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“親父のバトン”を引き継ぎ、アーティストの経済的自立を目指す

コロナ禍で取り沙汰された「不要不急」という言葉。文化芸術に携わる人たちは活動の場が閉ざされ、ひと際苦しい状況に置かれました。しかしながら、人との触れ合いを得づらいコロナ禍だったからこそ、文化芸術は人々にやすらぎをあたえるものであり、「必要不可欠だ」と改めて気づかされたのではないでしょうか。文化庁や経済産業省も、新たな文化芸術政策を模索し始めています。そんな中、アーティストの経済的自立を実現するために立ち上がった株式会社Casie 代表取締役CEOの藤本 翔さんに、起業の原点と、目指す未来を伺いました。

生業としてのアートに対する問題意識

-アートのサブスクリプションとは、どんなサービスですか?

平面絵画作品を自由に選んでいただき、月額でレンタルするサービスを展開しています。絵画を借りたいお客様の月額料金はライト2,200円、レギュラー3,300円、プレミアム5,830円の3プラン(いずれも税込)あり、ニーズにあわせてプランを選び、気軽に好きな絵画を好きな期間ご自宅に飾ることができます。

僕らのビジネスモデルのユニーク性は、アーティストの経済的自立を目指している点です。アーティストが創作活動だけで生計を立てる上での一番の課題は、流通機会がほとんどないことです。だから、アーティストの作品を僕たちが資産として保有するのではなく、著作権・所有権ともにアーティストの皆さんに帰属したまま作品を預かり、お客様に貸し出しています。そして、お客様からいただいた料金の35%が、その作品を手掛けたアーティスト本人の報酬になります。サブスクリプションなので、1つの作品の貸し出しが続けばアーティストへの報酬も継続されます。現在、約1,300人のアーティストの皆様から、約13,000作品を預かり、6,000人のお客様に貸し出しをしています。

-なぜ、アートの分野で起業されたのでしょうか?

僕の親父は画家だったんです。ただ、いい作品を作っているのに売るのに苦労をする画家でした。親父は、よく商店街で展示販売会をしていて、僕は親父が作ったチラシを商店街で配ってお客さんの呼びこみをしていたのですが、誰も来きません。たまに、小学生がチラシ配っているのがかわいそうだからといってお客さんが来るのですが、誰も買いません。創作活動だけで生計を立てていくということの難しさを、その当時の親父の背中を見ながら痛感しました。

その後、僕が小学校5年生のときに、親父は心臓と腎臓を悪くして34歳で他界しました。親父は、僕の手を握りながら亡くなったので、「バトンを受け継げってことなんかな」と思いました。だから、親父と同じように困っているアーティストを「何とかせなあかん!」と僕はその時に決めました。

親父のように、創作活動は才能があればできるけれど、自分の作品を流通させるということは難しいことです。機会に恵まれない、機会を生み出せないアーティストは日本国内にはめちゃくちゃいっぱいいる。特に、低中価格帯のアート作品の流通エンジンが、国内には整備されてないので、その低中価格帯のアート作品の新しい流通エンジンを僕が創ろうと起業しました。

起業前の準備期間、自分に課したミッション

-小学生で起業すると決めてから、実際に起業するまで、どのように過ごされたのでしょうか?

起業前の社会人としての11年間は、起業に必要な力を身に付けると決めていました。最初は「どうやったら親父みたいなアーティストに貢献できるんだろう?」と考え、「やっぱり作品を買うことになるのかな?」「でもそうするとたくさんお金が必要だから、お金持ちにならないといけない」「お金持ちになるには社長にならなきゃいけない」と、漠然と考えていました。それで、知人の社長さんに「どうやったら社長になれますか?」と聞いたところ、「物を売る力、人を集める力、金を勘定する力、この3つをトレーニングしろ」と教えてくれたんですね。僕の解釈では、物を売る力は営業、人を集める力はマーケティングとか集客、金を勘定する力はファイナンスだろうと考え、3つの力を蓄えるために、大学卒業後、総合商社の営業マンを2年、経営コンサル会社で9年勤めました。そして、親父が亡くなった年齢である34歳になった時に起業しました。

-共同創業者の清水さんとはいつ頃出逢ったのでしょうか?

もうひとつの起業前のミッションとして「共同創業者を探す」と決めていました。自分1人だったら100人ぐらいのアーティストを幸せにすることができるかもしれないけれど、1千人1万人10万人のアーティストを幸福にしようと思うと、僕は苦手なことも多いので、1人じゃ無理だろうと思ったからです。今一緒に働いてくれている取締役の清水は前職のコンサルで一緒に働いていた同僚です。僕らは前職で4、5年ぐらい一緒に仕事していて相性が良く、お互いが足りないところを補い合えることが実感できました。清水は、僕のやろうと考えていたアーティスト支援に共感してくれたというよりも「あなたが本気でやるっていうなら、何でもやります!」ってコミットして共同創業者となってくれました。それは今思い出しても震えますね。もちろん、お互い真剣なので、たくさん喧嘩もしていますけどね(笑)

-現在のサービス、アートのサブスクリプションはどのように生まれたのでしょうか?

