産業医科大学卒の産業医の強みの考察
産業医科大学卒業の産業医に対して色々なイメージを持っている方がいるようです。例えば、最強とか、かないっこない、飛び抜けている、変態、ガチが多い、真面目な人が多い、勉強家が多いといったポジティブな意見も聞いたことがありますし、一方で、変な人も多い、意外と微妙、たいしたことない、普通、特に変わりない、天狗になっている人も多い、むしろ逆に使いにくい、できる人はいるが全員ではない、などとネガティブに仰る方もいます。まあ、つまるところ色んな評価評判があるということですよね。いずれにしても、真摯に受け止めたいものです。
個人的には、産業医科大学卒業だから全員が産業医として優秀だとは思っていませんし、産業医科大学ブランドもあるようで実は全然ないとも思っています。が、やはり優秀な人は多いし、ガチ度が高い方も多いんですよね。それは、先行者利益とも言えると思いますし、属人的な部分も大きい(たまたま優秀な人がいた)とは思いますが、そうはいっても「産業医科大学の卒業生の産業医」にはそれなりに強みがあるとは思うんですよね。
今回、あえて「産業医科大学卒の産業医の強み」を考察しようと思ったのは、強みを考察することが、産業医としての育成や成長の仕組みの考察にもつながるということと、産業医科大学卒業生の優位性とはなんなのかを考えることが自分たちの存在意義を考えるきっかけにしたいということからです。
また、ある地方で産業医を志した若手(産業医科大学卒ではない方)と話をしていて、こういう方はどうすれば、産業医として成長できるのだろう、というか産業医科大学ではどうやって成長させているのだろうか、と考える機会があったこともこの記事を書く動機になりました。
読者の方々にとっても、部分的にでも参考にすることで、産業医(産業保健職)としての成長に活かしていただきたいと考えています。なお、産業医科大学卒業生のようになれということではなく、産業医科大学卒業生が至高というつもりも毛頭ありません。一般論として、産業医が成長するためにはどうすればいいのか、という議論です。
なお、「産業医科大学卒業生の産業医」と一口に言っても、産業医になったパターンは色々あり、経験も専門性も様々です。が、そこを場合分けすると非常に面倒なので、ざっと「産業医科大学卒業生の産業医」として表現しております。ご容赦ください。
産業医科大学卒の強み
産業医としてのトレーニング環境
産業医科大学卒業生は、卒後修練課程として、産業医のコースがあり、事業所研修(常勤産業医研修)や、産業医学の基本講座、実務講座を受けます(年齢高めの卒業生はこの辺りの教育機会は整備されていない世代も)。基本的なところは体系的に講義を受けることができ、かつ、指導を受けることもできますので、産業医として基礎を作ることができます。さらに、その後に産業医となり大企業で活動を行います。この過程は、守破離で言うところの、守「基本や型を身につける段階」となります。さらには、学会や研究会などに自分たちの活動を発表する機会が与えられますので、自分達の活動を言語化したり、他社と比較する機会があります。個人的には、自分たちの産業医活動を自分の言葉で話す機会は極めて重要だと思います。また、産業医科大学卒業生の産業医は産業衛生専門医や、労働衛生コンサルタント(保健衛生)を取得することがデフォルトです(そのためのノウハウも形式的にも暗黙的にも共有されています)。
ざっと言えば、産業医としての基礎固めや、専門家としての資格取得までがコースとしてあり、その指導環境が整っていると言えます。特に、産業医にとって重要なことは、フィードバックしてくれる人、フィードバックされる機会が得られるかどうかだと思っています。
ネットワーク・コミュニティ
