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《新古小説十二題(一)》森林太郎訳『即興詩人』:画文の人、太田三郎(10)

1 《俗謡十二題》と《新古小説十二題》

 太田三郎は、文学と美術を交流させる試みを、雑誌『ハガキ文学』の木版口絵の2つのシリーズ連載で実践している。

 1つは《俗謡十二題》といい、小唄・端唄など歌謡の一節に絵をつけたものである。歌謡の一節は、欄外に活字で示されることもあれば、絵の中に組み込まれていることもある。
 第4巻第1号(明治40年1月1日)から、第4巻第13号(明治40年12月1日)まで12回連載された。ただし、第4巻第6号(明治40年5月15日)の増刊『静想熱語』では休載である。

 もう1つは《新古小説十二題》といい、小説の本文の一節に絵を合わせたものである。
 第5巻第1号(明治41年1月1日)から第5巻第13号(明治41年12月1日)まで、12回連載された。ただし、第5巻第11号の増刊『青年之華』では休載である。

 《俗謡十二題》の2編については、「「絵と文を響かせる 画文の人、太田三郎(7)」で紹介した。

 そのときに記したように、1枚の絵と、歌謡や小説の一節を合わせる画文共鳴の試みは、大正期の『文章倶楽部』の「物語の人物」という企画に事例を見ることができるが、太田の《俗謡十二題》《新古小説十二題》は時期的に早い。

 色数も限られた木版であるが、口絵として読者の関心を引くように工夫された企画である。

 このほど、両シリーズの口絵をすべて入手することができたので、一つずつ紹介していきたい。
 制作の順序としてはあとであるが、まず《新古小説十二題》から始めることとする。

2 アンデルセン作、森林太郎訳『即興詩人』

 『ハガキ文学』第5巻第1号(明治41年1月1日)の口絵木版、《新古小説十二題》の1回目は、ハンス・クリスチャン・アンデルセン作、森林太郎訳『即興詩人』を取り上げている。
 即興詩をつくることにたけたアントニオと、薄幸の女優アヌンチャタの悲恋を軸に、アントニオが自らの運命を切り拓いていく物語である。

 口絵には、建物の壁の前で、両手を交差させて物思いにふけるアントニオらしき青年が描かれている。
 
 初めて見たときは、当然、物語の前半のアヌンチャタとの出会いから始まる、アントニオの苦悩を描いているのかと思ったが、添えられた本文は、下巻「未錬」の章の一節である。

我足の尼寺の築泥ついぢの外に通ふこと愈〻繁く、我情の迫ること愈〻切に、われはこの通路の行末いかになるべきかを危ぶまざること能はざるに至りぬ。

森林太郎『即興詩人 下』(明治35年9月1日、春陽堂)「未錬」の章より

 ボルゲーゼ公ファビアニとその妻フランチェスカの間にはフラミニアという娘がいた。利発な娘であったが、神の花嫁になる、すなわち修道院に入ることが定められていた。そのため彼女は「小尼公」と呼ばれていた。

 いよいよ修道院に入ることになってフラミニアはボルゲーゼ家に帰宅する。ボルゲーゼ家で世話になっていたアントニオはフラミニアとよく話をした。フラミニアは詩人としてのアントニオの悩みを深く理解してくれたのである。

3 別れ

 あるとき、フラミニアは「御身はいかにして即興の詩を歌ひ給ふか」と尋ねる。アントニオは「其題を得るときは思想は招かずして至るものなり。」と答えた。つまり、作為しなくとも自ずと着想を得ることができるというのである。
 また、詩の章句は具体的にはどのように作るのかと、フラミニアはアントニオに尋ねる。
 この問いに対して、「われは詩を作るごとに、我詩の前世の記憶の如く、前身の揺籃中にて聞きし歌の名残の如きを感ず」とアントニオは答える。
 アントニオは、詩を自分個人が作っているというよりは、「前世の記憶」としてすでに存在していたように感じられるし、先の世のいつかに「前身の揺籃」で聞いたことがあるようにも思える、と答えているのだ。
 フラミニアは、アントニオの答えが神への信仰に似ているところがあると感じて、深く共感するのであった。

 フラミニアは、孤独の中で生きてきたアントニオにとって、得がたい理解者であったが、修道院に入ることで別れが訪れた。

4 転回点


 口絵の絵柄は、フラミニアが入った修道院の壁の前で苦悩するアントニオを描いている。

《即興詩人 新古小説十二題(一)》太田三郎筆
『ハガキ文学』第4巻第1号(明治41年1月1日)木版口絵


 引用された一節で、アントニオが自分の思いの行方を危ぶんでいるのは、それが許されない思慕であることを自覚しているからだ。
 別の日、同じように修道院の窓の明かりを眺めていたアントニオは、公子ファビアニに偶然出会う。
 危険を察知した公子ファビアニは、アントニオにローマを離れることを勧める。勧めを受け入れてアントニオはローマを離れるが、そのことによって、一気に物語が進行することになる。

 かつてアントニオが助けた盲目の少女の正体は誰か。また、青の洞窟での不思議な一夜の体験の意味は何か。それまでに敷かれていた伏線が、この後の物語の展開によって一挙に回収され、思わぬ結末に向かっていく。

 太田三郎は、結末に向かって物語の車輪が回転し始める転回点である「未錬」の章に口絵の題材を求めたのである。

5 木版について

 雑誌『ハガキ文学』は、海外名画、海外絵葉書を紹介するコロタイプ、付録絵葉書の多色石版、口絵の多色木版・多色石版など多くの図版を掲載していた。
 この口絵は多色木版であるが、色数は3色(浅い緑、山吹色、黒)、版数は3版だろう。
 掲載図版が多いため、口絵木版のコストを下げるために、色数、刷り数をおさえている。

 壁の白抜きの部分に白の輪郭線があるように見える。おそらく、白を使っているのではなく、紙と油性インクの境目に自然とできたものであろうか。

 木版の手順を推測してみよう。

 白抜きをところどころ作って、浅い緑で地色を刷る。窓の部分は空けておく。

 窓の明かりの山吹色をのせる。
 
 裏面を見ると、黒と山吹色ののせ方がよくわかる。刷り跡が残っているからである。
 特に、窓の部分では、窓枠の黒と明かりの山吹色の部分が区別できる。

木版裏面

 また、窓の部分の拡大図を見ると、明かりの山吹色の部分は、黒の窓枠に重ならないように、そのすき間に色を分けて刷られているように見える。
 また、窓の下の部分の山吹色と浅い緑の重なりに注目すると、微妙ではあるが、浅い緑の上に山吹色が重ねられているようだ。

窓の下部の拡大図


 最後に、アントニオを描くなど絵の骨格を作る黒の版を刷って完成である。

 伝統的な錦絵では、まず主版おもはんで輪郭を入れ、その後、正確に分色して摺りあげていくが、この口絵では、黒の線が一番あとになっている。

 木版の印刷に際しては、直接木版から印刷するのではなく、複製版が使われたという指摘がある。このことについては、機会を改めて報告することとしたい。

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【編集履歴】
2023/07/16 訂正
〝『ハガキ文学』第4巻第1号(明治40年1月1日)の口絵木版、《新古小説十二題》の1回目は〟→〝『ハガキ文学』第5巻第1号(明治41年1月1日)の口絵木版、《新古小説十二題》の1回目は〟


*ご一読くださりありがとうございました。

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