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推しに対する感情は、身勝手な片想いかもしれない

先日推しが卒業を発表した。

いつかは向き合うことになるのは推し始めた時から分かっていたし、年齢的にもキャリア的にも、その日が訪れるのは遠い未来ではないだろうとも思っていた。

だがしかし、いざその現実を目の前にした瞬間は動悸が激しくなり、全身からブワッと汗が吹き出すような感覚に襲われて普通に体調が悪くなった。

何度も推しの卒業発表ブログを読み返し、脳内で文章を繰り返す。たまに声にも出してみた。「推しの卒業」という事実をインプットするまで30分ほどかかった気がする。インプットしても受け入れることはまだできそうにないというか、現実味が湧いてこない。

その子を初めて認識したのは、所属するグループのライブ円盤のCMだったと思う。「あーこれが噂の」くらいにスルーできれば良かったのかもしれない。でも、数秒映ったその子の表情に引き込まれ、気づけば軽率にAmazonでポチっていた。

過去にも女性アイドルを何組も推していた。自分の財力に見合った応援をしていたつもりなので、ツアー全通とか、出ている雑誌全部購入とか、CD数十枚積むとかはやってなかったけど(それでも毎回10枚くらいは積んでた気もするけど)、たまに遠征してたし、それなりにお金は使っていた。

これはどの界隈のオタクも同じだと思うけど、お金の価値はそれぞれのオタクによって異なるし、自分はその消費した金額以上の幸せをもらっていたので後悔はしていない。食費を削るとか、生活困窮者になるようなお金の使い方は避けて、推しは大切だけど自分の生活も守りつつ、できる範囲で全力でオタ活を楽しむのをモットーにしていた。それは今のスタンスとも変化はないと思っている。

まぁ、莫大な資金を持っていたら推しの所属会社の筆頭株主になっていたかもしれないけど。

ただ、いろいろなことがあって当時推していたアイドルから徐々に離れていき、同タイミングくらいでジャニオタおじさんと化していったので、女性アイドルを推すのは少しだけブランクが空いていた時期でもあった。

自分がその子を、そしてそのグループを推し始めた時期はかなり最近で、コロナが蔓延し始めたくらいのタイミングだったと記憶している。気になって色々と調べていくと彼女たちの大変な(それは想像でしかないけど)境遇を知ることになった。世間が暗くなっていく状況下、自分は今この子たちを推し始めると高確率でメンタル削られるなという予感はあった。でも、もう目を離せなくなってきてしまった。

気づけば過去映像を漁りまくり、手に入れられるライブ円盤はAmazonでポチり、特典映像が気になればシングルにも手を出した。

毎週あるレギュラー番組は欠かさず見て、ファンクラブに入り、それ以外のサブスクコンテンツも課金した。普段全くやらないソシャゲにも手を出し、推しのSSRがなかなか出なくて少し病んだ。

でも、楽しかったと思う。楽しむことができなかったら、早々に離れていた気がするから。

ファンになってから初めてのライブが開催されるという発表を受けて、胸が高鳴った。コロナのせいでオンライン配信だったけど、生でパフォーマンスを見れるなら全然良かった。

正直な話をすれば、ファンになるきっかけとなったライブの円盤を見た時、自分にはあまり刺さらなかった。要所要所で目を引く部分はあったけれど、過去に推していたグループのパフォーマンスが圧倒的だった分、他グループはこんな感じなのかなと思ってしまった。

でも、初めて生で見た配信ライブはそうではなかった。配信ライブという形態がまだ普及し切る前だったことも新鮮さを感じる部分ではあったけれど、彼女たちのパフォーマンスも演出も、今できるエンタメの届け方を模索した結果を見ているようで終始熱意のようなものを感じた。

そしてライブ終盤にグループ名を改名するという衝撃の発表を受けて一度気を失いかけたのだが、どんな形であれ、彼女たちが「アイドル」という困難な道を歩み続けてくれることに感謝した。

2日間開催された改名前のラストライブ。特に1日目に関しては、配信ライブという形における一つの到達点なのではないかと思い感動で震えてしまった。少しでも彼女たちがこのグループ名で活動しているときにファンになれてよかったと心から思えた瞬間でもあった。

休業期間を挟むのかと思っていた彼女たちの活動は改名直後から始まり、シングルの発売イベントとしてオンラインではあるが、推しと対面することになった。久しぶりの感覚だった。ゲロ吐きそうなくらい緊張したのは。

リアルタイムで喋る推しメン。自分の声が推しの耳に届いてしまうという申し訳なさ。耳悪くなったらどうしよう感。イケメンじゃなくてほんとごめんなさい、でもこれでも頑張って小綺麗にしてきたよという思いが頭を駆け巡る。と、同時に本当に存在していたという当たり前なことだけど、自分にとっては大きな確認作業(という言い方が正しいのかわからないけど語彙力ないから許して)ができて幸せな気持ちになった。

念願叶って有観客ライブが開催されたのが2021年の夏。生で見ることができた推しの姿に涙が出そうになった。

秋からはツアーも始まり、2日間も参戦できた。翌々月には結成1周年のライブにも参戦できて、2021年はオタ活的に辛いこともあったけど、彼女たちのおかげで楽しいことも多い1年にすることができた。

メンバーによっては自分と10以上も年齢が離れている。そんな女の子たちを応援している自分は俯瞰すると気持ち悪さも感じるし、言ってしまえば赤の他人の一挙手一投足にわーきゃーなっているのはいかがなものかと思う。

決して恋なんかではない。と思っているが、誰かと付き合って別れるたびに「恋とは?」状態に陥っているし、最近しつこく連絡してくる人からは「お前は人を好きになったことがないから私の気持ちがわからない」などと言われた。

いや、そんなことはない。と思いたい。

片想い(それは恋とかそういう意味ではなく)という状態が多分性に合っているのだろう。見返りは求めていない。楽しくて幸せ多めな人生を送って欲しい。アイドルを辞めてからの人生の方が長いから、今までアイドルでいてくれるために犠牲にしてきたものを、それ以上なものをこの先得られることを願っている。

でも、多分アイドルを辞めてからの推しのことは、今までと同じように応援できないと思う。アイドルである推しを好きだったから。アイドルでいてくれる推しが好きだったから。こんな身勝手な感情を恋と呼ぶのはどうかと思うのだ。

まだ正式にいつまでの活動なのかは発表されていないけど、推しがアイドルでいてくれるリミットは刻々と迫っている。オタクとして、どう向き合えばいいのかはわからない。でも、1ミリでも1ミクロンでも、私があなたと出会えて幸せだったことが伝わるといいなと願う。

結局何が言いたいのかわからない文章になってしまったので、公開せずに破棄しようと思ったけど、気持ち悪い感情のアウトプットとして晒しておくことにする。

いつかドルオタじゃなくなる日が来るかもしれないけど、オタクでいた日々のことは死ぬまで覚えていたいし葬式はアイドルソングかけまくって欲しい。念仏唱えてもらうより、そっちの方が綺麗に逝ける気がするから。

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