産業医科大学卒業生には、産業医学推進研究会という産業保健に関わっている卒業生のコミュニティがあります。医学部、看護学部、産業衛生学科(旧:環境マネジメント学科)卒のメンバーで構成され、現在およ900名程度です。また、これに加入していなくても、卒業生同士、同級生同士での大なり小なりのコミュニティがあります。産業医科大学には、産業医学の教室がありますので、その同門会といったコミュニティがあります。コミュニティがあるかどうかは産業保健職にとって非常に重要ですよね。コミュニティの意義としては、その中で、相談ができる、情報交換ができるといったことがまずは大きいです。また、コミュニティというのは、ギバーの存在が極めて重要なのですが、同窓・同門という絆があることもあり、ギバーが多く存在しやすい土壌があります。先輩・後輩のためならと一肌脱ぐことも多いですし、資料・知見の提供も無償でやりとりされやすいです。同じ温度感、同じ目線で議論ができるのも、このコミュニティの強みですし、キャリアモデル・ロールモデルができやすいといったこともあります。産業医案件の紹介といったこともされています。産業医学推進研究会といった場に限らず、卒業生同士のネットワークやコミュニティこそが、強みの源泉といっても過言ではないと思います。他のコミュニティにはなかなか真似できないものだと思います。
なお、産業医学推進研究会は、ホームページがあり、一部の資料は公開されています。COVID-19のときはかなり有用な情報を公開していました。日本の産業保健業界の、それなりの方が入っている集団ですので、それなりの知見が形成することができるんですよね。
覚悟とアイデンティティ
産業医が産業医の専門家としての覚悟を持てるかどうかも非常に大きいと思います。幸か不幸か私たち産業医科大学卒業生には、修学資金制度の縛りがあり、半強制的に?自動的に?産業医活動に従事することになります。細かいことを言えば、産業医をメインとしてやらない卒業生も多いのですが、そこは面倒なのでここでは割愛します。臨床のバックグラウンドがないということは、言葉を変えるとそれは逃げ道がないということになります(医師免許があるので、逃げ道なんていくらでもあるのですが)。専門としての産業医学から逃げることができず、とことん産業医学に向き合わなければならないんですよね。覚悟を持たざるをえないんです。そこに産業医学の専門家としてのアイデンティティが芽生えるのだと思います。医師としてのアイデンティティは、40歳代、50歳代でつくられるものではなく、やはり医師をはじめたての20歳代、30歳代で形成されるものだと思います。また、他の専門性を身につけてしまえば、そちらの側にアイデンティティが形成されますし、複数のアイデンティティを持てるほど人はそんな器用ではないんですよね。専門家を名乗る以上は、そこに覚悟と責任があり、その上にアイデンティティが形成されるのかなと、私は思っています。
専属産業医経験あり
産業医科大学卒業生の産業医のほとんど多くは、専属産業医経験があります。特にクラシック(重厚長大産業:鉄鋼業・セメント・非鉄金属・造船・化学工業や、これに関連する装置産業)な企業での産業医経験がある方が多いのも特徴です。専属産業医経験がどう活きるのか、ということは、別記事でも述べていますのでご参照ください。産業医として専属産業医経験が必須であるとは言いませんが、卒業生同士の共通の経験があることが、ある意味で、通過儀礼のようなものがあるのかもしれません。それは、同じ学舎で育ったことや、折尾で過ごした6年間の村経験、修学資金制度の苦しみという共通の体験があることによって、卒業生同士の絆を形成しているようにも思います。そして、これらの共通項がコミュニティとしての繋がりを強固にしているのだと思います。
フィロソフィー
産業医科大学初代学長である土谷健三郎先生の建学の使命として掲げた「人間愛に徹し、生涯にわたって哲学する医師」が産業医科大学の目標とする理想的な医師像であること、さらにこれに加えて「上医を目指す医師」と「感謝されない医師」が、産業医科大学の卒業生が持つ共通の概念としてあり、レガシー(legacy)、フィロソフィー(philosophy)、伝統、受け継がれていくもの、として捉えられているように思います。個人的には、フィロソフィーという言葉が好きです。産業医としての考え方や価値観は人それぞれあるとは思いますが、土谷健三郎先生の教えだけは、常に尊重され、皆が何らかの形で意識をしているのではないかと思います。そして、こうした共通の価値観こそが、産業医科大学卒業生の産業医を大きくブレさせない(独善的になりすぎない)根幹を担っているのではないかとも思っています。産業医の活動は、ほとんどの場合で密室化しますし、批評・批判されない状況になりがちです。その際に、自分の胸に手を当てて考えられるか、産業医科大学のフィロソフィーに反していないかを考えられるか、ということが究極的に重要なのだと思います。なんか宗教じみているかもしれませんけどね笑