アートのサブスクリプションにたどり着いたのは、32歳ぐらいの時です。僕は前職の経営コンサル会社に勤めていた時に、レンタルやシェアサービスを手掛けている会社様をご支援していて、そのモデルが「面白いなぁ」と思ったのがきっかけです。

日本の美術館は、年間6,000万人くらいの入館者数があるくらい、みんな美術館には足を運んでいるのですが、家の中に絵画を飾るとか、絵画を購入する人となると、極端に少なくなります。そこから、月額3,000円くらいのレンタルだったら需要がありそうだな、と思いました。

起業してぶち当たった壁、アーティストの信頼を獲得できた理由

-起業へ向けて長年準備をされてきた藤本社長ですが、起業後は順調に進んでいったのでしょうか?

僕は経営コンサルに9年いたので、経営のプロだと思い込んでいました。でも、コンサルとして事業プランを書くのと、経営者として実際に事業をするのは、全くの別物でした(笑)

一番つらかったのは、創業当初、アーティストの方に作品を預けてもらえなかったことです。事業プランでは半年で1000作品は預けてもらえると思っていたのですが、実際は2年かかりました。これは予想外でしたね。その理由は、アーティストにとって、自分の作品は我が子のように愛しているものなので、見ず知らずの、創業して間もない小さい会社に「預けてたまるか」って思われたんですね。「写真データをお渡ししますが、作品は預けたくありません」という声がほとんどでした。アーティストの展覧会を訪ねてチラシを配るなどするも、一向に状況は変わらず、途方に暮れていました。

そんなある日、50代のアーティストの方が会社に来てくださいました。そして「なんで、この事業をやろうとしたのか教えてくれ」と言うのです。その時、親父のストーリーを、共同創業者の清水以外で初めて他人に話しました。そうしたら、その50代のアーティストの方は「今話したことを一言一句残らず、会社概要ページに書いてくれ」とおっしゃいました。でも、僕にとっては親父とのことは、起業の原点だけれども、同時にとても悲しいストーリーでもあるので、あまり言いたくなかったんです。だから、2か月くらい悩んで、最終的に清水に「やってみましょう」と背中を押してもらってホームページに起業の経緯を掲載しました。

そうしたら、この、親父とのストーリーを書いた会社概要が、Twitterでアーティストの方々の間でめちゃくちゃ拡散されたんです。「こういう理念の会社って今までなかった」とか、「この会社を応援するべき」というコメントが溢れていました。そこで、一気に「作品を預けたくない」という壁を突破できました。親父に助けられましたね。今となっては、アーティストの「簡単には作品を預けない」という作品への想いが、このビジネスの参入障壁にもなると思っています。

アートは家族のコミュニケーションツール

-サブスクリプションサービスはどんな方がご利用されていますか?

絵画と聞くと、富裕層の方や法人が利用するイメージを持たれるかもしれませんが、僕らのサービスは、70%以上が一般のご家庭のお客様にご利用いただいております。

僕らのサービスは、お客様のご家庭のコミュニケーションツールになっているようです。例えば、アート作品の選び方でパートナーの意外な一面がわかったというお話をいただくこともありますし、アート作品選びをきっかけに1年ぶりに息子と会話ができたお母さんは、喜びのあまり僕らの会社に電話をかけてくださいました。このように、毎月アート作品を交換するという行為ではありますが、家族の新しい一面を知り、家族との向き合い方、アート作品との向き合い方が徐々に成熟するというようなお言葉をたくさんいただきます。

また、1年間1回も作品を交換されなかったお客様のお話しがあります。娘さんが、お友達とうまく付き合えるか不安で小学校に行きたくないと家から出られなかったそうです。そこで、コアラの絵画を借りて玄関に飾ってみたところ、娘さんがそのコアラに「ズッキーニ」という愛称をつけて、毎日「ズッキーニ、今日頑張って学校行ってくる」、「ズッキーニ、ただいま!今日も学校頑張った!」と、話しかけながら学校に1年間頑張って通っていたそうです。その娘さんと絵画「ズッキーニ」との関係が愛おしくて、ご両親は作品交換ができなかったそうです。 晴れて2年生になった今年の4月、新しくラッコの絵画をレンタルして「おはぎ」という愛称をつけて学校に通われているそうです。

お客様の声から、アート作品はいろんな人のいろんな人生の物語を紡いでいくのだと思わずにはいられません。絵を飾る意味がお客様それぞれにあり、まさに、アート作品を飾ることの意味が大切なんですよね。

さらなる飛躍に向けた資金調達

 -FVCが運営するファンドからの資金を受け入れたのはなぜだったのでしょうか?

