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Jリーグ再開を前にして。

 2020年2月23日。私は日産スタジアムにいた。
 前年の王者マリノスvsガンバという組み合わせになった、ガンバ大阪にとっての2020年開幕戦。
 covid-19なる、新しい感染症が日本にも少しずつ入ってきているという若干の警戒状況の中、神戸からやってきた10年来の親友、ガンバサポの兄さんと落ち合い、今年もよろしくとあいさつを交わしながら3カ月ぶりのスタジアムの喧騒を楽しみ、ここ数年急速にクオリティの上がってきた日産スタのスタグルに舌鼓を打ち、満員のガンバサポで埋め尽くされたアウェイ指定席で周囲のサポーターと一緒に声を出し、倉田や小野瀬のゴールと共にハイタッチし、そして、前年の王者を倒したことを抱き合って喜んだ。

 そして、実感した。
 ああ、今年も最高の週末が始まったと。

 そこからの急展開は皆様ご存じの通りだろう。
 covid-19の流行の兆しが高まり、Jリーグは中断を余儀なくされる。それどころか、中断期間はどんどん伸びていき、我らがガイナーレの戦うJ3リーグは開幕さえすることができず、そして、緊急事態宣言の発令とその拡大により、各クラブは試合どころか、日々の活動さえすることができなくなってしまった。

 よく考えてみれば、日本のJリーグというものは、このcovid-19なる感染症と極めて相性がよろしくない。
 そもそもサッカーというスポーツがピッチ上での激しいボディコンタクトを伴うスポーツであり、かつ、各国の上位カテゴリーの試合ではそれこそ大変な数のサポーターが集まり、とんでもない「密」が形成されるという時点で相性がよろしくないのだろうが、日本の場合はそれに輪をかけて相性を悪化させる事象が存在している。

 まずは、各スタジアムで行われるおもてなしである。試合が行われる日のスタジアムは、まるで何かの祭りのように様々な出店やブースが出ており、スタグルの提供はもちろん、色々なちらしやグッズなどを配っていたり、スポンサー等のショーケーシングが行われたり、チアとか吹奏楽とかいろいろな団体がパフォーマンスしてたり、マスコットが練り歩いてファンサービスをしたりしている。
 これが、実に楽しいのだ。正直私がJリーグ各クラブの試合を見に行く楽しみの約3割はこの部分である。未だにガイナーレのホームゲームに帰ると、ガイナマンに抱き着いたりしている。もうすぐ30になるオッサンが。

 …でも、これらの取組って、何もしなければ「密」をさらに生み出すことになる。私に至ってはマスコットと「濃厚接触」さえしている。

 そして、スタジアム外で行われる交流もまた実に楽しい。
 試合が終わったら、ホームクラブのユニフォームを着たサポーターが集まって、今日の試合を肴に酒を酌み交わしている姿はどこでも見かけるし、アウェイクラブのサポーター同士で同様の事をしていることも普通にある。それどころか、ほんのついさっきまではスタジアムで互いに敵対するというギミックを演じていたサポーター同士が、互いに楽しそうに談笑しながら酒を酌み交わしてることさえ、ごくごく普通に行われている。
 こんなことが普通に行われている、楽しくて平和な世界。これが日本のJリーグなのである。

