13万の絵が510億『最後のダ・ヴィンチの真実』
アートの価値は誰がどのようにして決めるのだろうか。そして価値と値段は比例するのか。
限りなく正解ではないが、その回答へと通じる道が本書にはある。まず作品の価値は、総じて簡単にこれが原因とは言えない。アーティストの推進力も然り、コレクターが貴族など高い地位である場合も関与するし、批評家やギャラリーなどからアートの歴史上すでに価値があると判断された作家がどの経緯で描いたものか、なども複雑な要因が絡まり決定する。ビル・ゲイツが所持するレオナルド・ダ・ヴィンチのレスター手稿などは、英貴族レスター伯爵、米石油王アーマンド・ハマー氏の手に渡り、最終的に1994年にビル・ゲイツ氏が3080万ドルで購入した(約28億4000万円 )。本物のダ・ヴィンチの作品ともなれば、値段は10億を超えてくる。そして偽物については、通常は論外である。
本書での物語は、美術商のロバート・サイモンらがキリストの肖像画「サルバトール・ムンディ」を、当初わずか1175ドルで購入したところから始まる。当時はダ・ヴィンチの贋作が世に出回っている状況下だった。1500年頃に制作されたこの小さなキリスト画を購入し、1649年のイングランド王チャールズ一世処刑後、20世紀にアメリカの美術愛好家の手に渡り、再び表舞台に登場するまでを追ったノンフィクションである。
著者は美術評論家であり、ドキュメンタリーフィルムの制作者でもある。そのため調査はイギリス国内だけでなく世界中の国にまたがり、画商・修復家・コレクター等あらゆる関係者にインタビューを試みている。
サイモンと共に美術界の最下層にいた男、「サルバトール・ムンディ」を共同購入したアレックス・パリッシュも個性的すぎる逸材だ。彼はとにかく絵を探しまくる生活をしていた。1日14時間、全米の競売会社からのデータベースをチェックし、ひたすら画像をクリックする日々。本書の中でも「自分が把握できていない絵を1枚でもこの国に流通させてはならないと思いました」と、気概に満ちたコメントをしている。
サイモンとパリッシュは、「サルバトール・ムンディ」 を真作と疑わなかった。その価値を高めるため、調査から証拠集めへと手段を選ばず動いていく。この情熱こそ、アート作品の価値が上昇するキッカケとなるのではないだろうか。
だが作品自体は状態が良いものではなく、サイモンとパリッシュは修復家のモデスティーニに依頼する。それでも「サルバトール・ムンディ」の修復に1年以上費やしたが、彼は人物の口元を修復している途中、ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」との共通項を見つける。2つの唇を見比べているとレオナルド本人以外、こんな風に描く人がいないことに気づく。そして幸運は重なる。その後、チャールズ1世がダ・ヴィンチの「サルバトール・ムンディ」と思われる絵画を一枚所有したという記録を見つける。この繋がりから「サルバトール・ムンディ」はチャールズ1世、チャールズ2世、ジェームズ2世まで保有してたことが発覚し、作品の価値は一気に最高水準にまで高まる土台が出来上がった。
本書で驚くのは、こうした流れが完全なミステリー風の構成になっていることだ。アートへの愛が強すぎる人物や、尋常ならざる野心家など登場人物の強い個性が絡まりながらも、その調査が進むうち「サルバトール・ムンディ」がレオナルド本人の作品だという確証に近づいて物語は進む。
そもそも本当にダ・ヴィンチの真作なのか。長年行方不明だったその名画はどこからきたのか。そして最終的に落札したのは誰か。謎に包まれ、世界が注目した『男性版モナ・リザ』を巡る一級品のドキュメンタリーだ。
※信濃毎日新聞 2020年11月7日号より加筆して掲載