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雨の日の羨望_木村彩子_9
昨日あれだけ話す時間があったのに、しぐれの現在の生活について、わたしは何も知らない。
しかし、どこから何を聞いていけばいいのか、しぐれが何を考えているのか、まるでわからなかった。とにかく彼女がここに居るということは、わたし自身の生活にかかわるので、いつまで居るつもりなのか、最低限のことは食事でもしながら聞いておこうと思った。
「夕飯食べた?食べてないなら一緒に食べようよ。ピザでも取る?」
「肉じゃが作ったの」
しぐれは、よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりに無邪気に顔をほころばせて言った。そう言われてみれば、砂糖としょうゆの混ざった甘じょっぱい香りがほんのりするような気がする。
「え、作ってくれたの?」
「うん。ごめん、キッチン勝手に使っちゃった。冷めちゃったかな。温めなおすね」
わたしの驚いた反応はお気に召したようで、嬉しそうにウキウキしながらしぐれはそう言ってキッチンの方へまわった。
「あ、ありがとう」
わたしはそう言ってぽかんとしたまましぐれを目で追っていたが、はっとしてリビングへ行き上着を脱いでソファの上にぽんと置いた。そしてそのままソファに身を沈ませた。
はて。彼女はうちに何をしにきているんだろうか。
しぐれがごはんも炊いてくれていたので、気を取り直したわたしが味噌汁を作って夕食の準備ができた。カウンターキッチンとソファの間の小さなダイニングテーブルに、ごはんと肉じゃがと味噌汁を並べて席に着いた。この日はノンアルコールだ。いただきまーす、と二人で手を合わせて食事を始める。
「なんにも聞いてなかったけど、うちにはいつごろまで居るの?」
わたしは味噌汁を一口飲んだ後、しぐれに気を遣ってもしょうがないと思ってストレートにそう聞いた。
「うーん、探しものが見つかるまで」
少し首をかしげてから、味噌汁をすすりながらしぐれが答える。
「探しものってなに?」
しびれを切らしてわたしは聞いた。
「今は内緒」
そう言って彼女はまた笑った。
こういう子だったな、とわたしはぼんやりと思った。マイペースで、常識もない。だけど、だからこそ彼女が強い人に見えたのだ。誰にも流されない。周りの評価にいちいち振り回されて、いつも他人の目を気にして生きていたわたしは、彼女がすごくうらやましかったのだ。
すると今度は急にしぐれがわたしに聞いた。
「お兄さんは元気?」
不意を突く質問だった。
「…お兄さん?わたしの兄のこと?」
「そう」
しぐれは先ほどと同じく柔らかい顔で微笑んでいたが、どこか問い詰められているような感じがして、わたしは思わずぎくりとした。別になにも不都合なことがあったわけでもなかったが。――いや、なくはないか。
「どうかな…最近連絡とってないからな。ていうか、兄さんと面識あったんだ」
動揺を隠してわたしは答えた。
兄としぐれに接点があったなんて知らなかったし、そもそも兄の存在をしぐれが認識しているとは思っていなかった。ただ、この会話からして、兄の現在を知っているわけではなさそうだ。