猫のゆりかご

しがないオフラインエディターです。「芸術では食っていけない。だが、芸術というのは、多少なりとも生きていくのを楽にしてくれる、いかにも人間らしい手段だ」カート・ヴォネガット

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マガジン

  • っぽくないやつになりたいです、僕なんかは

    エッセイ。短編小説。散文。書き綴られたものたち。あるいは、誰も見ていない鉄道車掌の発車合図。

  • 君が変えたものと、変えなかったもの

    コロナ禍における、とある男女の物語。世界が目まぐるしく変わっていくなか、リアルタイムで筆を進める。物語がこの先どういう道すじを辿るのかは、著者にもまったくわからない。covid-19は僕たちの何を変えたのか。何が変わらなかったのか。この感染症が収束する時が、この小説の終わる時だ。名付けて「新型コロナ小説」。

最近の記事

マグロレンズ

「マグロレンズは人類史上最も不必要な発明である。しかし、その不必要性とは違う理由において、人類史上最も哲学的な発明でもある」                株式会社マグロレンズ 代表取締役社長 森 茂 マグロレンズはマグロの形をしていない。 いまさらそんなこと、という声が聞こえてきそうだが、一応説明しておく義務が私にはあると思う。これだけ世界中至る所でマグロレンズを見かけるようになった今でもやはり、その存在や概念に無関心な方はいるはずだ、というのが私の見解だ。 だからマグ

    • バス

      ポーン。 車内アナウンスの音がなった。 (おかしい。絶対におかしい。) 「本日は、〇〇高速バスをご利用いただき、誠にありがとうございます。」 (東京から京都までは、8時間かかる。) 「・・・でございます。途中道路状況などにより・・・」 (乗客は僕を含め全部で7人。) 「・・・やむを得ず急停車することもございますので、シートベルトの着用を・・・」 (東京から京都へ向かう高速バス。乗車時間は約8時間。乗客は全部で7人。) 「・・・それでは皆さま、どうぞよろしくお

      • async

        彼は—この話の主人公は—、彼自身が何かしらの窮地に立たされたとき—彼自身を支持・擁護・矯正するものを本能的に欲する状況に立たされたとき—、身の回りにあるとりとめのないものを、彼にとって都合のよいポジティブな要素に、つまり「味方」に変換するという技術において、なかなか優れていた。 つまり、こういうことがあった。 朝4時半に起きて一本タバコを吸い、水圧の弱いシャワーを浴びて、昨日買っておいた甘いパンを食べながら、駅へ向かう。つい先ほど綺麗にした体は、早歩きのせいですでに粘着物

        • #06 ほんとうに何かをわかっている人間なんて一人もいない

          ここでキツネの話。 実は、キツネは未来人ではない。いや、未来人なのだが、同時に現代人なのだ。少し時間を遡ろう。 彼女は2019年の11月ごろから、仕事で中国にいた。彼女は旅行雑誌の記事を書く、フリーのライターだった。そして、その時彼女は潔癖症ではなかった。 キツネは中国の武漢にある、「武漢東方建国大酒店」というホテルの712号室に宿泊していた。「酒店」という名称でも、ここではホテルなのだ。その部屋の窓からは、多くの人がうごめく海鮮市場を見下ろせた。彼女は海鮮市場での観光

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        • っぽくないやつになりたいです、僕なんかは
          3本
        • 君が変えたものと、変えなかったもの
          6本

        記事

          #05 乳酸菌入りの炭酸ジュースが飲みたい

          サガンによると、キツネは渋谷区役所にいたということだった。 サガンはつまらない事務手続きのため、区役所にいた。待合室で薄固い椅子に座り、整理番号の呼び出しを待っていると、見覚えのある象牙色のワンピースが目に入った。その中から生えている二本の足は、白いスニーカーを履いていた。 ここで一つ補足しておくと、キツネはそれ以外の服を持ち合わせていなかった。にも関わらず、キツネからはいつもザ・リッツカールトンのロビーラウンジのような香りがした。それに関しても深見は質問した。 「そ

          #05 乳酸菌入りの炭酸ジュースが飲みたい

          #04 盛り上がりに欠けるヨーロッパリーグ、そしてキントレア

            おおよそ700年もの間、人類が、地球が、どのような道を歩んだのか深見には想像できなかった。できるわけがない。彼はただのしがない有料トイレの経営者なのだ。 そこで、過去を振り返ってみよう。 2020年現在から700年前といえば、もちろんインターネットなどというものはその片鱗すら存在しない。電話もない。コンクリートもない。スニーカーもない、サッカーもない。つまり今の我々からすると、何もないと言っても差し支えない。 14世紀はペストという病気が主にユーラシア大陸で

          #04 盛り上がりに欠けるヨーロッパリーグ、そしてキントレア

          #03 純粋理性批判?

            深見とキツネは青山にある小さな蕎麦屋にいた。 蕎麦はうまくもまずくもなかった。 テレビがついていて、店主と思しき人物がニュースを見ていた。テーブルに手をつき、体をくねっとSっぽく曲げ、その絶妙な姿勢を保っていた。 真剣に見ているのか、それとも人生において見るべきものはもはや何も無いから、とりあえずそこに焦点をおいているのか、後ろ姿からはわからなかった。ジョジョ立ちだ、と深見は思った。 日本で初めて、国内感染した日本人が確認されたとのこと。 彼はツアー用長距離バスの運転

          #03 純粋理性批判?

          #02 全ては想定内の出来事だった

            キツネのことを話す前に、簡単にサガンのことを話しておこう。  「G.S.Toilet」というのが、そのトイレ会社の社名だった。 そして「G.S.Toilet」が展開する有料トイレの店舗名もまた、「G.S.Toilet」だった。「G.S.Toilet赤坂店」「G.S.Toilet五反田店」といった具合だ。 深見が代表取締役社長をつとめ、あとは社員が一人、サガンヨジロウという男。本名である。だが当時はまだ法人化されておらず、深見が個人事業として営業していたのだが。  

          #02 全ては想定内の出来事だった

          #01 有料トイレの経営者

          有料トイレの経営は、それほど特別な仕事ではない。 基本的に深見はそう考えていた。 だがやはりそこには、多少の哲学のようなものは必要になってくる。しかしそれにしたところで、何ら特別なことではない。 哲学を必要としない仕事なんて存在しないのだ。 有料トイレというのは、文字通りお金を払わないと利用できないトイレのことを指している。深見は学生の頃から、野菜やら住宅やら本やらに値段が付いているのと同じように、トイレにお金を払ってもいいはずだと考えていた。 そしてそんな考えを周

          #01 有料トイレの経営者