すぅぱぁ・ほろう(5)
昨晩父親が言った「首無しの鬼」とは、しおり・クヒナの事を言っているのだろうか。
たしかに異形ではあるけれど、今までだって何度もそういう類のモノを見てきた。
変な深夜残業に付き合わされたりするが、それ以外はいたって普通で鬼とはどうしても思えない。
「首の無い妖怪?」
うーん、と言いながら神川とおるは、学食で買ってきたサンドイッチを食べるのをやめ首を傾けた。
2人は校庭に置いてある木製のベンチに腰掛けながら昼食をとっていた。
「首切れ馬という伝承は日本各地にあるな」
「いや、馬じゃ無くて人間で」
「人間ねぇ。その首切れ馬に乗っている首無しの落ち武者ってのはあったかな」
落ち武者か。
しおり・クヒナと比較してイメージしてみたがどうも違うような気がした。
「他にはそういう伝記とかは無いのか?」
「そうだな、北欧に伝わるデュラハンはたしか首無しの騎士だったかな」
神川はオカルトや神話に詳しい。
お寺の息子だからというわけではない(いやそれは偏見か)。
昔からそういう類の本やネット情報を探しては集めているのを知っている。
「そのデュラハン?ってのはどんな格好をしているんだ?」
「首の無い馬に乗って、首の上が無いか、もしくは自分の首を小脇に抱えている」
「へぇ。例えばその首を無くしてしまったらどうするんだ?」
変な聞き方をしたと思った。
まるで自分が、首を無くしたそれを見た事があるような言い方だった。
「ふむ、首が全く無い場合もあるからな。興味深いがそれはわからないな」
「そうか」
しおり・クヒナはそのデュラハンなのだろうか。
首無し騎士というゴツいイメージと、作業着姿のしおり・クヒナが頭に浮かんだ。
「ちなみに、デュラハンの弱点とかわかるか?」
「おいおい、どうしたみのる。オカルトにでも目覚めたか?いろいろ教えてやるぞ」
「いやいや、そんなんじゃない」
「…また何か見たのか?」
僕が得体のしれないモノを見ることを神川とおるは知っている。
幼なじみだったし、昔の話だが僕は近所では有名な不思議な子だったからだ。
だだ、僕がこれを幻覚だと思い込むようにしてからは察してくれるようになった。
「まぁいいや、デュラハンの弱点ねぇ。そうだ、水の上を渡る事はできないって何かで読んだことがあるな」
「水の上?」
「デュラハンに襲われて、川を渡って殺されずにすんだとう話がある」
サンドイッチのカスがこぼれたズボンをぱっぱ、と手で払いながら神川とおるは言った。
この町には川が2本流れている。
東の町境を北から南へ流れている御滝川がここら辺では一番大きな川だ。
その御滝川の支流で東西に流れているのが千川だ。
千川は町を南北に分けるようにして流れている。
みのるの自宅は北側にある。
この浄山北高校も北側だ。
バイト先のスーパー・サンライトは千川の南側にある。
自宅からバイト先までは距離があるので自転車で通っている。
本当は神川とおるのようにバイクを持っていたら便利なのだろう。
バイト代が貯まったらまず免許を取りに行きたい。
「そういえば、この町にも首無しのいい伝えがあったな。ほら、町外れにみんなが首塚って呼んでいる祠があるだろ。昔そこに首の無い幽霊が現れたらしいんだよ。だから首塚って呼ばれているみたいなんだけど。まぁ、こういう類の言い伝えはいたる所にあるけどな」
そう言って神川とおるは笑った。
そういえば、しおり・クヒナとの残業では、千川を超えて北側に来たことがないな。
昨晩、浄山上人が書いたとされる鬼払いの方法について父が説明してくれた。
達筆すぎたし、字も擦れて読みにくかったので要約して教えてくれた。
「鬼は退魔の札だけでは滅びないそうだ。だから、首を刎ねて腐れない石箱に入れ、その蓋の四方に呪符を貼り付けて封印すると書かれている。そして流れの大きな川の近くへそれを埋めて、その上で護摩を一昼夜焚き、その跡に小堂を建てて祀る。けっして鬼の顔を見てはならない。魅惑されて操られる、とある」
「えーと、首はわかったけど。本体、というか身体の方はどうなるって書いてある?一緒に滅せられるの?」
「そこまでは書いていない。滅せられるかもしれないし、そうでなく首を探して彷徨うのかもしれない」
そう言って父は暗い顔をした。
その時、子供の頃の記憶がよみがえった。
僕が得体の知れないモノを見て両親に話す度に、同じ様に暗く悲しい顔をしたのは、自分の息子がこれを継ぐべき者だとわかってしまったからではないのか。