小説「玄関前に」
「……これを、飾るんですか…」
私は、男が持って来た商品を触りながら、誰に言うでもなく呟いた。
「ええ。奥様。玄関ドアの脇に立て掛けるも良し。寝かして玄関マットの様にして使うもよし。門の両側どちらかに置いて、門松みたいにして使う何て事も可能でございます。置いておくだけで泥棒避けにもなりますし、勧誘とか、私が申すのもアレですが訪問販売とかの撃退にも効果が、ございましてね」
昼食後の我が家に突然やって来た、このオーキードーキーと名乗る訪問販売の男は流暢にセールストークを喋りながら、己が商品をドア前で様々なポーズにし、私に懇切丁寧に説明してくれた。オーキードーキーは丸々と太った球体の様な風体をしている、私は太った男が苦手だった。つまり、オーキードーキーも苦手だった。
「ほら……関節も良く曲がりますでしょう……。ここだけは固くならないようにキチンと処置を施しておりましてね。これは我が社の特許技術なのです。スムーズに関節が動くでしょう?」
汗をポタポタ垂らしながら、彼は説明をしてくれる。今は5月。軽井沢は寒いと思えるくらい涼しいのに。私はあまり近づきたくはなかった。
「でも……こういうの、飾った事ありませんし……主人がなんというか……」
「あぁ、なるほど。ですよね、わかります。皆さん最初は難色を示されますよ。やっぱりこういった商品ですからねぇ」
さも私の気持ちがわかると言わんばかりに小太りが頭を上下させ、ゆっくりと木陰へと移動を始めた。暑かったんでしょうやっぱり。
オーキードーキーが商品から離れたので、私は素早く移動し再び商品に触れた。手触りは良い、臭いも無い。そこは好感を持つ事ができた。顔の作りも、正直好みだった。若い頃好きだったテニスプレーヤーに似ている。
「お気に召しましたでしょうか?」
木の下からオーキードーキーの声が投げかけられる。欲しくは、なって来ていた。
「ご近所さんが変な目で見ないかしら? まだ、置いてるご家庭もないし……」
「確かに。日本ではまだまだですからね。しかし海外セレブの間では、もう必須のアイテムです。ハリウッドでも、モナコでも皆さんご愛用ですよ。向こうはお金持ってますから、こううじゃうじゃ……いや失礼。5~6体はずらっと並べてねぇ、皆さん飾ってらっしゃる。日本でも、あと1年以内に誰もが玄関前に飾るようになると思いますね。その時に、こういった整った顔立ちの商品はすぐに品薄になってしまいますよ。ご覧下さい、彫が深い、えぇ彫が深い。手足も長い一品でございます。ご購入されるなら、今かと」
私は悩んだ。夫に黙って買って怒られるような額ではない。食洗器くらいの値段なのだ、決して高くはない。
もし買ったらどうしようか? 私はどんな風に、これを玄関前に飾ってみよう……クリスマスのシーズンにはスーツを脱がし全裸にして、電飾をあしらいツリーの様に飾っても良い。すっぽんぽんツリー。
さぞ近所の子供も喜ぶだろう。主婦層も喜ぶだろう。もしかしたら一部の男性も喜ぶかもしれない。
涎が出た。
ゆっくり商品の二の腕を触る。良い筋肉の付き具合じゃぁないか。そっと指を太ももの方へ。『彼』に私の心臓の鼓動を感じさせないくらい、自然なスピードで太ももの筋肉もチェック。しっかりと引き締まった良い筋肉だった。
合格。自分の小鼻が広がってきたのを感じる。それを見られたくなくて、オーキードーキーから顔をそらした。
「お幾つ?……これ、お幾つだったの?」
「32でした」
「あ、そう……」
「大学時代はラグビーを。卒業後は銀行員をやってましてね」
「素敵ですね…」
「みずほですよ」
32、そしてこの筋肉。悪く無い。だが……だとしても……。
「玄関前に死体を飾るって……。どうもねぇ……」