 …って、おいおい、お前らスタジアムの外でも「密」作りまくってんじゃねーかよ。

 そもそも、これらの取組が行われる背景には、地域にプロスポーツクラブがある事によって生まれる「大移動」ってものがあるからだろう。試合がある日には、本拠地近辺に住むサポーターが大挙してスタジアムに押し寄せるだけでなく、全国各地、中にはその本拠地近辺にさえ住んでいるアウェイサポーターが、大挙してその地域を訪れ、スタジアムに足を運ぶ。それだけでなく、ついでに観光していったりホテルに泊まったりする。
 これぞ「スポーツツーリズム」であり、公共政策を専攻していた大学院生時代の頃から私も大変に注目していたのである。これは、まさに地域の活性化のカギになると。
 ガイナーレもJ2参入して1年目の頃、J2優勝がかかったFC東京のサポーターが大挙して東京から鳥取目指して移動し、飛行機は全便満席で米子空港や出雲空港まで行くサポーターが出てきたり、鳥取市内のホテルが全部埋まってニュースになったりと、鳥取市内が大繁栄を通り越して大混乱してニュースになったことを覚えている。
(ついでに、いま世界的に大量発生が問題になっているバッタではなくて蝗が大量に発生して、鳥取名産のカニなどを思う存分食い散らかしていったという怪奇現象が発生したとも聞いている)
 だいたい、私もそのスポーツツーリズムを最大限に堪能している1人である。昨年1年間、サッカーの絡まない旅行をした記憶というのが正直ない。それどころか、サッカーか野球か出張関係以外で東京と他県の県境をまたいだ記憶さえない。なんなんだこの人は。

 …でも、covid-19は、その大前提となる「移動」さえ、大きく制限した。

 そう、日本のJリーグというものは、いわば「密」や「移動」というものによって支えられてきた文化だったのだ。
 そして残念ながら、今回のcovid-19に対しては非常に相性が悪かった。

 しかし、Jリーグはこの中でただただ何もできなかったわけではない。
 1日も早い再開に向けて日々専門家や他競技団体等も含めた検討をするとともに、トップ自らサポーターに向けてメッセージを発信し、様々なツールを使ってメッセージ性があり、かつ楽しい動画を届けてくれるなどの取組をしてくれた。
 それに呼応した各クラブも、オンラインを用いた様々な企画を行った。我らがガイナーレも、ここ数年で急速に向上したweb広報の取組のおかげもあってか、「オンライン同窓会」とかの数々の楽しい企画を行ってくれた。また、各クラブとも様々なグッズや支援の取組を打ち出し、サポーターが楽しみながらクラブも収益を上げられる仕組みを必死で考え、取り組んだ。
 さらには、各放送局やDAZNなどのメディアも、過去の名試合や名場面を、時には実況と解説を再収録して放送したりして、サッカーに対する炎を少しでも絶やさないようにしようと取り組んでくれた。我らが米子の中海テレビに至っては、もう二度と見ることのできないだろうと思っていた、「SC鳥取」の試合をテレビとYoutubeで放映してくれた。

 covid-19騒動は、Jリーグが一致団結したり、各クラブやステークホルダーが創意工夫をすることで、今までになかったような楽しい企画や取組ができることを示してもくれたのである。
 これは、covid-19がもたらした怪我の功名と言っても良いと思う。この事実については、素直に喜びたいと思う。

 でも、今回のcovid-19によって否定された、Jリーグを支えてきた文化。これは決してなくしてはならないし、なくならないだろうと確信している。

 今世間では、アフターコロナとか、ウィズコロナの世界は全く違うものになる、新しい世界の始まりだ、なんて、まことしやかに語る人がいる。
 正直私はそのような人々の事を相当懐疑的に見ている。それ、お前らに都合がいいからそう言ってんじゃねえかとか、そう言ってお前ら金儲けしようとしてるんじゃないかとか思ってしまう。
 確かに、今回のcovid-19で、我々がこれまで培ってきた価値観や常識は、いったんリセットはされた。それは事実だろう。でも、それはこれまでの価値観や常識の「否定」では決してない。新たな価値観や常識の「肯定」でも、決してない。それは、これからの我々が決めていくことなのだろうが、恐らくこの日本において、新たな価値観や常識が「肯定」されることは、かなり少ないだろうと考えている。
 だいたい、あれだけ戦後の日本人の価値観を揺さぶったとさえ言われた東日本大震災の後、東京一極集中は解消したのだろうか。いや、むしろ逆じゃねえか。人も企業も相変わらず東京や首都圏を目指し、少しばかり移転しようとした各省庁も結局霞が関近辺に戻ってきた。
 別にその事実を否定的にとらえる気は全くない。確かに皆の価値観はいったんリセットされたのかもしれないが、従来の「東京集中=是」とする価値観がやっぱり良い、と思う人々が多かったから、それに従っただけなのだ。全く自然なことだ。恥じることも変に思うこともない。

