伊藤尋也『土下座奉行』
すっかり更新の間が空いてしまいましてすいません。それはそれといたしまして、
祝! 伊藤尋也先生第12回日本歴史時代作家協会賞文庫書き下ろし新人賞受賞!
Twitterでもお世話になっている伊藤尋也先生が、『土下座奉行』(小学館時代小説文庫、2023)にて文学賞を受賞されました。
今回はそのお祝いも兼ねまして受賞作の紹介を。
土下座。明治に刊行された日本初の近代的国語辞典『言海』にも記載のある、古来より伝わる礼法の一つです。
膝を屈し指を揃え地面に額づく、平身低頭を文字通り表す作法もさることながら、行っている間はほぼ相手の動作を目にすることはできず、帯刀の許された明治以前の時代であればまさに生殺与奪を丸投げにする屈服の姿といえるでしょう。
ただし、この丸投げというのがみそで、する方ももちろんのことながら、された側も相手の全責任を引っ被らされるわけですから、それなりの覚悟と胆力がなければまともに受け止めることができず、思わぬ醜態をさらしてしまうなんてことにもなりかねません。
本書の主人公北町奉行牧野駿河守成綱は、この相手に抱えきれぬプレッシャーを与える名人で、見事な呼吸で対峙した相手の意気をくじき、渾身の土下座でイニシアティブを奪い、這いつくばりながらも場を圧倒し状況を牛耳ってしまうのです。
この逆転の爽快感。
物語のどんでん返しの醍醐味は、その困難状況をいかに鮮やかに転変させるかにありますが、土下座という海抜ゼロ地点からのリカバリーとなると期待も高鳴らずにはいられません。
また、事件の背後に控えるのも、天保の改革を行った水野忠邦に後に安政の改革を行うことになる阿部正弘の二老中、さらにご存知遠山の金さんこと遠山左衛門少尉景元といった堂々たるお歴々で、土下座映えすることこの上ありません。
時は19世紀半ばの弘化年間、そろそろ武士による封建社会にもほころびの見えはじめてきた時期、形骸化した権威を足もとからひっくり返す土下座の活躍に目が離せません。
さらに冒頭では牧野駿河守成綱について、
という紹介がなされており、まさにその幕府の拠って立つ権威主義をおびやかすこととなるペリーに土下座がどう対抗することになるのか、今後のその錯綜する衝突も気になるところです。
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