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野菜のブレを楽しみながら、生きづらい世の中を変える

SDGsや環境を重視する動きが加速し、国際社会の結びつきが強くなるほど食料の安定供給リスクも表面化するなど、農林水産業においても持続可能な食料システムの構築が急務となっています。一方、農林水産省の「新規就農調査」によれば、新規就農者の3割は5年以内に離農しているというのが現実です。サスティナブルな農業を実現するため、新規就農者を事業パートナーとして事業を拡大してきた、株式会社坂ノ途中 小野社長にお話を伺うと、根底には「生きづらさ」に対する問題意識がありました。

持続可能な農業を実現するために、考え方を共有できる新規就農者をパートナーに

― 新規就農者を事業パートナーとし、彼らが手がける野菜を販売しているのはなぜでしょうか?

僕たちは環境への負担の小さい農業を広げることをテーマに事業を展開しています。国内では「ローインプット型農業」といわれる、農薬や化学肥料や化石燃料など、外部から投入する資材に依存しないような農業を広げていきたいと思っています。このようなサスティナブルな考え方は、既存の農家さんより新規で農業をやりたい人達の方が関心が高いので、新規就農者が増えていけば、日本でもサスティナブルな農業が広がっていくと考えています。しかし、経営が成り立たず、貯金がなくなったら農業を辞めていく、というケースが繰り返されています。自治体も新規就農者を増やそうと、就農まではサポートを手厚くしていますが、就農後はサポートが無いことが多く、道のりは過酷です。彼らは設備投資も機械の購入も難しいので、生産量が少量で不安定にならざるを得ないのに対して、流通企業は少量不安定なものを取り扱いたくありません。そうなると、いくら熱心に栽培技術を身に付けたところで、売り先は直売所になります。直売所では、経済的な面を重視せずに値付けし出品される方もいるので、価格面では勝負できず、いくら美味しくても売れずに残ってしまいます。こういった状況を変えるため、僕たちは新規就農者の方たちの営農ハードルを下げることもテーマにしています。

―具体的にはどのように営農ハードルを下げているのでしょうか?

現在、関西を中心に300件ほどの農家さんと提携し、そのうち9割が新規就農の方です。個人経営の方が多く、1軒1軒では少量不安定生産になりがちなものを、僕たち自らが販路となり、集めて販売するという非効率すぎることを、敢えて挑戦する坂ノ途中のカルチャーとITの力で実現しています。

具体的には、僕たちから各農家さんに栽培計画を提案してまとまった量を確保できるようにしたり、1軒ずつの状況を把握し、安定的に販売先に届けるために販売管理システムを構築したりすることで、1軒の少量不安定が致命傷にならないようにしています。また販売面では、新規就農者の品質の高い農作物を、通販の他にも百貨店や高級スーパー、ホテル、レストランなどに販売し、新規就農者の野菜をまっとうに流通できる仕組みを構築しています。

この仕組みを支えている販売管理システムは、エンジニアチームでゼロから構築しましたが、僕たちがIT化に力を入れたことで、新規就農者の方にもプラスの効果が出ています。トレーサビリティを絶対にごまかさない強い信念で実施している他、新規就農者の方にお客さまからのフィードバックを伝えることで改善ポイントを見つけていただき、より良い作物を育てる農家さんに成長してくださっています。

― 新規就農者の方の営農ハードルを下げるという点で、現状はどのような成果が出ていますか?

一昨年、総務省が実施したアンケート調査によれば、新規で農業を始めた人で「経営が成り立っていない」と回答した人は75%に及ぶのですが、僕たちの取引農家さんに同じようなアンケートを取ると75%ぐらいから「経営が成り立っている」との回答が得られました。営農ハードルを下げることに、僕たちが役に立てているのではないかなと感じています。

―もうひとつの事業「海ノ向こうコーヒー」も同じような考え方で展開されているのでしょうか?

