【創作SS】狼少年230401
「今晩は帰らないから、留守番頼んだよ」
「ちょっと、そんなの聞いてないわ! 今夜は私のバースデイパーティを二人だけでするって、……」
「スコッティの奴が、橋から落ちて死んだって、さっき電話があった。僕は今すぐ奴の故郷へ行かなきゃならない」
「嘘、スコッティが……?」
「珍しく酒に酔っていたらしい。奴は最近、仕事の事で参ってた」
「私も行くわ! スコッティにお別れがしたい。準備をするから待っててちょうだい」
「ああ、わかった。……霧が出てきたな。珍しい……」
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寒くて、霧が深くて、なんにもない谷。
ぼくのふるさと。
ぼくは霧の谷の村で、羊を飼っていた。
もう、自分の名前も思い出せないや。
貧しい村だったと思う。
遠くではずっと戦争が起きていた。
村には子どもはぼくしか居なくて、大人たちはみんな忙しそうだから、
ぼくには友達が羊さん達しかいなかった。
ううん、羊さん達とも、ちゃんと友達だったかどうかなんて分かんない。
だって羊さん達は、ぼくの方から呼ばないとこっちに来ないし、
たぶん、"そういう仕組み"ってだけで、きっとぼくのことを特別になんて思っていなかったんだ。
よく覚えていない。
退屈なお仕事。
けれど、ぼくは"やりたくない"なんて言わなかった。
羊飼いは、神様に与えられたお仕事だから。
いつのことだったかな?
言うことを聞かない一匹の羊を追っていると、狼の遠吠えが聞こえた気がした。
たいへん!
そう思って大人達に知らせると、大人たちは慌てて飛び出してきて、ぼくの無事を確かめるとぎゅっと抱き締めてくれた。
初めて村のみんなが、ぼくが、"生きてる"ような気がして、
ぼくにはそれが嬉しかった。
よく覚えてる。
結局狼はぼくの気のせいだったから、大人達に叱られちゃったけどね。
それでも、嬉しかったんだ。よく覚えてるよ。
だからぼくは、それからよく"狼が来た!"と大人達に言うようになった。
嘘、なんだけど、まるっきり嘘だと悪いから、
遠吠えが聞こえたような気がしたり、霧深い森の奥で、低くて黒い影がさっと走ったのが見えた気がした時に、
それをきっかけに嘘をついた。
嘘じゃない。と思いながら、嘘をついてた。覚えてる。
けれど、何度も嘘をついていると、大人達も相手をしてくれなくなっちゃった。
退屈な時間に、逆戻り。
今はもう、なんにもない。
遠くではずっと戦争が起きている。
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「準備できたわ。テッド、私はその間にスコッティとの事を思い出して涙を流していたわ」
「僕だって信じられないよ。よりによって、君の誕生日に…… 僕たちがこうして暮らしているのも、奴のお陰だった。行こう。ずいぶんと霧が深い。注意しないとな」
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羊飼いのアベルは、お兄さんのカインに殺されちゃった。
初めて人が人を殺したお話。
神様、ぼくも、みんなも、殺されちゃったのかな?
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「何か言ったかい、ジェシー?」
「子どもの声がした、気がしたわ」
「カーラジオの混線だろうか? そうだ、気を紛らすためにラジオを聞こう。こう霧が深いと、ますます気が滅入る」
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狼の群れに囲まれちゃった。こわい。
狼なんて、初めて見た。気がする。わからない。
ぼくはみんなに向かって助けを呼ぼうとした。のかな?
けれどどうせ村の皆はもう信じてくれないから、
大切な羊たちが残らず食べられるまで、泣いていることしか出来なかった。思い出した。
ごめんなさい。
ぼくのせいだ。
ごめんなさい。
そうだ、ぼくはずっと謝っていた。
ぼくはずっと、泣いていた。
"嘘つきのオオカミ少年は、オオカミに食べられてしまいましたとさ!"
え? 待って、ぼくは食べられてないよ?
"嘘をついてばかりいると、誰からも信じて貰えなくなるよ"
ごめんなさい。
"だから、嘘はつかないで、正直な人になりましょうね"
ぼくにとっては、正直なだけじゃだめだったんだと思う。
でも、ごめんなさい。
"さもないと、みんなのところにオオカミが来て、食べられちゃうよ!"
ぼくは食べられてなんかないよ?
