焚き火、ご一緒していいですか? /vol.1 自然の厳しさを知ってなお
2021年冬、始まる。
2021年12月。
沖縄と言えど、これは寒い。
気温13℃。
北の風強く、降水確率は珍しく当たる。
こんな日にテント泊なんてしている人は並の物好きではない。
と、野営欲とは異なるヨコシマな期待を抱いた輩がキャンプ場に一人。
お初にお目にかかります、私山田(ヤマダ)、女・三十と幾つの中年でございます。
この度、特に何の理由も目的もなく、キャンプ場にて年末ナンパ始めました。
おばさんのナンパは犯罪ですか、あぁそうですか、 それでは強行突破で参ります。
おばさんナンパ放浪記、覗きたい方はどうぞどうぞご自由に。
………………
この日、
クリスマスを1日過ぎた空は十分に重々しく、
イルミネーション仕様の街中にでも出なければ
ただの冬の悪天候。
クリスマスだのお正月だの
人肌恋しさだの
そういう類を感じる隙は与えられない。
もはや、外に出るなと言われているに等しい。
更におかしなことは、
2日前のクリスマスイブには
半袖でケーキを食べていたことだ。
ここ数年のイベント廃止人類史。
人類がウイルス感染とwith出来つつ来た矢先
今度は天までもがイベント廃止の風潮に忖度しだしたか。
ここ数日の天候には、「思い出の冬の日」みたいな色気や哀愁が一切ない。
「時期的にワクワクしたい」みたいな人間の都合など なぎ倒してくれる様は
もはや清々しい。
そっぽを向くように
そんな2021年沖縄、12月、北部川辺のキャンプサイト。
独りそっぽを向くように佇(たたず)む一張りに出会った。
実は今回取材の主(あるじ)に声をかける前、
他の二人組サイトに取材依頼をしていた。
が、後々理由あってお断りを頂いた際、
ほかに取材できそうな方がいないかと 他サイトの様子を教えてくれた。
そして、今回取材させて頂いたサイトの主については、
「彼のサイトはちょっと無理かも」との情報を受けていた。
なるほど確かに、あの明らかに
「私に関わらないでくれ」と言わんばかりの陣地感。
そこに踏み込む勇気は、山田にはない。
頂いた情報と自分の気持ちを素直に受け取り、声をかけるつもりはなかったのだ。
強行突破しました。 【ヤマダ編】
20時を過ぎた頃、取材先を偵察し始めた時
なぜか山田の足が、あの陣地に向かっていた。
今ならその奇行の理由が何となく分かる。
前日のクリスマス、よく利用する野営地に到着すると、
ここ5年ぶりかの キャンプ場特有の懐かしさを感じていた。
普段は30張りは連なるテントが、その日は4張りのみ。
風あり、雨あり、寒さあり。
普通の感覚で、人類はここへは来ない。
山田だって、取材先がないかと下心が無い限り イルミネーション遊覧を選ぶ。
むしろ誰もいないことを早く確認し、帰宅したかった。
ただ不思議なことに、その日、この物寂しさがなぜだか嬉しかったのだ。
(しかし結局、この日の天候での取材は諦めたのだけれど。)
あぁそうか、初取材の陣地は あの日の雰囲気そのものだったのだ。
楽しむためでも交流するためでもなく、ただその時間を淡々と過ごす。
そこにあるのは、目の前にやることと生活の音。のみ。
山田の足が向かっていく陣地には、きっとそんな空間がある。
山田は好奇心でも何でもなく、
懐かしい嬉しさで彼の陣地に引き寄せられていた。
そして、背面から覗き込むような声をかけた。
強行突破しました。 【主(あるじ)編】
主には、妻・小学校低学年・幼稚園年長さんの家族がいる。
しかし この日は初めてのソロキャンプに来ていた。
「強行突破しました。」
手が離れてきたとは言え、親離れにはまだ時間がかかる子供たち。
そんな中、一人、年末の外泊。
