眠気

地方都市に住むアラサーアパレル店員。映画や本やカフェが好き。誰かに宛てたラブレターのつもりで書いています。

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マガジン

  • 見たもの、読んだもの

    私の気持ちの忘備録として。

  • 心に浮かんだこと

    日々の中で考えたこと

最近の記事

名前もない夜

体温計のブザー音が乾燥したワンルームの部屋に響く。 「何度だった?」 「37度3分」 掠れた声で彼は言うと、貸していた体温計を私に手渡し、深く息をついた。 東京に住む恋人が仙台の私の元に会いに来て、2日目の夕方のことだった。 その日のお昼、近所でスープカレーを食べながら「風邪かもしれない」とつぶやいた彼の体調は、家に帰るといよいよ本格的に風邪の様相を見せ始めた。 平熱が35度台の彼にとってはこの体温でも辛い状態なのだろう、顔が赤く火照り、目も充血して潤んでいる。 前日か

    • あのとき始まったこと

      "もし木曜夜お時間あったら都内のどこかでお会いできませんか?" Facebookの共通の友達、10人。 私と同じく、学生時代にアカペラサークルに所属。 隣の県の大学に通っていたその人との接点はこの2つしかなかった。 直接顔を合わせたことがない、ごく稀にリプライといいねを送りあう関係を3年間続けていたフォロワーと初めて会う約束をするなんて、ちょっとした賭けみたいなものだった。 だからその人から前向きな答えが返ってきたことに、自分から誘っておきながらびっくりしたのを覚え

      • 私は私にしかなれない

        浴室の折り戸が外れてしまった。 経年劣化でなんとも立て付けが悪く、扉上部のロックが勝手にゆるくなってしまう。 こんな風に普通に使用していても突然外れてしまうことは初めてではなかった。 ここ数日も扉の滑りが鈍くなっていたので、そろそろ来るかなとは思っていた。 ため息をついて、濡れた髪のまま折り戸を嵌めようと持ち上げる。 でも非力で身長も低い私には、自分の身長よりもだいぶ高い折り戸を嵌めることは困難なことであった。 何度持ち上げても上戸車はくるくる回り、全然嵌めること

        • 平成に置いていく

          「まゆって今○○駅で働いてたりする?」 通知欄にその人の名前を見るのは3年ぶりだった。 学生時代に好きだった人から、前触れもなく連絡が届いた。 偶然私が働いているのを近くに来た時に見かけたらしい。 たしかに、最後に連絡を取ったとき就職先を伝えていたみたいだ。LINEの履歴を遡ってやりとりを確認する。 まるで私じゃないみたいに、過去の私の文字がはしゃいで見えて嫌気がさした。 なんでいまさら。 好きだった時、あれだけ待っていても来なかったLINEがまさかこのタイミング

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        • 心に浮かんだこと
          6本
        • 見たもの、読んだもの
          4本

        記事

          チョコレート一粒分の、私の愛の話。

          今年のバレンタインには不参加を表明した。 職場は女子だけなのでバレンタイン文化が根付いてないから、無理に気を回す必要がない。 あげたい人はみんな遠くに住んでいるし、会う予定もない。「バレンタインだから」といってわざわざ渡すのも気恥ずかしいし。 そんなことを言いながら、旦那さんや恋人がいる職場の子に「バレンタインは何あげるの?」と率先して聞いて回り、その答えを聞いてにやにやしている私はなんだかんだバレンタインを楽しんでいる。 サロンドゥショコラの広告は事前に調べお目当て

          チョコレート一粒分の、私の愛の話。

          2019年にやりたいことと、そこから見えてきた「なりたい自分」

          年が明けてあっという間に10日も過ぎていた。 仕事の日は年始が一番忙しい売り場で目が回るくらい動き回り、休みの日は寝たり起きたりを繰り返していた。 身体も心も急かされっぱなしだから、ようやく今日になって仕事以外の私を認めてくれる場所での時間を過ごし、ほっとしている。 ------- 2019年。 そして平成最後の年。 今年に入ってから個人的に「平成」の表記を付けないようにしている。 表記揺れが現れてしまうのが嫌だというのが一番ではあるが、すでに私の中で「平成」が時代遅

          2019年にやりたいことと、そこから見えてきた「なりたい自分」

          「2018年にやりたいこと」を振り返る。

          "平成最後の夏"と事あるごとに騒がれた今年の夏、しかし私にとって特別なことは何も起きないまま、焦燥感を含んであっという間に過ぎ去っていった。 街路樹を彩っていた青葉はすっかり朽葉色へ、心地よさを感じさせた秋風も次第に体温を奪うような冷たさに変わり、街を歩く人たちの外套が徐々に厚みを増していく。 今年ももうあとすこし。 あちこちのお店で流れているクリスマスソングを聞くたび、金銀の電飾が施された木々の煌めきを見るたび、浮き足立つ私は自然と歩みを早めてしまう。 それは読んでいる文

          「2018年にやりたいこと」を振り返る。

          好きな人と過ごすことは、ゆっくり呪いをかけられることと同じだ。

          オレンジ色のパーカーを着た、大きくて少し猫背な後ろ姿を小走りで追いかけていく。 赤いコンパクトカーの助手席に乗り込み、 これから始まる一日を思い浮かべ、思わず笑みが溢れた。優しい手がハンドルを握る。 彼がセレクトした曲は私も大好きな曲だった。カーステレオから流れる馴染みの曲を2人で口ずさみながら、私たちの乗る車は少しずつ加速していく。 好きな人が好んで着ていた衣服、愛用していたもの、好きだった音楽や小説、その片鱗にふとしたタイミングで触れるたび、記憶の底からその人やその

          好きな人と過ごすことは、ゆっくり呪いをかけられることと同じだ。

          千早茜「男ともだち」を読んだ。

          恋愛関係に辿り着くのが男女の関係性として至高なのだと、21歳の私は思っていた。 恋愛至上主義。 はあちゅうの恋愛コラムを片っ端から読み漁っては、都内で仕事も恋愛もキラキラにこなす生活に憧れを抱いていた。 その頃私には好きな人がいた。 6歳上で、毎日日付が変わるまで働いている、とても忙しい人だった。 「こう忙しいとなかなかプライベートの連絡が返せなくて」なんて言いながら、私が送ったメールには返事を返してくれる人だった。 真夜中に泣きながら失恋の報告をしたら、「会いに行こう

          千早茜「男ともだち」を読んだ。

          ようこそ、26歳

          今日、26歳になった。 祝いようのない歳で、なんだか中途半端だ。 25歳だったら、もし人生が100年計画だったとして4分の一を来たことになる。 四半世紀。 でも26歳は、その節目から一歩踏み出しただけに過ぎない。 それに、その一歩だって、見えない誰かの手に背中をとんっと叩かれて、びっくりして歩き出してしまったような、そんな一歩だ。 不可抗力。 こうしてあっけなく歳を取ってしまうことを悟る。 「ぼーっとしてたら足元を掬ってしまうよ」 そんな声が耳元から聞

          ようこそ、26歳