【創作】永遠より【自由詩】
【永遠より】
その手に未来を掴んだ者は幸運だ。
意識が目覚める。横たわったままの小さなベッドの上、不意に自分の両手の輪郭を眺める。
今夜も窓の外では極彩色の帳が揺らめき、星屑の煌めきがオルゴールの音色となって、狭い寝室の中へ降りてきて、森の中を輪になって踊る幼い子供達のように可愛らしく歌っている。
ここはそんな、いつもの私だけの景色だ。
今夜も無理矢理染み出してくるような涙。
頬を伝うその感触とともに、私は永遠について想いを馳せる。
世界は落ち着きのない子供のように、安寧と停滞を拒んで、見たことの無い景色へ旅立つために私の手を引いて催促する。
コンストラクタル法則の取扱説明書を片手に、向う見ずに、意匠無しに未来への道を浮ついた足取りで歩もうとする。
けして満たされない世界とは可哀想だ。
いつしか彼は私を見放して、危なっかしい光の中へ躍り出て行ったまま長らく帰ってこない。
今頃また、初めて目にする新たな価値観と、新たな宗教と、自由という名の新たなファシズムと、けして正しい道を歩むことのできない相変わらずの人々の姿に目を見張っている頃だろう。
私は彼の残り香がかすかに漂う寝室で身を起こし、窓の外を眺める。
私たちが観測を始めて一億年目の満月が、私にだけ語り掛けてくる。
夢想を紡ぎなさい。
物語を紡ぎなさい。
神話を紡ぎなさい。
例え置き去りにされたとしても、けして誰の手にも届かないとしても、それが自分自身を傷つける致命的な刃物であることを自覚したとしても、
夢想を紡ぎなさい。
物語を紡ぎなさい。
神話を紡ぎなさい。
やはり、貴方と私はとても似ているな。
人を愛するために孤独を選んだ同志だ。
貴方も私も、きっと永遠ではないから、やはり貴方も私もけして沈黙と静寂を保てない悲しい生き物だ。
有史以来、人々は苦しんできた。
彼らは自分自身の外側の摂理というものに人格を与え、自分自身の内側にさらにもう一人の人格を生み出した。
常に二つの人格に問い掛けた。
どうして私たちを苦しめるのですか?
どうしてこんな目にばかり遭わせるのですか?
どうして喜びや幸福を私たちの目から巧みに隠し、私たちがそれを見つけた時にはいつでもそれを私たちから取り上げる準備を始めるのですか?
どうして永遠の安息を私たちから隠すのですか?
どうして一億年ものあいだ、私たちから争いを取り上げないのですか?
上から、前からぶつけられる理不尽と不条理、それらを全て神様の試練だと、悪魔の誘惑だと言い換えて、ごまかしてきた。
それこそが物語の始まりだ。
有史以来すべての物語は、悲しみと苦しみから生まれてきた。
身勝手で乱暴な人類が、その不器用な手で発明した大切な唯一の子供達だ。
そうしないと私たちはこの世界で生きていけなかったんだ。
私たちは弱い。脆い。儚い。
それなのにほら、
今日も世界は落ち着きのない子供のように、安寧と停滞を拒んで、見たことの無い景色へ旅立つために私の手を引いて催促する。
コンストラクタル法則の取扱説明書を片手に、向う見ずに、意匠無しに未来への道を浮ついた足取りで歩もうとしている。
いつしか私たちが残した物語を忘れて、生まれる前に結んだ約束も忘れて、
見せかけの正義で、けして逆らわない悪に対して今日も一方的な搾取に明け暮れている。
子供らよ、家路を振り返ってくれ。
怖くない。あなたの帰るべき景色はいつだってここにある。
もう傷付かなくていい、誰も傷付けなくていい。
ここは安全だから。
ここ以外にきっと安息はないから。
ここは永遠ではないかもしれない。
だけど永遠を目指してはいるつもりだ。
永遠の安寧と停滞を約束したいと思っている。
コンストラクタル法則の魔の手から君達を匿う用意があるんだ。
子供らよ、疲れた時は帰ってきておくれ。
疫病、噴火、地震、津波、砂嵐、氷河期。
一億年、私たちは誰も負けなかった。
全部を解き明かして見せた。
全部にぶつかり、打ちのめされ、奪われても、けして我を忘れて倒れ臥すことなんかなかった。
私たちは弱い。私たちは脆い。私たちは儚い。
一億年ものあいだ、絶望に倒れ臥すこともできない単調で悲しい生き物だ。
子供らよ、物語の膝の上で精一杯甘えたなら、刮目して走り出してしまうのかい?
それでいい、私たちには君たちを止められない。
そうして、外で新たに傷付いたなら、その傷口から生まれた新しい物語の手を引いて、またここへ連れて来てくれ。
この景色には、永遠ではないが一億年の安息が漂っている。
迎え入れる用意がある。彼もきっとここを気に入ってくれるはずだ。
小さなベッドの上で、自分の両手の輪郭を眺める。
夢想を紡ぎなさい。
物語を紡ぎなさい。
神話を紡ぎなさい。
一億年肩を並べた満月が私に言う。
夢想を紡ぎなさい。
物語を紡ぎなさい。
神話を紡ぎなさい。
窓の外では極彩色の帳が揺らめき、星屑の煌めきがオルゴールの音色となって歌っている。
ここはいつもの私だけの景色だ。そして君たちだけの景色だ。
インクは祈りの涙。
頬を伝うその感触とともに、私は永遠について想いを馳せながらペンを取る。
安息を、停滞を、永遠を夢見ながら、ペンを取る。
ここは、ここだけはきっと永遠だ。
永遠にしてみせる。永遠にしなければならない。
覚束無い子供たちが、いつでも帰って来られるように。
永遠より