ある時、注目のベンチャー企業を紹介するYouTube番組で、僕たちが紹介されているのを見かけて、京都信用金庫の現在の担当者である井上さんが、飛び込みで営業してこられ「融資はまだできないけれども、FVCと一緒にファンドをやっているので、どうですか?」とご提案いただきました。僕らの事業は不便を便利にする事業ではないので、市場規模とか成長予測が判断しづらいのですが、当時のファンド担当の国本さんが「市場規模は僕たちの売上高ですと言えるぐらいになりましょう!」と言ってくださったんです。こんな視点で、僕らの事業を理解してくれるVCはないなと思いました。

FVCの松本前社長の著書も読みました。FVCの地方創生ファンドは、キャピタルゲイン思考でなく、みんなが無視してきた社会課題に本気でアタックしている人たちを応援するファンドなんだと思いました。また、ソーシャルベンチャーに資金を投資できるというのが、まさにリスクマネーの在り方だと思いましたね。儲かりそうだとか、黒字化しそうだとか、将来IPOしたときにキャピタルゲインこれだけ出そうだから投資します、というのは、もう先が読めているのですから、リスクマネーではない。本当にリスクを張らないといけないのは、みんなが儲からないから、ビジネスとして成立しないからと無視してきた社会課題であって、そこにリスクを張るのはFVCらしいと思いますね。FVCとは心理的な距離感がすごく近く感じます。全部丸裸になって素直に話せるファンドは、僕にとってはFVCかなと思います。

-今後、社会に対しどのような役割を果たしていきたいですか?

まず、僕たちがアーティストに支払う月間の報酬額を1億円超え、つまり、年間12億円以上にしたいです。日本国内のアート作品の年間のEC流通額は40億円しかありません。そこに、新に12億円をプラスすることができれば、新しいイノベーションだと言えると思うのです。そこまでいけば、僕らのサービスをうまく活用するアーティストの方が、職業として成り立つ世界になると思います。

一方で、そんなアーティストの作品が、ご家族の絆をつなぐことで、たくさんの方の心を豊かにもしたいです。世の中には、家族間の悲しい事件がよくありますが、それらはきっと、何かのきっかけですれ違いが生まれ、コミュニケーションが無くなって、憎悪に変化していっているのではないかと思うのです。Casieのサービスは、家族の新たな関係が生まれたり、関係性が深まったりする、コミュニケーションツールでありたいと思っています。

それから僕自身の夢は、いつの日か子供のなりたい職業ランキングの上位に「画家」がランクインすることです。僕が生きている間に達成して、その雑誌の切り抜きを持って、僕は親父と同じ墓に入り「ちゃんとバトン受け継いでやりきったよ」と言いたいです。

-藤本社長の座右の銘を教えてください。

 「人生とは表現活動である」です。
これは親父の言葉で、「他人に筆を持たせるな、自分の人生は一人で描け」という意味です。人は「人生」という白いキャンバスを持って生まれてきます。子供の頃は自分だけがそのキャンバスに向かい合って自由に絵を殴り書きしている。しかし、学校に上がり、集団登校があり制服を着ると、みんなと同じ時間にランチを食べ、同じ時間に帰る。さらに、社会人になると、みんなと同じルールで65歳の定年まで勤める、みたいになっていきますよね。そして、気づいたときには、自分の人生の白いキャンバスが他人に描かれているんです。そうであってはならない、自分らしく生きろと、常に親父は言っていました。

Casieのミッションは「表現者とともに未来の市場を切り拓く」ですが、上位概念であるビジョンは、親父の言葉通り「自分らしく生きる」です。人生とは表現活動であるということに、いつの間にか大人になると気づかなくなるんですよ。よく0から1を生み出すのがイノベーションと言われますが、アーティストが白いキャンバスから作品を手掛けるのは、まさにイノベーションそのものです。それをお客様に届けることで、アート作品を通じて「自分の殻に閉じこもっていたものを開けてもいいんだ」と少しでも伝えていきたいです。


投資担当者からひとこと
「絵画レンタル×サブスクリプション」のプラットフォームを通じて、「アートを気軽に楽しめる選択肢」を生み出し、アーティストが創出作品を流通できる機会を創出する、このビジネスモデルに共感しています。誰でも気軽にアートを楽しめる世の中に近づくよう、一人でも多くの方にCasie様の魅力を知っていただければ嬉しいです!(藤本 菜緒子)

インタビュアーからひとこと
起業に向けた行動、そして起業後も、明確な目的意識を持ちブレない藤本社長の姿勢は、お父様の言葉である「人生とは表現活動である」を体現しようと日々挑まれている故なのだなと感じました。人々の心に豊かさを届けるCasie、アート産業の経済成長を牽引する活躍を期待しています。

投資ファンド
イノベーションCファンド


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