感謝されない医師については、記事をまとめています。
これを踏まえての産業医としての育成論
前述したことを整理すれば、産業医としての育成・成長に必要なことは、以下に大別できるのだと思います。
・指導環境
・コミュニティ
・専門家としてのアイデンティティ
・フィロソフィー
では、これを産業医科大学卒業ではない産業医がどうやってこれらを得ることができるのか、ということが次の問いです。なお、繰り返しですが、産業医科大学卒業生のようになれという話や、産業医科大学卒業生が至高というつもりは毛頭ありません。一般論として、産業医が成長するためにはどうすればいいのか、という議論です。
指導環境
指導環境があるところに飛び込めるかどうかだと思います。指導環境のある大企業や労働衛生機関、大学の教室などが候補として挙げられると思います。産業医活動というものはほぼ確実に独善化します。99%なります。100人いたら、99人が独善的な産業医活動をしています。それをある程度まともなものにするためには、自分にフィードバックしてくれる環境が必要です。フィードバックには黄金の価値があります。お金を払ってでもフィードバックを得にいきましょう。
コミュニティ
コミュニティに所属することも非常に重要です。大きなコミュニティとはではなく、同世代の4,5人のグループでもいいと思います。重要なことは、人数規模ではなく、同じ温度感やレベル感で議論できること、コミュニティにアクティブなギバーがいるということだと思います。ビジネス的な繋がりではなく、皆がそのコミュニティに知見を持ち寄り、お互いが高め合えるような関係がつくれるかということです。温度感が違ったり、テイカーばかりではコミュニティはすぐに破綻します。
専門家としてのアイデンティティ
専門家としてのアイデンティティを醸成していきましょう。アイデンティティの形成のためには、学会に所属すること、資格を取得すること、産業医としての経験を積むこと、研究活動を行うことが挙げられます。対外的に専門家として認められることと、自身の中でも専門家として自覚することが重要です。資格で言えば、専門医資格でも、労働衛生コンサルタントでもなんでもいいと思います。それら全てのことが、専門家としてのアイデンティティ形成に役立つものだと思います。
フィロソフィー
産業医としての自分のフィロソフィーを持ちましょう。なにを社会にもたらしたいのか、なにを実現したいのか、どんな専門家になりたいのか、専門家としてのミッション、ビジョン、バリューを言語化しましょう。そのためにも、他の産業医がどんなことを大切にしているか聞きましょう。パクリでも真似でも大丈夫です。その言葉を自分の中で何度も反芻し、練り直し、人に話したり、考え続けることがとても重要なのだと思います。例えば「働くことで起きる不幸をなくす」とか、「関わる事業所では過労死を絶対に起こさない」とか、そういうことです。
産業医科大学をもっと知りたいという方のための参考資料
・産業医大紹介パンフレット https://www.uoeh-u.ac.jp/University/Corporation/koho/gaiyo2022.html
大学案内 2023
https://www.uoeh-u.ac.jp/Exam/College/index2/medpamph.html
産業医科大学産業保健学部20周年記念誌
http://sanpo.health.uoeh-u.ac.jp/index.php?action=common_download_main&upload_id=515&nc_session=sr4ukdjk5j038trpdmpemsmbn1
産業医科大学40年のあゆみ (非売品?)
おまけ
建学の使命である「人間愛に徹し生涯に亘って哲学する医師を養成」を表現するにあたり人間の「人」を医学の「M」がおゝらかに囲み。更に大地を踏みしめた人文字は哲学する医師を志す力強さであり、天を仰ぎ真直に伸びる上半身は、Mの飛躍を示す両翼の心臓部となり大学の大を表わす。
9つの円を人・企業・社会に見立て、「人の健康」が「企業の健康」をつくり、それが「社会の健康」につながるという考え方」をロゴ化したもの。また、中央の円3つを人・企業・社会の「心」と捉え、それらをつないでいくのが産業医学の目的であることを表現。