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ピーナッツ畑から体育館裏へ

 世界的に有名なビーグル犬スヌーピーとその飼い主の丸頭の男の子チャーリー・ブラウンたちがコミカルかつシニカル、時々シュールな掛け合いを繰り広げる新聞コミックスは、『ピーナッツ Peanuts』というタイトルで連載されていました。
 チャールズ・M・シュルツの手により、1950年10月2日から2000年2月13日までの約半世紀にわたり、ほぼ休まず掲載され続けたこの作品は、アメリカのみならず世界各国の人々を魅了してきました。
 私もスヌーピーたちのかわいくも時折非常に風刺的な言動の入り混じる、のんびりかつシビアな空気と、谷川俊太郎による軽快で穏やかな名訳に惹かれて、気がつけばコミックスを愛読するようになっていました。
 けれども、そうしてみますと、案外にその数多いキャラクターほどには、実際のコミックスのことは知られていないように感じるのです。

『ピーナッツ』は新聞紙面をメインとする連載コミックスで、その形態には、月曜日から土曜日のデイリー版と日曜日のサンデー版の2種類が存在します。
 デイリー版は4コマで、サンデー版はコマ数は不規則ながらデイリー版の3倍のスペースを使っています。(ただし、1列目はタイトルと導入の1コマがあるだけ。国によってはこのスペースが省かれることもあるので、話に直接関わらない内容であることが多い)
 基本的には月曜から土曜までの平日は単発のギャグで、日曜日に少しストーリーのあるコメディが描かれるという形式がとられています。

『ピーナッツ』日本語訳単行本の数々
『スヌーピー全集』と『Sunday Special Peanuts Series SNOOPY』はサンデー版のみの収録

 ただし、例外はあり、通常は単発で、前日と翌日と比べて特につながりのない4コマ漫画の続くデイリー版で、時折続き物の物語が展開されることがあります。
 概ね月曜日に発端が描かれ土曜日で全体の解決が図られる、日本での4コマ雑誌での各タイトルの1回分を毎日の連載でやっていると考えていただいたらわかりやすいかと思います。
 話としては「スヌーピーの犬小屋に毎日増えていく傷の秘密」「ルーシーに捨てられたシュローダーのピアノを追いかける」といった軽めのものから、「スヌーピーの結婚の顛末」「スヌーピーのテニス遠征」など1週間どころか1か月以上にわたってくり広げられる長編もあります。もちろんこれらのサブタイトルは私が勝手につけただけで、実際にはそんな記述はなく、大体唐突にはじまって唐突に終わります。
 ビーグル長官からスヌーピーあてに送られてきた暗号メッセージを発端として盟友トンプソン救出に向かうスパイスリラー風の「トンプソン危機一髪」、大の負けず嫌いの女の子モリー・ボレーとダブルスを組んだ「テニスの試合」など、キャラクター同士の掛け合いも濃厚で、アクションにサスペンス要素も含まれていたりもして、単なる4コママンガではないボリュームが演出されています。
 さらりと読める割には案外と奥深さもある、スヌーピーたちの活躍する『ピーナッツ』に興味を持っていただけたらと思います。

 そうして『ピーナッツ』を読んでおりますと、思わぬ発見をすることもあります。

 それはデイリー版で1981年7月13日から開始された「ペパーミント・パティとチョウ」とでもいうべき連続ストーリーのひとつです。
 大きな鼻とばしばしの直毛を気にしているいつもサンダル履きなスポーツ万能の元気っ娘ペパーミント・パティがメインとなっています。(スヌーピー、チャーリー・ブラウンを別としますと、彼女にスポットが当たる話がとても多いんです)
 近所の空き地で寝転がって日向ぼっこをしていたペパーミント・パティの鼻にチョウがとまったことをきっかけとして、このチョウが実は天使の化身でなんらかのメッセージを携えていたに違いないと信じ切り、ついに到達した結論は「三塁側のファウルはショートがとる」。これをみんなに伝えたいと孤軍奮闘がはじまります。

1981年7月13日、20日、27日、24日の部分
鼻にチョウがとまったのをきっかけとして話がどんどん大きくなっていきます

 正直、キリスト教徒でもなく野球の知識もさほど持ち合わせのない私では、笑いどころをつかむのに苦労します。
 それでもペパーミント・パティの抜けた純真さが愛嬌となってなんとも微笑ましさが全編に漂っています。

 このストーリーは1981年7月29日まで続き、そして9月13日のサンデー版でエピローグが描かれました。

 夏休みを終えた教室で、ペパーミント・パティは「この夏、何をしたか」という課題のために、みんなの前に立って、あのチョウの体験について得意満面で語っていきます。
 ところが大きな鼻にチョウがとまり、そのチョウが天使に変わって、その伝えたメッセージが「三塁側のファウルはショートがとる」だったと、語るたびに教室内には子供らしく大きな、そして少々残酷な笑い声が起こります。

 けれども、ペパーミント・パティはこんなことでくじけたりしょげたりしません。
 自分の真剣な訴えを笑うみんなに腹を据えかねて、本来ならば発表の後にすぐ行うべき質疑応答を延期するよう担任の教師に申し入れます。

角川書店『Sunday Special Peanuts Series SNOOPY』第1巻(谷川俊太郎訳)、p. 42

「先生、もしよろしければ、質問は放課後、体育館の裏で受けます!」
 気に入らない相手には容赦なく拳を奮う彼女らしい毅然としたセリフです。

 意外に思ったのはこのセリフです。
 ヤンキーマンガなど独特の言い回しの「お前、放課後、体育館裏に来いよ!」が、よりにもよって『ピーナッツ』で見られるなんて!
 おまけに1981年という年代を考えますと、もしかしたらペパーミント・パティの方が日本の不良たちより早いかもしれません。

 もちろんだからといって『湘南爆走族』(1982年~)や『ビー・バップ・ハイスクール』(1983~)、『ろくでなしBLUES』(1988~)が『ピーナッツ』に影響されたといいたいわけじゃありません。

 そもそもさらに以前にアメリカ映画などにルーツがあるのかもしれませんから。
 ただ、こうした独特に思える言い回しも、思ってもみなかったところからルーツがたどれるのが面白く、そして新聞に毎日掲載されていた『ピーナッツ』はそこからのギャップを味わうのにうってつけの作品のひとつなのです。

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山本楽志
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