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「スコッティ、君を喪って胸が張り裂ける想いだ。」
「不思議。今にも起き上がって、笑いかけてくれそうなのに。スコッティ……」
「僕ら夫婦は、君との永遠の別れという、哀しみの十字架を背負い、……うう……」
「お願いよ、スコッティ。今日は私の誕生日なの。知っているでしょう? 起き上がってよ。私に、"お誕生日おめでとう"って、笑いかけてよ……」
「くくく…… ふっふっふ……」
「……な、なに笑ってるの、テッド?」
「ここでネタばらしだあ!」
「きゃあああ!?」
「はっはっはっ、大成功だ! ジェシーったら、ぐずぐずに泣いちゃって!」
「……もうっ! 信じられない!」
「あははは、ごめんよジェシー! 涙を拭いておくれ。僕とテッドで君に悪戯をしようってなって、サプライズだよ。」
「そういうわけで、」
「「お誕生日おめでとう!!」」
「ああ、神様…… 愛してるわ、テッド、スコッティ!」
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狼の群れが、ぼくに襲いかかってきた。
ぼくは怖くて泣いた。
だって、みんなが狼になっちゃったから。
ぼくのせいで羊がみんな食べられたから。
もう村のみんなも、生きていけなくなったから。
みんなが泣いて、怒って、狂って、
狼になっちゃった。
頭を殴られて、骨が砕けた音がした。
だけどね、ぼくは生きてるよ。
鍬や鋤で、ぼくの体はめちゃくちゃに叩かれた。
だけどね、ぼくは生きてるよ。
バラバラにされたぼくは、谷底に落とされた。
だけどね、ぼくは生きてるよ。
ぼくのからだは朽ち果てて、たくさんの地虫が這い回った。
だけどね、ぼくは生きてるよ。
ぼくは生きてるよ。
ぼくはもう、嘘はつかないよ。
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**********
「Happy birthday to you,happy birthday to you♪」
「Happy birthday dear Jessie,Happy birthday to you……♪」
「「おめでとう、ジェシー!」」
「ありがとう、テッド、スコッティ」
「さあさあ、明かりを点けよう」
「ジェシー、君の好きなネモフィラの花のブローチだ」
「テッド?」
「僕からもこれをプレゼントだ。二人分のチケット!」
「ねえ、スコッティ?」
「どうしたんだい、ジェシー?」
「その男の子は、誰?」
「……坊や、迷子かい?……」
「ち、近づいちゃだめだ。この子は……」
「なんてこった、これは、霧?」
「テッド、ジェシーの傍へ! 見えなくなるぞ! 坊や、君もこっちに来るんだ!」
「スコッティ、彼は変よ! それに、その子の周りに…… 何か、大勢の黒いものが……」
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"エイプリルフールだから、嘘をついてやろうっと"
"どんな嘘をついて、みんなを驚かせようか"
ぼくはここにいる。
ぼくを見て。
"うーん、やられた! すっかり騙されたよ!"
ぼくは生きてる。
ぼくを抱き締めて。
"去年も騙されたというのに!"
ぼくに祝福の光を与えて。
ぼくを笑わないで。
ぼくをばかにしないで。
ぼくが狼に食べられたなんて、嘘をつかないで。
ぼくは死んでないよ。
嘘をつかないで。
嘘をつかないで。
嘘をつかないで。……
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『お名前をどうぞ』
「ジェシー! ジェシー・パトリックよ! 私は今絶望の底にいるわ! ほんの30分ほど前まではいつもの日常があったのに!」
『ジェシー、落ち着いて。事件ですか?』
「私は今サンフランシスコのダウンタウンの…… スコッティ・リンダーマンの邸宅にいるわ! ……いいえ、居たはずなの。今は霧に包まれて何も見えない。それに、草が生い茂って…… どうやら木が沢山生えていて、……」
『どうか落ち着いて。その地域は夏は霧深くなります。あなたは外にいるのですか?』
「いいえ、私は部屋から出てなんかいない! 今日は私の誕生日で、夫と友人とお祝いをして、男の子が現れたの。この世のものとは思えない、不思議な子が現れて、霧が立ち込めてきて、……」
『その子に見覚えがない?』
「はじめはスコッティの親戚かと…… でも、着ている服が、まるで…… それに、顔が霧でよく見えなかったの。いいえ、人間ではなかったように思う。それに、彼の周りにたくさんの化け物が…… きゃあ! 神様! ……」
『ジェシー、今のは銃声ですか!?』
「テッドが拳銃を! 悪戯かと思った。でも、今は違うの! スコッティは撃たれてしまったわ。今ははぐれてしまった。違うの。テッドは男の子と、その周りの怪物を撃とうとして、……」
『あなたの位置が分かりました。今警官達が向かっています。身を潜めて、出来るだけ気配を絶ってください』
「ああ…… そんな……」
『ジェシー、どうしました?』
「あなたは、なんなの…… あの怪物達は、あなたが連れて来たの? そんな、あなたの顔……」
『ジェシー、子供が居るのですか? 周囲の安全を確認して、保護できそうなら保護してください。危険です』
「……」
『ジェシー、聞こえますか? 返事をしてください。ジェシー! ジェシー!……』
**********
ああ、また霧だ。なんにも見えないや。
村の大人達も、羊さん達も、狼達もいない。
遠くの戦争の音も聞こえない。
静かだ。
ぼくはずっと、ひとりぼっちだ。
誰かに会いたいな。
友達になってほしいな。
もう嘘なんかつかなくたって、誰かに抱き締めてほしいな。
嘘なんかつきたくないよ。
ぼくはここにいるよ。
生きて、ここにいるよ。
狼に食べられてなんかないよ。
嘘じゃないよ。
本当だよ。
……………………