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東日本大震災からの復興、オーガニックコットンで地域に笑顔を取り戻す

2011年3月11日、突如起きた東日本大震災により、日本中が大混乱に陥りました。これに伴う福島第一原子力発電所事故により、福島の地域の人々は離れ離れになり、地元に残った人々も風評被害に追い込まれ、何を糧としていけばよいのか見いだせない日々。そんな中、オーガニックコットンで福島に新しい産業を創ろうと挑む株式会社起点 代表取締役 酒井 悠太さんに、どんな想いで事業を立ち上がったのか、お話を伺いました。

東日本大震災後、地域に根付く産業を模索

-どんな事業内容か教えてください。

私たちは「福島の記憶に残る生業をつくる」を企業理念とし、いわき市を中心に有機栽培している備中茶綿を原料にして、オーガニックコットン製品の企画・開発・販売に取り組んでいます。自らも原料生産に携わることにこだわり、自社圃場で綿花の栽培から行っています。製品に使用する綿糸は甘撚りに仕上げ、生地になった際の柔らかい手触りが特徴です。お客様からはナチュラルな生成り色と肌触りが良いとお声をいただきます。

-酒井社長はもともと被災地復興事業に参加をされていたそうですが、なぜ起業しようと思われたのでしょうか?

この事業は、元々「ふくしまオーガニックコットンプロジェクト」という被災地復興事業として2012年からスタートしたものでした。

コットンの有機栽培は手間もコストもかかるので、それらを混紡した製品は一般的な綿製品に比べるとものすごく高価なものになります。10年前はサステナビリティとかエシカル、SDGsなど、最近よく耳にするようになった言葉はほとんど知られていなくて、それらを意識しての消費行動もあまり一般には広がっていませんでした。それでも、福島のプロジェクトにはたくさんの復興ボランティアの方がコットンの栽培を手伝いに来てくださり、県内外の方に支えられて活動を続けていました。しかし、最終的に商品が売れるかどうかというと、なかなかその出口は見えづらいものでした。

そんな中、自然素材を活かしたバスボムや石鹸を手掛けるイギリスの化粧品メーカー「ラッシュジャパン 」などの企業が、私たちの「有機栽培で育て収穫されるコットンを製品化し、地域に活気と仕事を生み出す」という理念に共感してくださり、少しずつ取引きいただけるようになってきました。それが自信となって、「復興事業としていつか終息してしまうものではなく、きちんと福島に根付いた産業にしたい。」と思うようになり、2019年に独立して会社を立ち上げました。「事業運営や商品化など、これまでになかった感性を持って新たに舵を切りなおしていこう!」という想いから、再スタートの意味を込めて株式会社起点という名前にしました。

ゼロからスタートのコットン栽培

-福島では、震災前からコットン栽培がされていたのでしょうか?

いわき市では、地域産業としてコットンの栽培は行われておらず、震災後にゼロからスタートしています。

震災直後、福島の農作物は、原発事故による風評被害の影響で、ものすごく敬遠された時期がありました。農家の皆さんも「どれだけ安全に心を砕いても、福島と聞くだけで口に入れてもらえないんじゃないか…」と、この先農業を続けていけるかどうかを不安に思う方もたくさんいらっしゃいました。

そんな地域農家の皆さんの力になれないかと模索していた中、「食べる作物がダメなら、ある程度の荒地でも育つコットンはどうだろうか?」とアドバイスをいただいたんです。その後、コットンは土壌の放射線移行係数も限りなく低いことが分かり、満を辞して栽培をスタートすることとなりました。

-酒井社長ご自身は、農業などの経験はあったのでしょうか?

この事業と巡り合うまで、有機栽培のことはもちろん、意義さえも全く知らなくって(笑)この仕事をさせていただいて、土に触れる喜びを知って、「あぁ、土をいじるって、心も体も豊かになる作業だな」って、本当に心の底から実感できたんですよね。商品化にも少しずつ携わらせていただいて自分の世界も広がり、人との繋がりを強く感じることにもなりました。

作り手と使い手をつなぐコットン畑

-そんな“豊かになる土いじり”をするために、お客様も福島のコットン畑にお越しになることもあるそうですね。

創業時から、畑を一般開放して、お客様に種まきから収穫までを楽しんでもらう作業体験プログラムを実施していましたが、コロナ禍でその活動もできなくなっていました。ですが、今年は3年ぶりに活動を再開し、多くの方々に福島の畑にお越しいただいております。

コロナ禍において、人との距離がいったん離れてしまったからこそ、このような活動を通してお客様とお会いすると、人との結びつきに喜びを実感します。先日も、震災直後からずっと福島に通ってくださっている方と畑で再会し、お話ができました。その時「あぁ、このコットン畑が人と出逢える場所、“起点”になっているんだ。」と改めて気づきました。出来上がった商品を店舗で眺めるだけではなく、現地に足を運んだからこそ伝わる価値があります。また、ご自身が作業に携わることで、愛着をもって永く商品を使っていただけると考えています。このように、同じ目線で同じ方向を向いてもらえる仲間を増やしていくことが、地道ではあるけれども、私たちの事業では一番大切なことだと思っています。

-商品を作って売る、というビジネスでなく、人と人の関係を作っているようにも感じます。

私たちは、ただ一方的に物を送り出すのではなくて、製品の作り手である職人と、それを手に取るお客様のハブになり、お互いのことを想い合える連鎖を生む事業者になりたいと考えています。物が溢れ過ぎている時代と言われていますが、「安くて便利」というだけで生活用品の多くを海外製品に頼り続けてしまうと、国内の技術がどんどん廃れていってしまい、最終的に日本は資源も技術も海外に頼るようになってしまうんじゃないかと危惧しています。

物を作る側は「この技術が消費者の暮らしをどう豊かにするのか」と想像し、物を買う側は「この商品はこんな背景で作られていて、作り手の技が感じられるからこの値段になるんだ」と作る側のことを想像する。このように互いのことを想像しないと、継続的な良い関係が生まれないと思います。だから、僕たちのモノづくりは全て日本製にこだわり、これからも日本の製造業者の方と組んでいこうと考えています。

長期目線の事業だからこそ、覚悟を持って臨むべく、ファンドから資金調達

-起業して半年後、磐城國地域振興ファンドからの出資を受け入れたのはなぜでしょうか?

