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ちゃんと魅力のないものにする 『本の読める場所を求めて』全文公開(37)

第7章 穏やかな静けさと秩序を守る
㊲ ちゃんと魅力のないものにする

店をやっていると、来てくれた人全員に悪い印象を与えたくない、というふうにえてして思ってしまいがちだ。誰に対してであれ、悪い印象を与えることを恐れる気持ちがどうしても生じる。しかし、目指す状態をしっかりと眼差し、それに沿って正しく振る舞うことによって、たとえ誰かの機嫌を損ねることになったとしても、気にかけないようにするべきだ。必要なのはすべての人に喜んでもらうことではなく、後悔のない、正しい振る舞いをすることだ。
「読書をする場には良いと思います。しかし、PC作業は別です。タイピングの音や、マウスのクリック音まで店員さんに指摘されてました」(星1つ)。かつて書かれた口コミだ。これはタイピング禁止以前のもので、「ガチャガチャしたタイピングやマウスの連続的なクリックは耳に響くのでご注意ください」という決まりだった。気をつけることは要求されつつも、できてしまうならば、こうやって文句の余地も生じる。もっとちゃんと、関係のない人にとっては魅力のない店にしなければいけない。読書ができる場を求めている人以外にとって、はっきりと不便でなければいけない。メリットがないようにしなければいけない。協力してもらういくつかのルールも、料金システムも、その一面として、関係のない人をきちんと無力化するとともに、この場所で過ごすことを選択する理由をなくしてあげるためのものとしてある。
それを貫徹することによって嫌われたとしても、好いてもらいたい人に好いてもらうための強度を上げるほうが重要だし、訴求対象ではない人の顔色をうかがうことで快適に読書をしたい人たちの満足度が薄まってしまっては、もう、意義がない。
また、不便さは、稀にだが思わぬ副産物を生むことがある。「そんなつもりはなかったけれど、しゃべれないんだったら/仕事ができないんだったら、本を読むか」となり、思ってもみなかったナイスな読書時間を過ごしていく人もいる。「はいはいどうせカフェ好きのインスタ目的でしょ」と思っていた二人組が(ひどい偏見)、その場で制約を飲み込んで、しっかりゆっくり無言で本を読んで過ごして帰っていくみたいなことがあると、「ものすごい柔軟さだな」「どうやったらそのコンセンサスが取れるんだろう」「強固な関係すぎるだろ」と感嘆する。これも、ルールが「会話は控えめに」であったら起こり得なかった場面だ。

ところで先ほどの口コミはこう閉じられている。
「いつまで、このコンセプトを突き通して店として存続することができるのかが、気になりますね」
まあ、難しいでしょうけど、すぐにコンセプトの変更を強いられるか閉店を余儀なくされるでしょうけど、と暗に言っているこの文章を僕はずっと覚えていて、折に触れては思い出し、「突き通すどころかもっと尖ったよ?」「まだ存続してるよ?」「なんなら次の店も出したよ?」と思っている(根に持つタイプ)。


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