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【創作SS】狼少年230401

「今晩は帰らないから、留守番頼んだよ」
「ちょっと、そんなの聞いてないわ!  今夜は私のバースデイパーティを二人だけでするって、……」
「スコッティの奴が、橋から落ちて死んだって、さっき電話があった。僕は今すぐ奴の故郷へ行かなきゃならない」
「嘘、スコッティが……?」
「珍しく酒に酔っていたらしい。奴は最近、仕事の事で参ってた」
「私も行くわ!  スコッティにお別れがしたい。準備をするから待っててちょうだい」
「ああ、わかった。……霧が出てきたな。珍しい……」

**********

寒くて、霧が深くて、なんにもない谷。
ぼくのふるさと。
ぼくは霧の谷の村で、羊を飼っていた。
もう、自分の名前も思い出せないや。
貧しい村だったと思う。
遠くではずっと戦争が起きていた。
村には子どもはぼくしか居なくて、大人たちはみんな忙しそうだから、
ぼくには友達が羊さん達しかいなかった。
ううん、羊さん達とも、ちゃんと友達だったかどうかなんて分かんない。
だって羊さん達は、ぼくの方から呼ばないとこっちに来ないし、
たぶん、"そういう仕組み"ってだけで、きっとぼくのことを特別になんて思っていなかったんだ。
よく覚えていない。
退屈なお仕事。
けれど、ぼくは"やりたくない"なんて言わなかった。
羊飼いは、神様に与えられたお仕事だから。

いつのことだったかな?
言うことを聞かない一匹の羊を追っていると、狼の遠吠えが聞こえた気がした。
たいへん!
そう思って大人達に知らせると、大人たちは慌てて飛び出してきて、ぼくの無事を確かめるとぎゅっと抱き締めてくれた。
初めて村のみんなが、ぼくが、"生きてる"ような気がして、
ぼくにはそれが嬉しかった。
よく覚えてる。
結局狼はぼくの気のせいだったから、大人達に叱られちゃったけどね。
それでも、嬉しかったんだ。よく覚えてるよ。

だからぼくは、それからよく"狼が来た!"と大人達に言うようになった。
嘘、なんだけど、まるっきり嘘だと悪いから、
遠吠えが聞こえたような気がしたり、霧深い森の奥で、低くて黒い影がさっと走ったのが見えた気がした時に、
それをきっかけに嘘をついた。
嘘じゃない。と思いながら、嘘をついてた。覚えてる。

けれど、何度も嘘をついていると、大人達も相手をしてくれなくなっちゃった。

退屈な時間に、逆戻り。
今はもう、なんにもない。
遠くではずっと戦争が起きている。

**********

「準備できたわ。テッド、私はその間にスコッティとの事を思い出して涙を流していたわ」
「僕だって信じられないよ。よりによって、君の誕生日に……  僕たちがこうして暮らしているのも、奴のお陰だった。行こう。ずいぶんと霧が深い。注意しないとな」

**********

羊飼いのアベルは、お兄さんのカインに殺されちゃった。
初めて人が人を殺したお話。
神様、ぼくも、みんなも、殺されちゃったのかな?

**********

「何か言ったかい、ジェシー?」
「子どもの声がした、気がしたわ」
「カーラジオの混線だろうか?  そうだ、気を紛らすためにラジオを聞こう。こう霧が深いと、ますます気が滅入る」

**********

狼の群れに囲まれちゃった。こわい。
狼なんて、初めて見た。気がする。わからない。
ぼくはみんなに向かって助けを呼ぼうとした。のかな?
けれどどうせ村の皆はもう信じてくれないから、
大切な羊たちが残らず食べられるまで、泣いていることしか出来なかった。思い出した。
ごめんなさい。
ぼくのせいだ。
ごめんなさい。
そうだ、ぼくはずっと謝っていた。
ぼくはずっと、泣いていた。

"嘘つきのオオカミ少年は、オオカミに食べられてしまいましたとさ!"

え?  待って、ぼくは食べられてないよ?

"嘘をついてばかりいると、誰からも信じて貰えなくなるよ"

ごめんなさい。

"だから、嘘はつかないで、正直な人になりましょうね"

ぼくにとっては、正直なだけじゃだめだったんだと思う。
でも、ごめんなさい。

"さもないと、みんなのところにオオカミが来て、食べられちゃうよ!"

ぼくは食べられてなんかないよ?

