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【自由詩】Analgesiaの朝に

鈍色の朝
鏡に向かっても自分の顔すら思い出せない
今日も鈍色の仮面をかぶり
身支度を整えドアノブに手を掛ける
ほんとうの行き先は僕には分からない

車もずいぶんと汚れている
僕らはどこに向かうのだろう
僕らはどこにたどり着くのだろう
助手席にに腰掛けるくたびれたビジネスバッグに
無言のまま問い掛ける
Analgesia  鈍色の朝

遠くに見える駅のホーム
誰かが挫折したせいでみんなが足を止めているようだ
消えた時刻表を見上げて立ち往生
または液晶を見下ろす鈍色の仮面の群れ  群れ  群れ
よくあることだ  無関心  Analgesia
どこかの線路の上で飛び散った仮面は
彼はどこを目指したのだろう
彼はどこへ向かったのだろう

そんなことばかりが頭を過る
Analgesia  鈍色の朝

たとえば正しく傷付き  正しく痛みを感じて
正しく餓えて  正しく挫折できるほど
僕は真面目に生きられない
身を守っている
いつか訪れるかもしれない
共に歩く誰かのための未来ってやつのために
身を守っている

肉と酒と金に溺れるほど
間違った生き方もできない
やっぱり身を守っている  Analgesia
一生訪れないだろう
共に歩く誰かのための未来ってやつのために

僕は弱いから
傷付きたくない
間違えたくない
挫折したくない
だからたとえ夢や希望が無くても
開かれた安全な場所を選んで歩を進めるんだ

Analgesia  鈍色の朝だ

恐れや痛みから顔を背けているうち
鏡の中の自分はいつしか
誰のものでもない顔になっていた
僕も  あの人も  あの人も  ほら  あの人も
ほんとうの顔を  教科書の中に置いてきたみたいに
鈍色の仮面を深く深くかぶって
目的地のない旅をしているんだ

安全な大人を差して義務教育のロボットと
ある不登校アジテーターは名付けた

思えばあの頃は本気だったな  なんて
本気で  笑って  泣いて  怒ってたな  なんて
そんなに青い春じゃなかったよ  あの頃だって
僕も  あの人も  あの人も  きっとあの人も
間違えないように  失敗しないように
そうしていただけさ  昔も  今も  Analgesia

だから  そんな僕は
夜にはちょっとした旅に出掛けることもあるよ
できるだけ遠い世界の
フィクションのような現実
殺伐としたMP4ファイルでしか摂取できない
生の実感ってやつを  たまに貪る
手に持ったコーラとポップコーンの味わいが
こんな僕のほんとうの味なのかもなんて思いながら
遠くに見える  聞こえる  鮮血と悲鳴を処方する
自分という存在を結び付け  眠りに落ちて  目覚めるAnalgesia  鈍色の朝

ラッキーストライクの煙が染み付いたシートベルト
バックミラー  サイドミラー 
よしよし  どこにも間違いは見当たらない
見落としていない  間違えなんてない  傷付かない
そんなふうに嘯いてみる
鈍色の朝の

朝の

信号待ちの交差点で

小さな女の子が
裸足のまま
パジャマのまま
飛び出してきて

座り込んだ

交差点のど真ん中
行き交う無数の車
人の気配がまるでない世界の中央

それでももちろん世界は止まらなくて
蛇行を強いられつつも進み続ける往来

静止した思考の混乱の旅路の果てに答えを得る

ああ
轢いてもらうつもりなのか


鈍色の仮面に亀裂が走る
運転席を飛び出す
走る
矢のように走る

彼女は憎しみの涙で僕を睨み
ふらふらと逃れようとする

ああ  やっぱり

これは僕だ

すべての大人の姿だ

仮面が砕け散る
粉々に砕け散る

ぶつかるように抱き止めて
抱えあげる彼女の体はあまりにも軽くて  冷たくて
傷だらけで  痣だらけで  震えて
痛そうで  痛くて  痛くて  痛くて

みんなの仮面が砕けていく
トラックが緩やかに停まる
一台  また一台と  車が停まって
人々の鈍色の仮面が砕け落ちていく

こっちは俺が
私は通報を

世界がひとつになった鈍色の朝の下
腕の中で静かに泣き出した彼女に

僕は心の中で謝り続けた
痛い  痛いよ  痛くてたまらない

祈った  祈り続けた
あまりに遠くて一向に姿を表さない僕らの幸いよ
せめてこの子だけは
子供らの未来だけは

祈る  祈る

鈍色の朝

祈る

鮮血の線路

祈る

混乱のホーム

祈る

遠くの世界の戦争

祈る

誰も傷付かない  鈍色の朝

祈る

誰も間違えようとしない傷だらけの世界
間違いだらけの世界

祈る

腕の中の幼い勇者

すべての間違えた人々

すべての挫折した人々

僕たちの未来

幸い

祈る


鈍色の朝
鏡に向かっても
自分の顔すら
思い出せない
身支度を整え
ドアノブに手を掛けても
ほんとうの行き先は
誰にも分からない

祈る  ただただ  祈る

鈍色の朝に
Analgesia……

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