はい、東南アジアの森林減少は大きな社会問題で、それを改善するために森の中で農業をするアグロフォレストリ―を推進し、コーヒー豆の栽培・加工を現地のパートナー企業とともに手掛けています。僕たちは栽培過程や収穫した後の発酵・乾燥プロセスでの品質向上のノウハウを提供しています。木を伐採して売ったら一度の稼ぎにしかならないけれど、森を保全してそこでコーヒーを育てたら、毎年お金が稼げるようになります。この活動は、ラオスから始まりミャンマー、中国雲南省、タイ北部、インドネシアなどに広がり、できたコーヒー豆は日本に輸入し販売しています。

わかりやすさに逃げないことで、見えてくるもの

―「野菜のブレを楽しもう」とお客様にメッセージをお届けしているそうですね。どういう想いを込めているのでしょうか
 日々の暮らしにおいて「生き物を食べている」ということを思い出してもらいたいんです。野菜は生き物なので姿にも味にもブレがあります。例えば、初夏のナスと秋のナスとでは食感も味も違う。それを季節を感じる要素として、「許容して楽しんでいきましょう」とお客様にお伝えしています。

これは、ある種、社会のリハビリでもあると思っています。世の中、人に対してブレを許容しない傾向にありますよね。

根底にあるのは、「わかりやすさに逃げない」という考えです。世の中、わかりやすい言葉を使った方が売りやすいため、そうした言葉を安易に使った結果、扱いにくいものを切り捨ててきたような気がしています。人間の感情も同じです。例えば、ジョブ型雇用。全力で走れなくなったら人を入れ替えるともとれるやり方は、人間には感情があり調子の良し悪しがある、という生き物としての性質を無視しているように思いませんか?全力で走っていないと評価が下がるなんて、すごく窮屈だし生き苦しい。人間ってそんなふうに生きてこなかったはずだと思うんです。でも人間は、遠くのものには寛容になれるので、まず遠い存在である植物のブレを楽しめるようになることで、徐々に人間のブレも許せるような社会に近づけたらと願っています。

食べる側も食べられる側も生き物だということを思い出す。そういうきっかけを提供できたらと思いながら、いつもメッセージを発信しています。

起業の原点

― 金融業界から転身しての起業ですが、どのようなきっかけで創業されたのでしょうか?

実は学生時代から農業×環境の分野で起業しようと思っていたので、短期間でお金を貯められて修行になりそうなところとして外資系の金融機関に就職しました。2年と少し働いてお金が多少貯まったところで、京都に戻って今の会社を立ち上げました。

学生時代は、バックパッカーをしていました。上海からトルコのイスタンブールまで陸路で旅する中で、いろんな生き方があると思うと同時に、現代社会の愚かさみたいなものをすごく感じました。例えば、どこの国に行っても観光地は遺跡が多いのですが、遺跡とは、その社会が滅んだ残骸なわけです。しかし、今を生きている僕たちは、現代社会がいずれ滅ぶことを、あまり想定せずに生きていますよね。そう考えると、もっと持続可能な資源循環をベースにした社会をつくった方がいいのではないかと思いました。さらに、農業というのは、まさしく自然と人との結節点であり、人間がどのように自然を捉えているかが表現される場所だと思うんです。だから、農業について、もう少しありようがあるんじゃないかと考え、起業しようという想いに至ったわけです。

社会的インパクトの最大化のために、外部から資金調達

―創業して6期目で資金調達をするようになりましたね。どういう考えの変化だったのでしょうか?

創業時、自分が知っている法人格が株式会社だったので、株式会社を立ち上げましたが、創業当初はもっとNPO的な感覚でいました。「地域で新しい農業に挑戦する人を支えよう!」みたいなことをやりたいと。だけど、3期目ぐらいから当初の方向性に違和感みたいなものを覚え、小さいことの無力さみたいなものを痛感する場面がものすごく多くなり、5期目ぐらいから小さく美しいビジネスを作るというよりも、自分たちの社会的インパクトを最大化することを考えるようになり、事業の方向性やアクセルの踏み方を変えていきました。

そして6期目で、個人の方から資金調達をしました。そこから2年おきに資金調達をしていますが、そのタイミングでFVCはじめVCの方からも資金を受け入れてきました。

―VCなど外部の資金を受け入れたのはインパクトの最大化を実現するためですか?

そうです。でも、個人の投資家かVCかは、僕たちは、あまり違いを感じていません。株主は、当然僕たちの目指す世界観に共感していることもあり、優しい方ばかりです。僕も「誰でも役員会に来てください」と言っているくらい、何でもオープンにしていますし、関係性はとても良いです。

一般的にVCが入ると成長スピードを求められると言われますが、僕たちみたいな社会課題解決を志向する事業というのは結果がすぐ出るわけではありません。様々な課題を解決する手段が事業化できてないから社会課題として残っているわけで、それを無理やり事業の形で解決しようとするのが、僕たちみたいな社会起業家の挑戦です。だから、仕込む期間、潜在的なニーズを掘り起こす期間がある程度必要です。起業して13年、少しずつ新規就農者を取り巻く環境が変わり理解が広がってきていると感じますが、年商1億円の頃と年商10億円の頃を比較して、僕の経営力が変わったかというと、相変わらずです。同じドアをずっとノックし続けてきたら、だんだんと開いてきた、みたいな感覚ですね。

社会課題を解決するために、常識ではないことに挑む

― 創業から13年、どんな道のりだったでしょうか?

