すぅぱぁ・ほろう(4)
夢を見た。
男は諸国を歩きながら修行していた。
たくさんの飢えや疫病に苦しむ人々を見てきた。
それでも領主同士は争いを止めなかった。
彼は、世の中を憂いた。
ある晩、夢でお告げを聞いた。
「浜に流れ着く西国の異形の者の首を塚に納めよ」
彼はそこに安寧の地を築こうとした。
再び夢を見た。
それは妖女と呼ばれていた。
妖術を使って人をたぶらかし、貶め、殺す。
時に、黒く禍々しい西洋の剣を鞭のように振るって虐殺していった。
国中から集められた何人もの術者の流血によってやっと捕らえることができたが、殺しても死なず。
何度処刑をこころみても死なないものだから、呪いを恐れた国の長はそれを海に流した。
そして流れ流され、何処かの浜辺へ打ち上げられた。
しばらく動けずにいると、そこへ山伏達がやってきた。
その山伏達は、それを抱えると、近くのさびれた家へ運んで看病した。
幾月か経ったある夜。
山伏が寝ているところに、剣を持って襲いかかろうとした。
だが、山伏が懐から木札を取り出して掲げると、それは怯み動けなくなった。
そして山伏は手斧で首を刎ね、さらに呪符をもってそれを撃退した。
さらに夢を見た。
ユーロビートが流れている。
僕は助手席に座っていた。
何故だか声が出せなかった。
そのうち車はどんどん加速していった。
怖くなったが声はいっこうに出なかった。
前方を見ると建物がすぐ目の前に見えた。
死んでしまう!
そこでハッと目が覚めた。
「なんだか変な夢を見てしまった」
学校から帰ってベッドに横になっているうちに本気で寝てしまったようだ。
今日は非番だったので久しぶりにトレーニングでもしようと思っていたが外はもう暗くなっていた。
時計を見たら19時過ぎだった。
慣れない仕事を始めて疲れているのかも知れない。
いや、どちらかと言えばバイト後の残業で夜遅くなるのが眠気の原因か。
お腹がぎゅるっと鳴った。
ゆっくり起き上がって一階へ向かう。
疲れなのか夢のせいなのか頭が重い。
ガチャっとリビングダイニングの扉を開ける。
テーブルで父が本を読みながら食後の茶を飲んでいた。
「呼んだのに降りて来ないから、先に夕飯済ませてしまったわよ」
キッチンで手を拭きながら母が言った。
「寝てた」
「あんた大丈夫なの?」
「何が?」
テーブルに腰掛ける。
「毎日バイトが遅いから心配してるのよ。23時過ぎるなんてそんなに大変な仕事なの?」
母がテーブルに箸と生姜焼きの皿を置く。
すぐに箸を持って付け合えのキャベツをつまんだ。
「まさか遊んできているんじゃないでしょうね?」
「そんな金もらって無いよ」
「まったく。お父さんも何か言ってください」
ごはんと味噌汁が並んだ。
さっそくみそ汁の椀を持って一口啜った。
話を急に振られた父は「ん?」と反応したが読書は続けていた。
「うちの男どもときたら、もう本当に呑気なんだから」
そう言って、母はキッチンへ戻って行った。
滝山家では食事時にテレビは付けない。
母親の声が無い食卓は、まるでお通夜のようだった。
箸が椀にふれる音とキッチンで母が何かを切っている音だけが聞こえる。
肉を一枚とご飯を三口食べた後だ。
租借してごくんと飲み込んだ後、ふと気になる事を思い出した。
「父さん」
「何だ?」
「ずいぶん前に、先祖は浄山上人って言ったの憶えてる?あれ本当?」
「本当だよ」
父は読書を中断しなかった。
「何でそう言い切れる?証拠は?」
「どうしてそんな事を聞く?」
まだ本から目を離さなずに答える。
「いや、なんか、先祖の事を聞かれたから…」
「ほぅ」
ぱたん、と本をテーブルに置いた。
そしてゆっくりと腕を組んだ。
「誰に聞かれた?」
こんなに真剣な父の目を見るのは初めてかもしれない。
「バイト先の上司、だよ」
「女の人か?」
「そうだけど。え、父さんしおりさんの事知ってるの?」
「いや、知らないが…だが、そうか」
父は、ふぅとため息に似た深い呼吸をした。
その所作を箸を握ったまま見ていた。
「その人は、うん、そうだな…お前にはどう見えてるんだ?」
「どうって?」
父が聞きたい事は何となくわかっていた。
「だから…どこかが変、だとか、だ」
歯切れの悪い問いかけだった。
ふと、子供の頃に不可思議なモノが見えて両親に心配させてしまった事を思い返した。
「頭部が無いよ、その人」
父の真意はわからなかったが、嘘をついたり誤魔化したらもっと心配をかけるかもしれない。
そう思ってはっきり答えた。
「そうか…わかった」
父は頭を少し下げて右手でひたいをさわる様な仕草をした。
少しの間があった。
トン、っとテーブルに手を着くと父はゆっくりと椅子から立ち上がった。
そしてリビングから出ていった。
リビングはよりいっそう静かになった。
気づくと、キッチンからの音も聞こえてこなくなっていた。
やっぱり変なモノの話はしなければ良かったのだろうか。
箸を止めて暫く考えていると、父は古いつづらを両腕で抱えて戻ってきた。
「これがお父さんがお祖父さんから受け継いだものだ」
そう言って、そのつづらをテーブルに置いた。
「お祖父さんはそのまたお父さんから、代々受け継いできたものだ」
両手でゆっくりとつづらの蓋を上げる。
つづらの中には、達筆な字で書かれた和紙と、ボロボロになった布に包まれて木の板が入っていた。
「この和紙には古くて読みづらいが名前と花押が書いてある」
たしかに字が薄くなってはいたが“浄山”と書いてあるように見える。
「こっちの木の板にも梵字のような文字が書いてるが父さんにもわからなかった」
今まで見た事も無い文字が刻み込まれていた。
ただ、何故か懐かしいような字だった。
「この和紙には鬼祓いの方法が書いてある。いざとなった時には滝山家が成さねばならない事だ」
「鬼って?」
「首無しの鬼だ」
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