 Jリーグもきっと同じことだろう。
 これまで、多くのサポーターやそれを取り巻く人々が生み出してきた「密」や「移動」に支えられてきたJリーグなのだ。皆、それが楽しいからJリーグを支持するのだ。これからの世界、当然時間はかかるだろうし様々な苦労や工夫や費用も掛かるだろうが、皆、少しずつ元の空間を取り戻そうと努力をするはずだ。
 だって、それがJリーグなのだから。

 いやいや、言うてcovid-19の存在がある限り無理でしょ、なんて言う人もいる。ただ、私は、これまでと全く同じような空間を取り戻すための素地ができるのも、そこまでの時間はかからないだろうと考えている。私は決して感染症の専門家でも何でもないので詳細な言及はしないしできないが、これまでのウイルスとの戦いや共存の歴史を見ていると、各種専門家による冷静かつ客観的な事象の分析と、それに伴う医学的な適切な対処法の検討がなされれば、この現代、covid-19がこれまで以上の脅威になることはないと考えている。
(最近の世論を見ていると、この客観的な事象分析ができない人も多く、また妨げるような世論が横行している気がするのが個人的には気がかりではあるが…素人意見をいくら言っても毒にしかならんのでこれ以上は控えよう)

 ただ、Jリーグが元の空間を取り戻すとともに、是非今後も継続して取り組んでほしいことがある。
 それは、今回様々な取組が行われた、オンラインでの各種企画やクラブを支援する様々な取組である。

 いくらcovid-19が治まって元の空間が戻ってきたとしても、そう簡単に元の空間に足を運ぶことのできない人も多いだろう。
 週末は仕事で忙しいという人やそれ以外の都合で忙しいという人。身体や家庭や家族の都合でスタジアムになど行けないという人も多いだろう。
 私だってそうだ。今でこそ元気で(まあ肥満故の生活習慣病とかは抱えているので、そこは継続的に改善していきたいところだが)身体もよく動くし、決して高くはないがきちんと収入はあるし、幸いにして今のところ週末は休日だから、色々なスタジアムに足を運ぶことができるが、いつ、これらの条件が絶たれるかなどだれにも分からない。
 そして、今の状態がまあある程度永続的に続くとしても、残念ながら私の愛するクラブの本拠地である鳥取や大阪に毎週毎週行くというのはなかなか厳しいし、それなりに犠牲にするものも多い。いや、本当はそんな生活をしてみたいものだが、今の生活レベルを保ちながらそんな暮らしをするには、週休4日制と今の2倍の月収ぐらいはいただきたいところである。

 正直、これまで、私は愛するクラブとの間に距離感を感じることがあった事もあるのは事実だ。
 ホームスタジアムやホームタウンで行われている様々な楽しそうな活動。クラブを共にサポートするための様々な取組。これらの活動や取組に気軽に参加することはかなわず、正直、東京の地で疎外感を感じていたこともあった。各スタジアムを離れると、自分の周りで同じユニフォームを着て集まれる場もなかったし。

 でも今回、各クラブが様々な取組をしてくれたことで、様々な楽しい活動に参加できるんだ、こんな形でクラブの支援ができるんだ、と感じ、疎外感が解消された。むしろ、これまで以上に愛するクラブとの距離感が縮まった気さえしている。だからこそ、これからもこのような取り組みを続けてほしいのだ。
 私と同じような思いを抱えている人々も、多いだろう。そんな人々がより参加できるリーグ、それが、これからのJリーグであってほしいのだ。

 covid-19を乗り越えて、皆が必死で取り戻してきた元通りの空間に多くの人々が集まり。
 そして、その空間と並行するところで、様々な思いを持った人が様々な形で集まる新しい空間があり。
 元通りの空間と新しい空間の2つが同期して、皆が参加し、声を出す。
 そんなJリーグを見てみたいのだ。
 そんなJリーグが見られることがすんげー楽しみなのだ。

 今日から、Jリーグの再始動。そして、J3リーグにとっては、待ちに待った2020年シーズンの開幕。
 見せてくれ、新しいJリーグの姿を。

 そして、行くぞ。俺たちの愛するクラブよ。