44.喫煙対策の落とし穴
多くの企業が安全衛生活動としても、健康増進活動としても喫煙対策に取り組んでいます。その背景としては、受動喫煙防止が事業者の義務になったことや、健康経営の推進、喫煙によるコスト(喫煙所のランニングコストや、休憩時間)、喫煙者の方が病気にかかり退職や休職してしまうことなどがあります。最近では、喫煙者は採用しない企業も増えています。産業保健職としても、喫煙が健康に有害なことに異論はありませんし、企業の喫煙対策に積極的に取り組んでいる方も多いのではないでしょうか。個人的にも非喫煙者ですし、タバコの臭いは非常に嫌いです。喫煙者を1人でも減らすべく産業医活動で喫煙の害を繰り返し説明しています。しかし、喫煙対策にもいくつかの落とし穴が潜んでいますので、この記事でご紹介いたします。
喫煙対策の例
対個人:保健指導、禁煙補助、禁煙褒賞
対集団:禁煙講話、禁煙デー・禁煙週間イベント、情報啓発
対環境:敷地内禁煙、喫煙所(例:なくす、減らす、屋外化)、就業時間禁煙、喫煙直後エレベーター利用禁止
非喫煙者との不公平感の落とし穴
喫煙対策として、喫煙者の禁煙外来や禁煙補助薬(ニコチンガム・ニコチンパッチ)などに補助を付ける、禁煙成功した際に褒賞を渡すといった方法があります。しかし、元々、喫煙者には喫煙所の設置コスト・ランニングコストもかかっていますし、さらに禁煙を促すためにお金をかけることは、非喫煙者にはお金をかけていないため、喫煙者と非喫煙者との間に不公平が生じる可能性があります。もちろん、企業がどこにお金をかけるかは自由ですし、企業として喫煙率減少に向けて一方にだけお金をかけることもひとつのやり方だと思いますが、不公平が生じうることは留意しておく必要があります。喫煙者と非喫煙者に対して、インセンティブとディスインセンティブを上手に使い分けることが長期的には対策として有効になる可能性もあります。
また、喫煙者ほど休憩を取りやすいというということは、日頃から非喫煙者の不満としてたびたび聞かれます。このような場合においては、喫煙者のタバコ休憩を禁止するよりも非喫煙者が休憩を取りやすいような環境形成の方が、公平だと言えるのかもしれません。喫煙者に対する施策を行う際には、非喫煙者に対しても配慮することも忘れないようにしましょう
対立構造・喫煙者排除の落とし穴
喫煙対策として、喫煙率や禁煙意識などに関するアンケートをとることや、衛生委員会などで喫煙状況を協議することもあるでしょう。この際に、喫煙者を追い詰めたり、喫煙者対非喫煙者の対立構造を作ることは必ずしも望ましいものではないでしょう。喫煙対策はときに、喫煙者は悪・敵というような見方をしてしまいがちですが、産業医としても対立構造を煽る、喫煙者を排除するような言動は控えましょう。
喫煙者説得の落とし穴
保健指導の際に、喫煙する労働者に禁煙を指導することはよくあります。しかし、この際に禁煙を強く促しすぎたり、長時間の説得を行うことは望ましいものとは言えないでしょう。その理由としては、基本的には禁煙習慣そのものは安全配慮義務の範疇ではなく自己保健義務の範疇であること(著しい受動喫煙がある場合にはその限りではありません)、そもそも時間をかけて説得されたから容易に禁煙するという類のものではないこと、就業時間中に保健指導で長時間拘束することは望ましくないことなどが挙げられます。また、喫煙と病気に関する医学的根拠(エビデンス)があるからと言って、エビデンスを振りかざさないようにしましょう。(参照「保健指導の落とし穴」)
禁煙セミナー
喫煙対策として、社内禁煙セミナーを行うこともあります。しかし、喫煙者を対象として禁煙を促すだけの禁煙セミナーは効果に乏しくなりがちです。喫煙者たちを無理矢理参加させて喫煙の害をくどくどと説明したところで、じゃあタバコをやめようと思う喫煙者はほとんどいないでしょう。逆に、疎ましがられて終わる可能性もありますし、コストをかける意味がほとんどない場合もあります。効果の出る、意味のある機会にできるように企画段階で、禁煙セミナーを行う必要性について関係者と綿密に協議しておきましょう。(参照:「衛生講話の落とし穴」)
事例性の落とし穴
たしかに、喫煙によって勤怠への影響が出たり、休憩時間が長くなる、タバコの臭いがあるということはあるものの、喫煙習慣は大きな事例性上の問題は起こさないことも多いと言えます(個別事例としては事例性を引き起こすことはあります)。また、よほどの受動喫煙が起きていない限りには安全配慮義務とは言い難いでしょう。つまり、産業保健職としては、労働者を禁煙をさせることは適正配置や安全配慮義務の履行、企業のリスクマネジメントに関わるような本質的な業務ではないと言えます。医療職マインドからすれば、健康に害のある喫煙をやめさせることは肯定されますが、あくまでそれは産業保健活動としての本質的なものではないことに注意してください。優先順位や、業務効率などを考慮した上で、喫煙対策に時間を割いていくということが求められます。(参照:「臨床マインドの落とし穴」)
喫煙所の番人の落とし穴
産業保健職は、健康を害する喫煙習慣を目の敵にしがちですし、保健指導でも喫煙習慣を改善しようとしがちです。しかし、前述の通り産業保健活動の中において喫煙対策は本質的なものではありません。喫煙対策を推進しすぎて喫煙所を見張るような番人のようになってしまうことは、労働者からの信頼が得られませんし、間違ったイメージを持たれてしまいます。産業保健職は嫌われることもときには必要ですが、本質的なところではないところで嫌われ役になってしまうことは良くないでしょう。(企業側から強く期待される場合においては、その役割を担うことも当然ありえると思います。)
トップが喫煙者という落とし穴
企業のトップが喫煙者の場合は、喫煙対策は容易には進まないでしょう。衛生委員会の場でもタブーのように話を出しにくくなりますし、喫煙所の縮小も難しくなり、逆に立派な喫煙所が出来てしまうこともあります。喫煙所が会議室になることや、タバココミュニケーションが幅をきかせてしまいます。産業保健職としては、喫煙対策を進める上で、このような背景を理解しながら、利害関係者と調整を図る必要があります。タバコ撲滅を掲げすぎてトップを始めとする喫煙者に睨まれてしまい他の産業保健活動の実効性を落とさないように注意してください。一方で、トップが変わることで喫煙対策が一気に進むこともあります。時機を見極めて進めなければいけないということも喫煙対策の注意点です。
なお、企業によっては労働組合が喫煙対策に反対することもありますので、喫煙対策を進める上でも早いタイミングから関係者と調整を図っておくことが重要になります。
各種資料
・厚生労働省 職場における受動喫煙防止のためのガイドライン
・厚生労働省 パンフレット「すすめていますか? たばこの煙から働く人を守る職場づくり」
・日本禁煙学会 資料サイト
・公益社団法人受動喫煙撲滅機構HP
・ファイザー すぐ禁煙.jp
各企業の喫煙対策の取り組み事例