「本屋に聞こえてきた食器の音」で考えてみた。
「モール」と調べると「木陰の散歩道」とでてくる。商店街はその意味では散歩道になっている。さらにはアーケード街などは木陰の要素も持っている。
最近のモールの巨大さと内部の温熱環境の不自然さを考えると、その巨大さは散歩道の範疇になく、温熱環境の不自然さ*は木陰のレベルにない。
モール対商店街みたいな対立論争があるようだが、商店街はすでにモールであったといえるし、モールは既にモールではないと言える。
モールと商店街の違いについて、ワタナベクンの「本屋に聞こえてきた食器の音」*で考えてみた。
商店街のお店の裏側には、食器の音がある。ようするに、そのお店の人の生活がある。街と生活がお店を介して繋がっているのが商店街のポイントではないだろうか。
対して、モールの店員さんはみなどこか違う場所から通いできているのだから、当然お店の裏側には食器の音はない。
サラリーマンが誕生して久しいが、ますます生活の場と仕事場が切り離されていく。そのことがモール対商店街の問題なのだ。
フリーの職業の人でさえ、仕事場と生活の場所を変えるひとがいる。家に仕事を持ち込まないのがルールだとか、気持ちを入れ替えるためには少し事務所が離れていたほうがいいんだとか・・・。
僕はそんなの全然なくて、食卓の上に仕事を広げてしまう。食器の音の横で仕事をするのが大好きなのだ。Y
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