銀傘
きらきら、きらきら。針が落ちてくるみたい。にわかに降りだした雨は、15分も前に下校の放送を終えた今もやむ気配がなかった。駆け込んだ屋根から覗く空が赤黒い。温かいような、冷たいような風が吹き抜けていく。自転車小屋が暗過ぎる錯覚に思わずふうと青い息を吐いた。
「高瀬?」
豊田くん。6組の、背の高い、声のおっきい野球部の男の子。私の名前知ってたんだなあと驚く。他人も同然の私たちは、ざざ降りの雨に閉ざされ途方に暮れて笑った。
「雨、すげぇな」
「うん」
「ああ、傘ないんか」
制服が濡れるからなのか、単に着替えるのが面倒くさかったからなのか──豊田くんは練習着のままだった。短い髪から雨垂れを落としながら笑う歯が、仄暗い軒にあまりに白い。
「ほら、これやる」
「えっ、でも……」
──何で傘もってるの?なんで傘もってて濡れてるの?
浮かんでは消える疑問を掬い取り、豊田くんが笑う。
「ああこれ? 部室にあったやつ」
「ええー」
「持ち主には俺から言うとくわ」
「でも……」
「大丈夫大丈夫。兄ちゃん滅多に風邪やらひかんけえ絶対平気」
絶対なんかないよ。あるわけないよ、絶対。
「ほら、遅くなる」
豊田くんはニコッと笑って、今まで此処に在って、誰にも盗られなかったことが不思議なほどありふれた透明なビニール傘をぐいと差し出した。
「あの、でも」
「じゃあまたなー」
言うが早いか、豊田くんは車輪であちこちの水溜まりを羽根のように散らせながら遠ざかっていった。
──ありがとうも言えなかった
雨音にかき消されそうな声で、私は『またね』と呟いた。
アルミニウムの骨組みに雨粒の花が咲いている。ダイヤモンドみたいだと思った。本物の輝きは、まだ知らない。
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