「しっかりと防腐処理もしてございますよ。腐る心配はございません。夏の暑さもなんのその、好きな形に動かせる我が社自慢の商品「死体」。是非ともご検討を……」
「その名前、なんとかなりません?」
「は?」
「そんなダイレクトに死体だなんて……」
「でも、死体は死体ですし」
「まぁ、そうなんだけど……」
その時、視線の端に何かが映った。何かが、家の側の木の下にいる……そんな気がしたのだ。私は注意深くそちらを凝視すると、木の陰から若い女がずっとこっちを見ているではないか。
「……あの人……」
「え?」
「あの人……ずっとこっちを見ていません?……」
年の頃は28~9だろうか。黒髪の若い女が、木に隠れながらずっとこっちを伺い見ている。
「あ~……しょうがないなぁ」
オーキードーキーは溜息をつきながら、足元の石を拾い、木の陰からこっちを見ている女に向かって放り投げた。女に全然届かず、石はかなり手前で落ちた。
「お知り合いですか?」
「ええ……まぁ……」
かなり歯切れが悪い。
「だれです?」
「この死体の親族ですよ」
「親族? 家族なの?」
「ええ。奥さんって言ったかな? 私がね、この死体売ろうとする度に出て来て、ああやって……じ~っと見てるんですよ。どこに行っても現れるんだ……困るんだよなぁ、ああやってプレッシャーをかけてくるんですよ、あの人……。でも、アレですよ誤解しないで下さいね。ちゃんと我が社はこの死体貰う時にお金払って、サインしてもらってるんです。我が社が買い取るから、絶対に近づかないし文句も言いませんって、あの人サインしたんですよ。お金受け取ってるんですから」
「でもいるじゃないですか」
「20m接近禁止なんで、あそこだとギリ大丈夫なんですわ。そんなに未練があるなら売らなきゃいいのに。ねぇ?」
オーキードーキーはちょっと待って下さいと言い残し、若い女の方へ走って行った。説得しているようで、オーキードーキーと女の言い争う声が、時々聞こえて来る。
心地よい風が吹いた。そういえばいつの間にか日が傾き、3時になろうとしている。後で紅茶を淹れようか。私は死体の右手の小指を、そっと撫でた。
軽井沢は、今日もとても過ごしやすい。日の光も柔らかい。頬に当たる風、小鳥の囀り。そして時折聞こえる「だってあんたの旦那が会社の金横領して、借金抱えて死んじまってどうしょうもねぇって言うから、こっちは善意で買い取ってやったんじゃねぇか! それをいつまでもクソみたいにくっ付いて来やがって、クソが!」という、罵詈雑言。
紅茶が飲みたい。
「スミマセン、お待たせしました」
オーキードーキーが戻って来た。女も、まだ木の陰にいた。死体を見ている。
「あの……それで、こちらの商品。いかがしましょう?」
「買います。私、これ、買います」
私は食洗器くらいの値段の死体を一つ購入した。主人には、後でうまく言おう。
半年後…。
12月になり軽井沢は今、白く雪が降り積もっている。静寂に満ちた夜、しんしんと降り積もるルキノの中うちの別荘の玄関前には、すっぽんぽんの死体が電飾を巻きつけて立っている。逞しく鍛え上げられた筋肉にツタの様に絡みつき、明滅を繰り返しては赤や青に素肌を照らす電球。特に股間の辺りには贅沢に電飾を巻き豪華さを演出してみた。
「素敵……」
……なんと煌びやかで雄々しい姿だろう。私は今、暖かい室内で紅茶を飲みながら、外の死体をずっと見ていた。やっぱり買って良かったのだと心から思う。主人からもご近所さんからも評判は上々だ。皆、我が家の死体に見惚れ、同じように死体を玄関前に飾り始めている。いずれ何処の玄関前でも見る光景になるだろう。
外の電飾全裸、そしてそれを20m離れて木の陰から震えながら見つめている女。そんな彼女らを見ながら飲む甘ったるいロイヤルミルクティーが、最高に美味しい。
老若男女問わず笑顔で楽しむ事が出来る惨劇をモットーに、短編小説を書いています。