G-堕落

毎日エッセイを書いています 拙いですが、読んでいただけると嬉しいです。 勉強のためにみなさんの記事を読ませていただいています。

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ネガティブな人こそやってほしい、モーニングページ【エッセイ】

モーニングページとは モーニングページを始めてから2ヶ月が経ちました。 毎朝3ページ分ちゃんと毎日書いています。 この習慣を通して気づいたことを記載します。 参考になれば幸いです。 以下、本編 モーニングページについては、当初まったく知識がなかった。 しかし、「ずっとやりたかったことを、やりなさい。」というタイトルに惹かれ、この本を購入したが、その中にモーニングページが紹介されていた。 そのため正直な感想を言えば懐疑的なものであった。 そもそも、これを書くことに何の意

    • 無能には無能の戦い方がある【エッセイ】

      自分はあまり出来のいい人間じゃない。 言ってしまえば無能に近い。 運も悪いし、コミュニケーション能力も低い。 協調性、社交性、社会性、柔軟性、なんなら常識もない。 本当に碌でもないクソ人間だ。 それでもなんとか人並みに生きることができている。 それはなぜか。無能の戦い方を知っているからだ。 まずは自分がいかに無能かを知ってもらいたい。 たくさんあるが特徴的なのを3つ紹介する。 まずは単純に頭の出来が悪い。 特に記憶力が日常生活に支障が出るほど悪い。昨日あったことをすぐに

      • お布団の誘惑と葛藤【エッセイ】

        秋はどこに行ったのだろうか。 そんなことを思わずにはいられない。 現在、午前5時。 この時間は本当に寒い。 布団からはみ出る肌が外の世界の厳しさを訴えてくる。 世界はあまりにも残酷だ。 しかし、このままではダメだ。 5時に起きるには理由がある。やるべきことがある。予定がある。後ろにズラすことはできない。 だからこの残酷な世界に飛び出さなければいけない。 頭では理解している。 だが心が拒絶している。 一歩たりとも1mmたりともこのオアシスから出たくない。 なぜ辛いとわかっ

        • オンライン研修ってめっちゃ疲れる【エッセイ】

          先月、10月は毎日noteを投稿していた。 だが11月に入ってから継続できていない。 この主な原因は本業の研修の影響である。 研修といってもただの研修ではない、オンライン研修だ。 これがかなりしんどい。 言い訳をさせてもらうと、このオンライン研修の影響でエッセイが書けていない。 ネットやスマホが普及し、コロナ禍を通して増えたオンラインでの作業。 今までは対面でしか許されなかったことが、自宅のPCさえあればできてしまう時代になったのだ。 この進歩は新しい時代の到来を感じさせ

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        ネガティブな人こそやってほしい、モーニングページ【エッセイ】

          習慣ってすごい【エッセイ】

          モーニングページとエッセイを書くことを習慣にし始めてもう2ヶ月になる。 最初こそは上手くできずに悩み、辞めようかと毎日のように考えていた。 たったの2ヶ月までだが、懐かしさすら覚える。 今ではどちらもサクッとできてしまう。 考えるより行動が先に来る感覚。 なんの抵抗もなく、そして当たり前のように、頑張ることもなく。生活の一部のように行うことができる。生活リズムも変わってくる。 モーニングページとエッセイが自分の一部になっていくのをひしひしと感じていた。 しかし、ここ数日はこ

          習慣ってすごい【エッセイ】

          僕は玉木雄一郎を信じてみたい【エッセイ】

          若者は政治に興味関心がない。 頻繁に話題になる話で、耳にタコができそうだ。 しかし、自分は思う。本当に話題にするべきことだろうか? むしろ興味関心がなくて当たり前じゃないか。 どうせ誰が当選しても変わらない。 どの党が議席を増やしても変わらない。 変わることと言えば、どっかの誰かにたくさんの権力と税金が流れていくだけ。 その程度の違いしかない。 別に景気は良くならないし、税金は増え続けるし、少子高齢化は止まらない。 もうバッドエンドが確定したゲームに興味を持つ理由がない。

          僕は玉木雄一郎を信じてみたい【エッセイ】

          ぶっちゃけ、挑戦することは怖いし辛い【エッセイ】

          僕は臆病な人間だと思う。 そのせいか分からないが挑戦することに対していつもビビってしまう。 本当にこの挑戦が必要なのかを何度も何度も頭の中で問い続け何とか逃げ道を探していたりもする。仮に見つけてしまうとその道へ一直線で逃走してしまう。 自分でも情けない話だと思う。 しかし大抵の場合は逃げ道なんて見つからない。 だから毎日のように挑戦することへの意義を問い続ける。当たり前だがそんなことを繰り返すとどんどん憂鬱になる。良くない循環が回り始める。 だが意外とこの循環は続かない。

          ぶっちゃけ、挑戦することは怖いし辛い【エッセイ】

          閉塞感と共に人生を歩く【エッセイ】

          自分の書いた文章を読み返していると、ある種の息苦しさに気づくことがある。 これは閉塞感と言われるものだろう。 しかし閉塞感について何となくしか知らない。 だから閉塞感について考えてみたい。 おそらく字の通りだが、改めて閉塞感という意味を調べてみる。 なるほど、やはり字の通りだ。 現段階から希望が見えない。逆に限界が見ている。といったところだろうか。 なんともまあ陰気臭い。 だが、確かに思い返してみると自分の人生は閉塞感に満ちていたような気がする。 自分は昔から大体のこ