**********

「スコッティ、君を喪って胸が張り裂ける想いだ。」
「不思議。今にも起き上がって、笑いかけてくれそうなのに。スコッティ……」
「僕ら夫婦は、君との永遠の別れという、哀しみの十字架を背負い、……うう……」
「お願いよ、スコッティ。今日は私の誕生日なの。知っているでしょう?  起き上がってよ。私に、"お誕生日おめでとう"って、笑いかけてよ……」

「くくく……  ふっふっふ……」
「……な、なに笑ってるの、テッド?」
「ここでネタばらしだあ!」
「きゃあああ!?」
「はっはっはっ、大成功だ!  ジェシーったら、ぐずぐずに泣いちゃって!」
「……もうっ!  信じられない!」
「あははは、ごめんよジェシー!  涙を拭いておくれ。僕とテッドで君に悪戯をしようってなって、サプライズだよ。」
「そういうわけで、」
「「お誕生日おめでとう!!」」
「ああ、神様……  愛してるわ、テッド、スコッティ!」

**********


狼の群れが、ぼくに襲いかかってきた。
ぼくは怖くて泣いた。
だって、みんなが狼になっちゃったから。
ぼくのせいで羊がみんな食べられたから。
もう村のみんなも、生きていけなくなったから。
みんなが泣いて、怒って、狂って、
狼になっちゃった。

頭を殴られて、骨が砕けた音がした。
だけどね、ぼくは生きてるよ。
鍬や鋤で、ぼくの体はめちゃくちゃに叩かれた。
だけどね、ぼくは生きてるよ。
バラバラにされたぼくは、谷底に落とされた。
だけどね、ぼくは生きてるよ。
ぼくのからだは朽ち果てて、たくさんの地虫が這い回った。
だけどね、ぼくは生きてるよ。
ぼくは生きてるよ。
ぼくはもう、嘘はつかないよ。

**********

ボクハウソツカナイヨ


**********

「Happy birthday to you,happy birthday to you♪」
「Happy birthday dear Jessie,Happy birthday to you……♪」
「「おめでとう、ジェシー!」」
「ありがとう、テッド、スコッティ」
「さあさあ、明かりを点けよう」

「ジェシー、君の好きなネモフィラの花のブローチだ」
「テッド?」
「僕からもこれをプレゼントだ。二人分のチケット!」
「ねえ、スコッティ?」
「どうしたんだい、ジェシー?」

「その男の子は、誰?」

「……坊や、迷子かい?……」
「ち、近づいちゃだめだ。この子は……」
「なんてこった、これは、霧?」
「テッド、ジェシーの傍へ!  見えなくなるぞ!  坊や、君もこっちに来るんだ!」
「スコッティ、彼は変よ!  それに、その子の周りに……  何か、大勢の黒いものが……」

**********

"エイプリルフールだから、嘘をついてやろうっと"
"どんな嘘をついて、みんなを驚かせようか"

ぼくはここにいる。
ぼくを見て。

"うーん、やられた!  すっかり騙されたよ!"

ぼくは生きてる。
ぼくを抱き締めて。

"去年も騙されたというのに!"

ぼくに祝福の光を与えて。
ぼくを笑わないで。
ぼくをばかにしないで。
ぼくが狼に食べられたなんて、嘘をつかないで。
ぼくは死んでないよ。
嘘をつかないで。
嘘をつかないで。
嘘をつかないで。……

**********

『お名前をどうぞ』
「ジェシー!  ジェシー・パトリックよ!  私は今絶望の底にいるわ!  ほんの30分ほど前まではいつもの日常があったのに!」
『ジェシー、落ち着いて。事件ですか?』
「私は今サンフランシスコのダウンタウンの……  スコッティ・リンダーマンの邸宅にいるわ!  ……いいえ、居たはずなの。今は霧に包まれて何も見えない。それに、草が生い茂って……  どうやら木が沢山生えていて、……」
『どうか落ち着いて。その地域は夏は霧深くなります。あなたは外にいるのですか?』
「いいえ、私は部屋から出てなんかいない!  今日は私の誕生日で、夫と友人とお祝いをして、男の子が現れたの。この世のものとは思えない、不思議な子が現れて、霧が立ち込めてきて、……」
『その子に見覚えがない?』
「はじめはスコッティの親戚かと……  でも、着ている服が、まるで……  それに、顔が霧でよく見えなかったの。いいえ、人間ではなかったように思う。それに、彼の周りにたくさんの化け物が……  きゃあ!  神様!  ……」
『ジェシー、今のは銃声ですか!?』
「テッドが拳銃を!  悪戯かと思った。でも、今は違うの!  スコッティは撃たれてしまったわ。今ははぐれてしまった。違うの。テッドは男の子と、その周りの怪物を撃とうとして、……」
『あなたの位置が分かりました。今警官達が向かっています。身を潜めて、出来るだけ気配を絶ってください』
「ああ……  そんな……」
『ジェシー、どうしました?』
「あなたは、なんなの……  あの怪物達は、あなたが連れて来たの?  そんな、あなたの顔……」
『ジェシー、子供が居るのですか?  周囲の安全を確認して、保護できそうなら保護してください。危険です』
「……」
『ジェシー、聞こえますか?  返事をしてください。ジェシー!  ジェシー!……』

**********

ああ、また霧だ。なんにも見えないや。
村の大人達も、羊さん達も、狼達もいない。
遠くの戦争の音も聞こえない。
静かだ。
ぼくはずっと、ひとりぼっちだ。
誰かに会いたいな。
友達になってほしいな。
もう嘘なんかつかなくたって、誰かに抱き締めてほしいな。
嘘なんかつきたくないよ。
ぼくはここにいるよ。
生きて、ここにいるよ。
狼に食べられてなんかないよ。
嘘じゃないよ。
本当だよ。 

……………………

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