描写の包含関係について
文責:大島昴
ご挨拶
清秋の候、皆様いかがお過ごしでしょうか。この清秋の候とは文字通り清々しい秋の様子を表しているようですが、執筆時の東京は秋というには少々暑すぎますね。涼しい日も増えましたが、うたた寝からはっと目覚めるように気温が持ち直すこともあります。
残暑、と言った方が正確なのかもしれませんね。寒暖の差と秋雨と、不健康の種がそこかしこにある時期ですが私は今こうして記事を書いている通り、安楽椅子の上でぬくぬくと過ごしたいと思います。
さて、前回は情景、行動、心理という三つの描写についてお話ししました。今回はその続き、前回は解説を省いた描写の「包含関係」についてお話をさせていただこうと思います。
描写と包含関係
小説における描写は、三つに分けて考えることができるというのが前回の記事で説明した大雑把な内容です。なるほどでは早速実際に描写の一つ一つを分類してみようと行きたいところですがそうもいきません。恐らく三つの描写の内どれに類するのか判断に迷うものが出てくるだろうと思います。それはそれぞれの描写が単に独立しているとは限らず、ある描写が、また別の描写を内に含んでいる場合があるからです。この描写同士の関係を私は「包含関係」と呼んでいます。
そしてこの包含関係もまたいくつかに類別することができます。情景描写は行動描写と心理描写を包含することができますし、行動描写は心理描写を包含することができます。心理描写は前回を参照してほしいのですが、基本的に単独でしか使用できません。情景や行動を描写するには空間に対しての記述が必要ですが、心理描写ではそれができないからです。以上を踏まえて具体的にどのような包含関係が成立するのか見ていきましょう。
1.情景行動描写
情景を通じて人物の行動が描かれている描写のことを指します。周囲の環境を順番に列挙することで視線の移動を表したり、情景を動かすことで人物の移動を表現したりします。
例)平穏に見える夜、平板に見える山、今はそれがもどかしかった。道は川や尾根の屈曲に沿って紆余曲折を繰り返す。(小野不由美『屍鬼』より)
2.情景心理描写
情景を通じて人物の内面が描かれている描写のことを指します。特に天気などが頻繁に利用されています。
例)(※主人公である山田なぎさのクラスに海野藻屑という変わり者の転校生がやってきた。これはその日の帰り道に二人が会話をしている時の情景描写です)
鮮やかな緑とくすんだ海の色。夕闇が迫って、田圃と海を少しずつ別の色に染め変えようとしていた。(桜庭一樹『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』より)
3.行動心理描写
行動を通じて人物の内面が描かれている描写のことを指します。人物の内面が外面の状態に影響を及ぼしていることを利用し表現しています。
例)
母の手が震えている。それからようやく、悲痛なうめき声とも息をのんだ音とも取れないような音をたてると、手紙と封筒をほかの封筒と一緒に押しこんで、力まかせにひきだしを閉め、震える手で鍵をかけた。(フランシス・ハーディング『カッコーの歌』より)
以上が描写の包含関係として考えられます。情景描写と行動描写を読むとき、それらの内にさらに別の描写が含まれていないか注目するように気を付けるだけで、小説をより深く楽しめるようにもなるかもしれませんね。
前回の記事から描写についての説明をさせていただきましたが、これらを意識するだけでもまた一味違う読書体験ができるかもしれません。皆様の日々の生活の中に少しでも彩を添えることができたなら私としては大変喜ばしく思います。
また、この描写についての考え方は私の評論にとって非常に重要な位置を占めております。これから先描写以外の要素について語るときも何度もこの描写に立ち返ることがあると思いますのでその点に留意して頂ければ幸いです。それでは、また。
※補足事項
締めの挨拶を済ませておいてなんですが、少々補足しなければならないことがあるのでここに記しておきたいと思った所存です。補足故現状あまり重要ではありませんので煩わしければ読んでいただけなくとも構いません。
一つ目は、「概念描写」についてです。描写は基本的に三つに分けられると言いましたが、それは場面を構成する要素として描写を考えた場合に限られます。小説とは複数の場面で構成されており、その場面の具体的な内容を記述するのが描写です。例として一枚の写真をイメージしてください。写真とは場面のことであり、それがパラパラ漫画の様になって複数の写真で物語が作り上げられています。写真の中の景色は情景描写、写真の中の人物は行動描写、その人物の目には見えない内面が心理描写に該当します。この時、概念描写とは写真の外側、場面の外にあるものについての描写です。難しい書き方をしましたが、簡単に言うと物の説明文や、現実に存在しない形而上的なものについての記述を概念描写と呼んでいます。例外的なものであり、他の三つに比べると重要ではないと思い補足事項とさせていただきました。
二つ目は「情景行動心理描写」の存在についてです。何やら色々詰め込んだ欲張りセットな名前ですが、これがまた少し厄介なのです。情景が行動や心理をそれぞれ包含することがあるならば、それらをまとめて包含することがあるのではないかという疑問が生まれます。そう思い具体的な描写を自分なりにあれこれ考えてみたのですが、それらしい描写を書き出してみてもいまいちこれだと断定できるものがなく、なかなかうまくいかないのです。一応個人的な勘としてはあるのではないかと考えています。しかしこればっかり考えていると小説を読むときにも付きまとってきて集中できない始末です。というわけで存在がはっきりしないためあくまでも補足としてここに記しておくことにしました。何かそれらしいものをご存じであれば情報をお待ちしています。
補足事項は以上となります。それでは改めまして、また次回にでも。
引用文献
『屍鬼』(小野不由美 新潮文庫 2021年)
『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』(桜庭一樹 角川文庫 2023年)
『カッコーの歌』(フランシス・ハーディング 児玉敦子訳 創元推理文庫 2022年)