          閉塞感と共に人生を歩く【エッセイ】

          生活リズムが乱れちゃった・・・【エッセイ】

          生活リズム。 自分は怠惰な性格なため気を許すとすぐにメチャクチャになってしまう。 仕事の都合上、5時に起き22時に就寝するというリズムが一番合っている。 仕事への集中力も高まるし、自分の時間も確保できる。 何よりこのリズムだと睡眠の質がとても良くなる。 布団に入った瞬間に寝てしまい、気がつくと5時の目覚ましが聞こえてくる。 まさに完璧な生活を送ることができる。 しかし、ここ1週間この生活リズムが崩れてしまっている。 原因はたった1日の休養日。 それまで忙しくしていたからか

          生活リズムが乱れちゃった・・・【エッセイ】

          ブルーロック281話を読んで考える。天才と秀才の違いと考察

          ブルーロック281話、とても面白かった。 「なるほどなぁ」と思う部分もあったし、これは少し説明が足りないじゃないか?という部分もあった。 それについて掘り下げて考察をしてみたい。 天才と秀才は結果ではなく過程である。どうしても目に映る結果から考えてしまうので、秀でた能力を持つ人間を天才だという認識になってしまう。 しかし、これは異なる。 天才と秀才の違いは結果に至るまでの過程でしかありません。 天才とはいわば「0 -> 100」までの過程が存在せず本人からすると当たり前で

          ブルーロック281話を読んで考える。天才と秀才の違いと考察

          自己と向き合う、その先にある気づき【エッセイ】

          自分の行いを省みる。 これはとても素晴らしいことだと思う。自分では何気なくやっていた行動や思考が他者とは異なることに気づける。 その気づきにより、自分の成長に繋げる機会を得ることができる。 しかし、口で言うほど簡単ではないとも思う。 やはり過去の自分に向き合う行為はできれば避けたいのが人間の心理だろう。 向き合ってしまえば自分の良くない部分がどうしても目に入ってしまうのだから。 自分のエッセイを読み返していてそのように感じた。 「あーここ分かりにくいな」 「この辺は同じこ

          自己と向き合う、その先にある気づき【エッセイ】

          人生のツケはどこかで払わされる【エッセイ】

          皆さんは自分の育て方を知っているのだろうか? 自分はわからない。 どうやれば効率よく成長できるのか。逆にどうすれば伸び悩むのか? さっぱりわからない。 非効率だが1つ1つ考えていくしかない。 エッセイを上手く書けるようになりたい。 ここ1ヶ月、毎日エッセイを書いている。でも書いているだけだ。 どのように書いたら読者を楽しませることができるかまでは考えられていなかった。 そんな現状から一歩踏み出したい。成長したい。変わりたい。 と決心したものの一歩目から躓いた。 さて、自分

          人生のツケはどこかで払わされる【エッセイ】

          次の目標を立てる【エッセイ】

          エッセイを書き始めるといった目標は無事達成され、今では30日連続で投稿している。 しかし、停滞も感じていた。 そのためここ数日は新しい目標を模索する毎日だった。 その中で気がついたことがある。 自分のエッセイを書く能力は上達しているのだろうか?と。 こんなもんでいいだろ、と思って投稿したことは今まで一度もない。その時に持っている力を全て使って書いている。 何度も書き直し、悩み、考え、より良いものになるように推敲を重ねている。 しかし、本当にこのままで成長し続けることができる

          次の目標を立てる【エッセイ】

          会話はノリ。会話は情報伝達。どちらもありうる…そんだけだ。だから対立しないでほしい。【エッセイ】

          Twitterにこんなのが流れてきた。 これは確かに事実だと思う。でも今まで気にしたことがなかった。 こういうのに出会えるからSNSというのは面白い。 しかし同じタイプ同士だけで付き合うというのはあまりにも寂しいと感じてしまった。 この2つの価値観の大きな違いは会話をどう捉えているのかだ。 ノリ派にとって会話自体、貴方と話すこと自体が目的だ。 だから会話の内容を忘れていても別に貴方を大切にしていないわけではない。むしろ逆なのだ。貴方しか見ていないのだ。 会話した内容より

          会話はノリ。会話は情報伝達。どちらもありうる…そんだけだ。だから対立しないでほしい。【エッセイ】

          回顧と退屈と未来【エッセイ】

          自分はこの十数年間、自堕落な人生を歩んできた。 性格的にもそれで問題ないと思ってきた。 実際のところ順風満帆とまでは行かないが過不足のない人生を歩んできたと思う。 しかし、ここ数年で気づいてしまった。退屈であると。 この人生のままだと数年後、数十年後の自分の姿が当たり前のように想像できる。 これで良いのかもしれない。これが正解なのかもしれない。 でも自分は受け入れられなかった。 だから変わることにした。これが数ヶ月前の決心である。 まずは生活習慣を見直した。 今までは起床と

          回顧と退屈と未来【エッセイ】

          映画「まる」を見たけど、それでも僕は信じたい【エッセイ】

          あらすじ この映画はあらすじでも分かる通りかなり嘲笑的に描かれている。 アートを過剰に持ち上げ、心酔し、自分たちの都合のいいように利用する。 作者である沢田を置いてけぼりにして。 確かにアートにはこうした側面もあるだろう 言葉ではないため、さまざまな解釈が生まれる。それ自体は当然のことだ。 むしろそれこそアートの醍醐味である。 しかしだ。 そんなのあんまりではないだろうか? アートはどうやっても作者の想いや考えが投影される。 その時々の自分の在り方が詰まっている。 それ

          映画「まる」を見たけど、それでも僕は信じたい【エッセイ】