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『ザ・ディプロマット』:現代国際政治を理解するためのなんちゃって教養主義のすすめ(2)
国際政治を理解するためのなんちゃって教養主義のすすめ
『ザ・ディプロマット』を見ていて、なかなか良いなって思ったのは、これを何度も見込んでいくと、国際政治の基礎(これだと2023年近辺)が少し理解できるようになるところです。
僕はなんちゃって教養主義者なんですが、海外のドラマやこうしたポリティ
カルスリラーのジャンルを理解するには、それなりの分厚い教養が必要だと思うのです。だけれども、これらの専門領域の、例えば国際政治の「お勉強」を独力でやるのは、とても面倒くさい。本読めと言われても、そもそも素人に、本自体を探せないし、それを読み切る力もない。新書といえど大変です。なによりも、僕のような勤め人のサラリーマンには、そうした「時間的余裕(=気持ちの暇さ)」はありません。
しかし、ドラマや小説をもっと面白く体感するには、背景情報があるなら、あったに越したことはありません。この辺の矛盾を読み解くには、基礎知識がなくても人間のドラマで物語についていける作品をたくさん、繰り返し見ることと、そこから派生したことを調べることです。
『ザ・ディプロマット』が良いところは、シーズン1は、ケイト・ワイラーという女性のシンデレラストーリーになっているので、特に背景や政治的なことを理解していなくても、楽しめるところが良いです。
「なぜその事件が起きたのか?」というこのドラマの命題に関わる部分は、たぶん難しすぎて、背景知識がない人には、全く追えないのではないでしょうか。見ててわかりますかね?。
この場合は、誰がペルシャ湾でイギリスの空母を攻撃したのか?です。
このドラマ民度高すぎです。アメリカ人の視聴者も、こんなハイレベルの文脈を本当に追えているんだろうか?って、ちょっと不思議な気持ちになります。もちろん、だからこそ、そこは考えなくても面白い作りになっていると思いますが・・・。
『ザ・ディプロマット』は、少々ネタバレ気味ではありますが、まずは、ペルシャ湾なので
イラン
が攻撃したと、いう「国際的な空気」が作られ出します。なぜならば、遺族や国民感情を考えると、
誰がやったかわからない、ということは許されないからです。
なので、ほとんど見切り発車で、どうせイランだろうということで、どんどん話が広がっていってしまいます。
この後、それが実は、ロシアが関わっていたのじゃないか?ということが分かりつつ、しかしロシア人の傭兵部隊がやっていたことまでわかったのですが、それが本当にロシア本国の指示だったかがわからない・・・・というように謎がどんどん深まっていくのが、この作品のポリティカル・スリラーの面白いところです。
ちょっとネタバレです(これだけにとどまらないさらに色々あるので)が、この作品は、軽い気持ちでみるとかなり複雑なので書いてしまいますが、スコットランド独立に関わるあれこれが背景にあります。
この辺りそもそも背景知識として、
1)イランと欧米は非常に仲が悪い
2)ロシアがウクライナに侵攻している
3)イギリスのEU離脱
4)スコットランドが連合王国から離脱しそうな雰囲気があった
これくらいの背景と、これに関連する各国の力関係が見えないと、物語の奥深くは分かりません。この辺りの情報を、知っていればいるほど、このドラマは、面白さの奥行きを増します。
ちなみに、この辺の現代政治の大きな問題点を、エンターテイメントにしながら見事に描いているのが、田素弘さんの『紛争でしたら八田まで』(2019ー)というマンガで、これは素晴らしいです。関連文献も色々説明されているので、各エピソードで面白いと思う関連本を読むと、国際政治が面白くなること請け合いです。
主人公の八田百合は、フリーランスの地政学リスクコンサルタントで、世界中で様々な紛争問題のコンサルタントをしています。彼女がいろいろな紛争を解決するのですが、中国系シンガポール人の父と日本人の母親がいて、幼少期はイギリスで祖父のもとで育ち、10代はシンガポールで教育を受けていたけど、国籍を拒否してたりと、経歴がかなり複雑なグローバルなんですが、お母さんの教育のせいか、日本に住んでこてこての日本人をやっている妹さんのせいか、視点がめちゃ日本人なんですね。だから分かりやすい。
いやーこういう多国籍な主人公に共感をする読者がいるというのも(50代の自分もかなりグローバルに生きているので理解も容易)日本は、多様で豊かな国になったよなぁって思います。こういう人生の人、身の回りにそれなりにいるもん。
似たテイストで、生き方も似ているのは、浦沢直樹の『MASTERキートン』(1988-1994)ですね。日本人の父親と英国人の母親を持つ主人公平賀=キートン・太一ですね。彼も、保険会社ロイズの下請け「保険調査員」で、世界中に調査で出張していましたよね。
この2冊あたりは、世界の広さを知って、海外のことを知る手掛かりになる、素晴らしいマンガだと思います。
こういうので、大枠がわかると、さらに細かいところが、面白くなり出します。このへんの作品は、時代の淘汰を越えそうななかなか良い作品なので、繰り返し繰り返し、わからずとも読んでおくと、「ここで書かれている内容が基礎知識」となって、次のその後の展開になる時に、あ、、、あれはこのことと繋がるのか、というエウレカ(=わかった!)が生まれるようになります。そうなると、どんどん連鎖で繋がっていき、というふうになるのが最高な読書や映画、ドラマ鑑賞の楽しみ方だと僕は思います。こういうのを僕はなんちゃって教養主義と呼んでいます。
裏側にいるスタッフのドラマが見えるようになると、もっと面白い
例えば、このドラマを見ていれば、駐英大使(Ambassador)とスチュアート・ヘイフォード首席公使(Minister)の違いなどもわかりますよね。公使は現場の実務を取り仕切るけれども、上司はあくまで本国を代表する大使。しかしながら、スチュアートは、もともと米本国での優秀なスタッフだったが、穏やかな生活がしたくて駐英公使を選んでいるようなので、本国の、はるかに偉いビリー・アッピア大統領首席補佐官(chief of staff)と個人的な繋がりがある。二人とも黒人、アフリカンアメリカンなので、その関係もあるのでしょう。また、韓国系アメリカ人のエイドラ・パーク (アリ・アン) CIAイギリス支局長は、情報保全の観点から全てを話すわけでもなかったりします。
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ちなみに、『グレイズ・アナトミー 恋の解剖学(Grey's Anatomy)』(2005-)でも、黒人の医師と韓国系の女性医師の恋愛ドラマがありましたよね。このあたりは、たしか、『LOST』(2004)などにもあった気がしますが、これって、ロサンゼルス暴動(1992)で、黒人と韓国系で人種間のヘイトが凄まじかったことから、こういう構成になっているんじゃないかなと僕はいつも邪推していますが、もう何だか定番になってきて、当初のたぶんポリコレ的な意図とか関係なくなってきている気がします。この辺の展開も興味深いですね。物語って、繰り返すと、それが普通だよなって雰囲気になってします。
まぁ、なんというか、僕は気に入った物語があると、背景とかもさらに知りたくなって、いろいろ調べだすんですが、そういうのを何年も続けていくと、いろんな物語の背後が、よりクリアーにわかるようになってきて、面白さが倍加します。なので、いろいろ関連を調べてみたり、関連の本や漫画を読むのは、おすすめですよというお話でした。