奥様の許可がよく下りましたね、と山田が感嘆するや否や、主は少し決まり悪そうにそう言った。
子を授かる前は妻と2人、よくキャンプをした。
2007 年からもう15 年の付き合いになる。
結婚後、2人目の子供が生まれた3年前、現在の仕事で3年間の千葉赴任をした。
0歳3歳の子を連れ、妻もついて来てくれた。
慣れない地で手のかかる子らを家庭保育したのち、彼女は復職した。
県外での生活に、家族や奥様の変化はなかったか尋ねてみると、
主からは「いや、特に何も…」と返ってきた。
しかしそれは、何かを思い返しているようにも見えた。
山田も産後すぐの県外転出を経験したから、分かる。
主やその家族はきっと、千葉での3年間に
色々な苦労があったのだろう。
沖縄での生活では気付けなかった家族の存在意義や、変化した価値観があったかもしれない。
衝突も、すれ違いも、築いたものもあっただろう。
それは、初対面の人につらつらと話せるものではない。
そのような期間を経て帰沖し、今年で3年が経った。
沖縄の生活に「戻ってきた」様で、かつてとは何か違う。
その変化の延長に、今回の「強行突破」があったかもしれない。
たまたまだった。
本なら、幼少期から戦記物が好きだった。
こと沖縄戦に関しては とりわけ惹き付けられた。
自衛隊入隊を決めたのはそれが理由だった、わけではない。
高校3年、進路に迷っていた時、たまたま自衛隊募集のチラシが目に止まった。
軽い気持ちだった。
しかし、その気持ちとは裏腹に、国を背負う責任は容赦なく伸し掛かった。
今でこそ、天明を全うする夫を信じ子共らとの生活に追われる妻だが、
結婚当初は心配され、よく夫婦で話し合いもした。
四十を過ぎた今でも定期的に山中訓練があり、
訓練中は睡眠不足や緊張感等、言いようもなく辛い。
テレビ特番で山田も目にしたことがあるが、あれは一生に一度のもので、
定期的に課せられる類ではないと勝手に思っていた。
経験していない者でさえ、その情景を思い浮かべれば身震いする。
何度も経験した者のこぼす「辛い」は図り知れない。
しかし、山中でそのようなストレスを感じてもなお、
「癒やしを求めると自然に戻りたくなる」と言う。
気付くと主のテントは、川を隔てた山に向いていた。
仕事でいくら関わろうとも
自然を前にすると辛く苦しい訓練を彷彿させてはしまわないか。
未経験者が憂う中、主は答えた。
日頃、仕事でいくら自然を相手にしようと、プライベートで過ごすのは全くの別物。
言葉に詰まりながらも、「リセットされるんです」と何度も繰り返した。
やり直すことは出来なくとも、何度だって仕切り直すことは出来る。
そう言いたかったようにも聞こえた。
今年のクリスマス、妻と子らは 妻の実家で過ごした。
主は束の間のひとり時間を手に入れ、
この日使用していたソロキャンプギアは、前日のクリスマスに新調した。
夜は自宅で、好きなお酒と映画を楽しんだ。
普段も、仕事から疲れ帰宅すると 晩酌して寝るのが日課だ。
キャンプをしていない休日は、朝7時から1時間半はランニングもする。
元バスケット部。
五感を使うことが、自身の「リセット」方法であり、原点に戻る術だと知っているのかもしれない。
来年には車も買いたい。
勿論「ソロ」キャンプも再強行するつもりだ。
そう言いながら、
柔らかくなった表情が焚き火に揺れる。
関わってくれるな、
と発していたかに見えた主の陣地。
それは日々の責務と家族への想いを背負った者の
威厳や憂いの表れだったのかもしれない。
翌朝、
再度ご挨拶に伺った際、これまでとこれからを静かに仕切り直したかのような
主の姿があった。
マスク越しに、スッキリと優しそうな顔が見えた。
取材協力・ご一読、ありがとうございました( ´v`)