コットン栽培から製品化まではどうしても長期サイクルとなりますので、資金調達は課題の一つでした。また、きちんと外部資金を受けることで、「事業に覚悟を持って臨むこと」が、私たちの一歩としては必要だと思いました。これまではプロジェクトベースで行ってきた事を株式会社として進めるにあたり、経営に第三者の視点を入れ、事業計画や資金繰りにアドバイスをいただけたほうが、ビジネスチャンスの機会が広がるのではと考えました。でも、FVC Tohoku小川社長にお会いするまでは、「投資会社」という響きに気後れしていましたし、ものすごく緊張もしていたんですよ(笑)それが、実際に小川社長にお会いしてみると、物腰が柔らかくてとても優しい方でした。私たちメンバーや事業背景、今後の商品展開にも、きちんと興味を持って耳を傾けてくだいますし、事業課題にもドライに切り込んで話をしてくださる。とてもコミュニケーションが取りやすいです。

ブランドコミュニケーションの新しい在り方に挑戦

-今後、どのようなことに力を入れていきたいと考えていますか?

オリジナルブランド「SIOME」の背景や世界観を伝えていくために、コットン畑をショールームとして活用してみたいと考えています。自社でコットン畑を管理し、そこで収穫した綿を使ってものづくりをする、これは簡単そうでなかなか真似できない事です。幸いなことに畑にはたくさんの人がお越しになるので、店舗ではなく畑で商品を手にしてもらう、そして、その商品が生まれた環境で資源と触れ合いながら作業体験をしてもらう、というようなことができたら新しいブランドコミュニケーションが提供出来るのではと考えています。店舗で見た目や金額だけで判断する買い物ではなく、新しいモノ選びの価値観を共有したいですね。

「SIOME」のロゴは、網目のような模様をしていますが、分解するとたくさんの線が混じり合って互いを支えあっているモチーフになっています。これは、これまでの人との繋がりや支え合いに想いを込めたデザインです。私たちの畑には、復興事業からずっと応援してくださっている旧知の方はもちろん、新しく私たちを知ってもらった人にとっても訪問しやすい場所にしていければと考えています。

-地域の若い世代には、どんなメッセージを伝えていきたいですか?

起点の事業が広がっていくことで、若い世代に対して地方の仕事の在り方を示してあげられたらと思っています。僕はいわき市生まれいわき市育ちで、地元から一歩も出ずに暮らしてきました。どの地方においても高校や大学卒業のタイミングで若者が外に流出してしまう問題がありますが、それは自分たちの住んでいる地域にやりたい仕事を見つけられないということもあると思うんです。どこかで自分の人生を諦めてしまう、みたいなこともきっとあるんじゃないかな。僕も、そんなモヤモヤを抱えたまま2011年まで生きてきました。震災が起きて、オーガニックコットンの事業に巡り合って、一気に世界が広がったんです。「正解も不正解もなく、やりたいことを思い切りやった方が良い!」と感じてもらえるよう、私たちが可能性を体現できたらと考えています。

「地域に根付いた産業にしたい」と思って起業しましたが、まだまだ道半ばです。創業から三年、メディアでもたくさんご紹介いただき、地元いわき市内でも少しずつ存在が知られるようになってきましたが、まだまだやれることがあると思っています。


酒井社長が"大切にしていること"
「何事にも優しくありたい」

2007年に公開された『アース』という映画に衝撃を受けました。今のペースで地球温暖化が進むと、北極のシロクマがあと20年後、つまり僕が生きている間に絶滅するという内容で、自分も何か行動を起こしたいと思いました。そして、3.11の震災を機に「自分自身で考えて自分自身で行動を起こす」ということが、僕の最初の小さいステップでした。だからこそ、起点の事業においては「すべてのものが正しく循環していくこと」を大切にしています。心に常に余白を持ち、何事にも優しくありたいですね。


◆投資担当者より
起点の皆様に最初にお会いした際、いわきでオーガニックコットン栽培を行うことへの想いを熱く強く語ってくださり、その誠実さに、私自身心を大きく揺さぶられた記憶があります。インタビューにあるようにメンバーの飾らない性格、優しい人柄が多くの方々の心を打つのだと思います。SIOMEには、大地からの恵み、作り手のこだわりはもちろん、起点の想いが凝縮されています。是非、お手に取ってみて、その「幸せ」を感じてみてください。
(FVC Tohoku 代表取締役社長 小川 淳)

◆インタビュアーより
「常に優しくありたい」との言葉の裏には、様々なことを受け入れる覚悟のようなものを感じました。インタビュー中の柔らかいお話しぶりにその人柄を感じただけでなく、売って終わりの一方通行ではない、お客様との関係に基づく事業のあらゆる根底に、その優しさが染みわたっているように感じました。福島に人を呼び込み、福島に笑顔を増やす、地域を牽引する企業としての活躍を期待しています。

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