ネットのある社会で生きる。「人に当たらない。」「皆の考えが違って当たり前。」という考え方。
最近、私にとってSNSが居心地の悪い場所へ変化しています。
いろいろな事物に対しての様々な人の様々な意見や批判が簡単に目に入ってくるからです。ある事柄に対して誰かが意見するとそれに対して批判する人が現れ、その批判に対しても批判する人が現れる、その繰り返し。
意見する人。意見に同調する人。意見を批判する人。批判する人に対して批判する、つまり最初に意見した人を擁護しようとする人。他人を諭そうとする人…。私がnoteにこれから書こうとしていることも、結局はそれらの行為に連鎖する反応なのかもしれません。
ネット上には日々様々な人のコメントが飛び交います。
私もSNSを始めた頃は、自分と異なる視線を持つ様々なコメントに、感心することも多々ありました。しかし、今は人のコメントをみるのがうんざり、というのが本音です。
もちろん素晴らしい意見もあるのでしょう。ただ、うんざりしてしまうようなコメントも山ほどあります。
そして、それら、見る人の精神を蝕んでいくコメントの共通点は、書く人がそのコメントに「イラつきをぶつけてきている」ということなのだと私は考えます。
SNSにイラつきをぶつけてしまう気持ちを分からなくもありません。実生活での行き場のない怒りをSNSに書き込めば誰かが反応してくれたり同調してくれたりする。誰かが自分の気持ちを分かってくれるのは快感ですよね。
あるいは、SNS上で自分が不快に思う意見を目にしたら、その不快感をそのまま書き込むことで解消しようとする人もいます。
もし、それが熟考した末の意見なのであれば問題はないのかもしれません。負の意見を言うことが悪いという訳ではないのです。でも、イラッとしたその瞬間に、一旦イラつきを落ち着かせる間も無く、そのままSNSにぶつけている人が余りにも多い。
それらのコメントににじみ出ているのは、本人のイラつきと、反対の意見を持つ人への蔑みの感情。
これは、まずいです。
気をつけなければいけません。私達はもう、そういったコメントが人を傷つけてしまうことを知っている。そうでしょう?
そこで、私が大切だと思う二つの考え方を共有したいと思います。
1.「人に当たらない。」
まずは人に当たらないということ。自分の感じた、不安やイラつきや不快感を人に向けない。単純だけど一番大事なことです。
もし、あなたが自分が正しいことを言っていると思っていても、です。
有川浩先生の小説、図書館戦争にぐっときた言葉があります。
「正論は正しい、だが正論を武器にする奴は正しくない。お前が使ってるのはどっちだ?」
(有川浩 「図書館戦争」 p126 堂上篤のセリフより)
様々な解釈があると思いますが、私は、正しければ人を傷つけてもいいという訳ではない、と捉えています。正しければ何を言ってもいい訳じゃない。正しいことを言っても、それで人を傷つけるのは正しくないのです。
だから、誰かの意見や行動にカッときても、当たらない!ぶつけない!攻撃しない!相手が間違っていても、自分が正しいと思っても。
2.「皆の考えが違って当たり前。」
そして二つ目、人それぞれ考えが違って当たり前だということ。相手の意見と違う意見を持つことも、自分の意見と違う考えを持つ人がいることも、ごくごく自然で当たり前です。自分の意見が絶対ではない。
だから違う意見を持つ人に対して怒らないでください。蔑まないでください。自分と同じ考えを持たない相手にイラつく必要もありません。相手に同じ意見を持ってもらおうとする必要もありません。自分が間違っていると落ち込む必要もありません。
意見を謙虚に受け入れることも大切ですが、それはそれ、これはこれです。
自分の意見も相手の意見も尊重しましょう。
今も、これからも、SNSは私達の生活の一部です。だから、皆が気持ちよく使えるように、配慮していきませんか。
拙い文章、最後まで読んで下さり、ありがとうございます。皆様に幸あれ!