるる~」
もっともっとベルトをきつくしたわけで。
父さん、今年の正月は「おとうふさん」と一緒にそっちに帰ります。
老若男女問わず笑顔で楽しむ事が出来る惨劇をモットーに、短編小説を書いています。