フィルターバブルをぶっ壊せ!
バブルの中は阿吽の呼吸で酸欠状態
同類の嗜好性を持つ人同士の心地よい世界。Amazonが日本にやってきて20年以上、私たちは「協調フィルタリング」技術が繰り出す心地よい膜の中に優しく、それと気づかぬように閉じ込められてきた。
フィルターバブルの中は、同類同士の阿吽の呼吸の世界だ。だから、セールストークは20年もの間「他の人もクリックしています」「この商品を見ている人にはこちらもおすすめ」の固定文言だけで十分だった。
でも、「この商品を見ている人は」を繰り返されるうちに、モヤっとしてきたのである。ちょっと待て。その勧め方は、客に対していくらなんでも雑すぎやしないか?と。テキヤの寅さんだって、強く頷いてくれると思う。
勧める理由を言わない理由がある
それでも20年以上もの間、勧める理由が「他の人も」のままなのは、プラットフォーマーの側に都合がいいからだと睨んでいる。つまり、プラットフォーマーにとっては、進撃の巨人の壁と同じ、消費者を壁の中で飼っているほうが簡単で楽だからである。
視野が広がると、人間は想定外の行動をとるようになる。せっかく心血を注いで磨いてきたレコメンドエンジンも、予測が立たない人間には当たらなくなってしまう。であれば、できるだけ同じ嗜好性の中に閉じ込めておいたほうが、高いCVR(購入率)を維持できる。壁の中で楽しく暮らしていてもらえば、行動は予測しやすく、広告のクリック率も高いだろう。だから、プラットフォーマーとしては、進撃の巨人のエレンやアルミンのように、壁の外の広い世界に思いをめぐらしてほしくないのである。
にもかかわらず、なぜあえて僕は壁を壊そうとするのか?なぜなら、壁が壊れたその先の世界は、とてつもなく明るい未来であることがわかっているからだ。思考拡張の世界である。
Aha体験の創出こそがマーケティングの真骨頂だ
脳科学の研究ジャンルの中に、Aha体験とかEureka体験といった話がある。心理学ではInsightとも言われる。平たく言えば「なるほど!」の科学だ。
アルキメデスがアイディアをひらめいて興奮し、素っ裸で"Eureka! Eureka!"と叫んで走ったとかいう逸話から、ひらめきの瞬間をEurekaと呼ぶとか。アインシュタインのひらめきの話もよく取り上げられる。
Aha体験の瞬間、脳の側坐核という報酬系を司る場所にドーパミン(SEXなどの興奮に関わる物質)がドバっと流れ込むことが確認されている。この瞬間、人間は強い喜びと安堵を感じるという。
それまでモヤモヤと悩んでいたことが、なにかのきっかけですっぱりと解決され、脳が瞬間スパークする。ただ、これを起こすためには条件がある。Think Outside The Boxという。
違う視点、常識的ではなく、新しい視点で考えること。これが固定的な考えを壊し、解決の快楽を生む。
固定観念が壊れるとインサイトが起き、その解決策が目の前に、あたかも自明であったかのようにすっと立ち現れる。
発想転換せず不動産を買える人はほとんどいない
予算の中ではどうしても望むような物件が見つからない。なのにレコメンドエンジンは、さんざん見飽きた物件を「他の人はこれも」でゴリ押ししてくる。これではAha!体験が起こるわけがない。
不動産購入経験者にデプスインタビューをしたことがある。満足な買い物をしたケースでは必ず「発想転換」が起きていた。新築マンションにこだわっていた夫婦が、最終的に中古のリノベーションに決めていたり、都心通勤にこだわってマンションを探していた夫婦が、沿岸の戸建てでリモートワークを決めたりと、追い込まれ、発想転換をした瞬間に決断が生まれている。彼らは自らの決断を「妥協」と言わない。「発想転換」だという。
よほどお金が余っている人でなければ、初期の夢や要望をそのまま叶えられる人はいない。どこかで発想転換が必要になる。不動産売買の最前線にいる営業マンも、最初から条件が変わらない人はほんの一握りだという。
つまり、ある程度の視野の範囲で物色している限り、このAha!のドーパミンは出ない。Aha!のドーパミンが出る買い物を促すため、異なる視点を提案し、発想転換を起こすのがマーケティングの真骨頂であり、セールスであり、そのドーパミンが商品や企業への愛着を生むのである。
思考拡張は商機も拡げる
思考拡張は満足と解決を同時に作るから、コンバージョンの重さが違う。長く愛され、LTVも高いだろう。それだけではない。売る側も、限られた商材の中でレコメンドをやりくりするだけでなく、なかなか荷の動かない商材も、顧客の視野を拡げるような商品やサービスとして提案できるようになる。
たとえば、横須賀の山の上に、急な階段を延々とのぼり、雑木林をぬけなければたどり着けない古い戸建てがある。この古い戸建てを二束三文で買い、DIYでリノベーションをして、ヨガ教室を始めた若い女性デザイナーがいるそうだ。ボロボロの人里離れた山の古い戸建てだからこそ、のびのびとDIYを楽しめ、畑にナスを植えたり、思う存分ハーモニカの練習もできる。ヨガも気持ちいいだろう。
これを、都心のマンションを探していた、転居検討初期の彼女に提案することを考えてほしい。協調フィルターとお決まりの「他の人も」で、はたしてこの古家が提案できただろうか?
彼女がDIYが好き、マクロビ好き、リモートワークのデザイナーであることがわかっていて、それを汲んだ上で生活をイメージさせる言葉があれば、きっとAha!が起こるし、売れ残りで困っていた古民家は速やかに処分できることになる。今まで横須賀で検索する客しか相手にできなかった横須賀の不動産会社が、都内でマンションを探すユーザーに古民家DIYライフの提案ができるようになるということだ。
つまり、セールストークが発想転換を促すことで、売りづらい商材が動くようになる。買い手のAha!を作ることが、売り手にとってもいい話になるはずなのである。
バナナ売りだってもうちょっと気の利いたことをいうよ
勧める理由はセールスの基本で、アートでもある。昔はバナナ売りの売り口上が芸になったぐらい、売る言葉には工夫が凝らされていた。この言葉を繰り出すために、デキるセールスマンは知恵を絞ってきたし、客の好みやこだわり、妥協できそうなポイントを見極め、商品の魅力を丁寧に語ってきた。もちろんその語りの一つには「この商品を見ている人は」もあるだろうが、同じ売り文句をオウム返しする営業は二流だ。バナナよりもずっと高い不動産や保険、中古車のような高い買い物や大きな契約で、オウム返しがその決断を促すとは思えない。
世界中がAha!体験の恍惚に浸る日が来る
進撃の巨人もマトリックスも、外に出ようとする人間はこっぴどい仕打ちを受けると相場は決まっている。やめておけ。この心地よい世界の中で、平和に楽しく暮らそうじゃないか。Googleのルールにあわせてクリックを最適化するSEO会社も、ユーザー行動をアグリゲートして協調フィルタをチューニングするレコメンドエンジン会社も、ニーズはあるしシステムに従っているから、うまくやれば憲兵団に抜擢されて、王に近づくこともできるかもしれない。
それでも、AIセールストークジェネレーターが、100万の物件を100万世帯に勧める理由で思考を拡張し、100万人のAha!体験を瞬時に作る世界を想像してしまうのである。フィルターバブルをぶっ壊し、その戦いの先には、世界中がドーパミンに恍惚とする時が来ると信じて。