予想外のことばかりで、予想通りだったことがないです(笑)ただ、僕はずっと、農業がサスティナブルな方向にシフトするためには、日本においては新規で就農する人たちが希望の星なんだと言い続けてきました。また、農水省が「みどりの食料システム戦略」を打ち出し、2050年までに有機農地を25%にすると掲げるなど、よりサスティナブルな農業へシフトしようという声がだんだん強くなってきているというのは思っていた通りです。その加速のために僕たちが多少でも貢献できたらと思ってやってきました。

それから、新規就農者に対する偏見を打ち破りたいと思ってきました。農村では、新規就農者は、すぐ離農すると思われています。僕たちもよく「新規就農者の野菜を売ってたら不安定で大変だろう?」と、度々ご心配を受けてきました。しかし実際は、新規就農の方々の技術レベルが高いので「おかげで楽して販売できてますよ!」とお答えしています。事実、新規就農者の野菜をサブスクで販売していますが、値段が高くてもお客様の離脱率はものすごく低い。そうした事実を農村のご意見番みたいな方に知っていただきながら、新規就農者の方に対する偏見をなくしてきました。これは「海ノ向こうコーヒー」事業でも一緒です。東南アジアは、コーヒー産地として決して主流ではありません。コーヒーと言えば、ブラジルやコロンビア、エチオピア、ケニアなどです。でも、東南アジアでも発酵や乾燥などの1つ1つのプロセスをきちんと管理すれば、ものすごく美味しくなります。実際、日本で販売してみると、「東南アジアのコーヒーなんて、雑草みたいな豆なんだろうと思っていたのに、ものすごく美味しい!」と、好評をいただいています。

野菜もコーヒーも、常識ではないことを仕掛けているという点は一緒ですね。

―今後、地域や社会に対して、どのような役割を果たしていきたいですか?

社会が持続可能な方へシフトしていくよう、僕たちのビジネスを通じて「こっちの方が、サスティナブルだし、自分達も人間も呼吸しやすいでしょ」と、発信していきたいです。

もうひとつは、社会課題解決に挑む企業でも、VCから資金調達しながら事業を伸ばしていくこともできる先例になれたらと思っています。社会課題解決と向き合うことは、ものすごいタフなことですが、戦略性をもって、じっくり時間をかけてやれば、事業として伸ばしていくことができます。まだ、日本ではそういう企業は少ないと思うので、その先例となれるように頑張っていきたいです。


小野社長の"大切にしている言葉"
「生態系は全ての単位が大切だ」
ある生物学者が話されていた言葉です。小さい生命も大きい生命も、物質の循環も大小ありますが、どっちが大事ということはないですよね。それぞれの循環が相互に作用していることもあります。これは、仕事をしていく上でも大切な考え方だと思っています。小さいプロジェクトを綺麗に立ち上げることと、大きなプロジェクトを作っていくこと、どちらも同じように大事で、扱っている金額の大小は人間の価値を意味しない。大きい話題だけ大事にしているようでは、持続可能な社会にたどり着けるとは思えない。だから、僕たちは全ての単位を大事にしたいと思います。


投資担当者からひと言
小野さんの事業に対する想いは、大変熱いものがあります。この記事を読む前と読んだ後では、きっと「海の向こうコーヒー」は異なる味わいがすることでしょう。想いを知ったからこそ、ひときわ味わい深くなる。そういう体験が得られるはずです。そう思うと、坂ノ途中さんの野菜とコーヒーをより美味しく味わっていただくために、私たち支援する側も、もっともっとこの事業と小野社長の想いを周知していかなければと、今強く感じているところです。引き続き精一杯応援させていただきます。(本田 哲也)

インタビュアーからひと言
環境負荷の小さい農業を広げるため、新規就農者の活躍が欠かせないと語る坂ノ途中の代表小野さん。新規就農者一人一人のモチベーションが途切れないように支えるメンターのような存在であるかのようでした。「野菜のブレを楽しもう」というメッセージをお客様にお届けしているお話から、私たちは単なる消費者ではなく、選択者なのだと思わずにはいられませんでした。

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