23.衛生委員会の落とし穴
はじめに
産業医業務の中でも、衛生委員会に参画することはとても重要です。法令上は、構成員として産業医は必須で、参加は必須とはされていませんが、企業の安全衛生活動上、とても重要な会議体ですので、参加することや、議事録を確認する、情報を提供するなど、可能な限り何らかの形で参画することが望ましいです。職場での課題解決につながりうる衛生委員会における産業医の行動は、こちらの論文をご確認ください。産業医としてどう貢献できるかといった内容が盛り込まれていますのでとてもお勧めです。
また、神奈川労働衛生研究会の作成した「安全衛生委員会の効果的な進め方ポイント集(Q&A)」や、労働者安全健康機構の公開している「衛生委員会活性化のヒント」もとても参考になりますので、ご参照ください。
これらの資料などをもとに、衛生委員会の落とし穴についてご説明いたします。
目的意識なき衛生委員会参加の落とし穴
産業保健職が衛生委員会に出席する目的とは一体なんでしょうか?法的には産業医の出席は規定されておらず、産業医がいなくても衛生委員会は滞り行えてしまいます。さらには、出席していても発言ひとつせずに終えてしまう場合もあります。そのため、産業保健職自身が目的意識を明確にせぬまま出席すると、せっかくの衛生委員会という会議体を全く有効活用することができません。以下にいくつかの目的例を示します。
・参加することで産業医としての存在感や安全衛生意識を示す
・安全衛生活動、安全衛生意識などの情報収集
・衛生話題の情報提供(ヘルスリテラシーの向上)
・現場の安全衛生上の課題提起
・キーパーソン(経営層や管理職など)とのコミュニケーション
・発言することにより安全衛生活動の推進、整理、軌道修正
・会議体のガバナンスの維持向上
スケジュールの落とし穴
衛生委員会のスケジュールは固定されている場合もありますが、企業によっては、トップのスケジュールや、産業医の訪問スケジュールなどによって決まる場合など様々あります。トップが不在であったり、出席者がほとんどいない衛生委員会は活性化することなく形骸化していく恐れがあります。産業医として企業を訪問する際には衛生委員会のスケジュールを必ず確認し、参加メンバーが揃うように合わせていく必要があります。
タブーワードの落とし穴
衛生委員会で産業医が、どのタイミングで,どのように発言するかを会議中に考え、判断し、発言するかは、産業医の腕の見せ所とも言えます。ときには、ファシリテーションの能力が求められますが、一般的にトレーニングを積むような場所があるわけでもなく、ある種のセンスに依るところも大きいと言えます。安全衛生活動の主体は事業者であり労働者ですので、産業医が出しゃばってしまうのも望ましくないでしょうし、一方で何も発言しないということも産業医としての存在感が低下してしまいます。産業医として、次のような類の発言は厳に慎むべきでしょう。また、メンバーから同様の発言があった際にそれをまかり通るようなこともよくないでしょう。産業医としても、なんからのコメントをしないと、暗にそれらを認めてしまう印象を与えてしまいますので注意してください。衛生委員会の最中ではなくても、会終了後に関係者に伝えるなどして、何らかの形で是正していく必要があります。
①ハラスメント
人格否定やいじめのようなパワハラ的な発言や、性的な言い回しなどのセクハラ的な発言など
②法令違反
36協定違反を軽視するような発言や、第3管理区分のような劣悪な作業環境を軽視するような発言、労災隠しに繋がる発言など
③悪者扱い
労働災害や交通事故を起こした労働者を悪者扱いし、強く非難・糾弾するような発言など
④個人情報無視
休業中の労働者や、特殊な事情の労働者の機微な個人情報をオープンにしてしまう発言など
顔をつぶすという落とし穴
衛生委員会において、担当者や特定の人の顔をつぶすような発言を不用意にしないように注意してください。例えば、タバコを吸う経営者の前で喫煙の害を喋りすぎてしまうことや、太り気味の担当者がいるのにも関わらず肥満にダメ出してしまうことです。また、会社の偉い人の肝煎りの施策を真っ向から否定しまったり、実施されている安全衛生活動をばっさり切らないような配慮も必要です。職場環境の「改善」といっても、やり方や言い方を間違えれば過去のやり方の否定になりかねません。職域の現場ではときに、医学的根拠がない取り組みや、効果がないような施策も行われていることもあります。こうしたことを安易に否定しないように注意してください。
公平性の落とし穴
労使が協議する場である衛生委員会においては、ときに事業者側と労働者側の意見が対立・相反することもあります。そのような場合に、産業医は事業者側の肩を持ちすぎることも、労働者側の肩を持ちすぎることも望ましくありません。産業医は企業からお金をもらっているのだから、企業側の判断をするものと思われてしまうこともあり、前者のような姿勢を続けていると労働者側からの信頼を損ないます。一方で、労働者の健康保護ばかりを訴えていると事業者側からの信頼を損なうこともあります。職場環境の改善は、労使と協働して実現するために、産業医は独立した立場で、公平な判断を行う必要があります。
アップデート不足の落とし穴
時代の価値観は日々変わり続けます。その中で、産業医自身も常にアップデートしていく必要があります。特に、企業では10代から60-70代までの幅広い世代がいますので、自身よりも若い労働者の価値観も理解しておく必要があります。これは衛生委員会の場に限りませんが、昭和時代のような時代錯誤の発言をしないように注意してください。例えば、気合論・根性論のような発言、男尊女卑のような発言です。働き方改革の中で、働き方そのものに対する価値観も変わってきていますし、結婚や出産、飲み会、自家用車などに対する価値観も変わってきていますので、こうしたことにもキャッチアップしていく必要があります。場合によっては、産業医の発言が炎上してしまう懸念もあるかもしれません。
情報が届かない落とし穴
労働安全衛生第二十三条に以下の事項が定められています。
事業者は、委員会の開催の都度、遅滞なく、委員会における議事の概要を次に掲げるいずれかの方法によつて労働者に周知させなければならない。
一 常時各作業場の見やすい場所に掲示し、又は備え付けること。
二 書面を労働者に交付すること。
三 磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること
衛生委員会で話し合う内容はとても重要なことですし、産業医として健康に関する話題を啓発する際にも有効です。そして、衛生委員会の内容は上記の通り、周知することが定められています。しかし、実際には情報が末端の労働者には届いていないことも往々にして起こります。安全衛生活動の主役は労働者ですので、全ての労働者に情報が周知されることが望ましいと言えます。どんな大切なメッセージも届かせなければ意味がありません(記録は保管されますが)。きちんと情報が届かせるように衛生管理者などに助言していきましょう。
参考資料
1. 永田 昌子, 森 晃爾, 永田 智久, 金子 鉱明, 井上 愛.(2019). 職場での課題解決につながりうる衛生委員会における産業医の行動の類型. 日衛誌; 74
2. 安全衛生委員会の効果的な進め方ポイント集(Q&A) 神奈川労働衛生研究会
3. 衛生委員会活性化のヒント 労働者安全健康機構の公開している