ルールを定める 『本の読める場所を求めて』全文公開(33)

第6章 店を定義する
㉝ルールを定める

「自然派ワインと豊富なヴィーガンメニューを取り揃えたカフェ&レストラン」
「下町の雰囲気が溢れる、座敷席と掘りごたつ席を備えた一軒家のうなぎ料理専門店」
このカフェ&レストランに焼き鳥と焼酎を求めて行く人はきっといないだろうし、このうなぎ料理専門店に季節のフルーツをふんだんに使ったパフェを求めて行く人はきっといない。期待値は適切にコントロールされている。ミスマッチが起こる要素があるとしたら価格帯くらいだろうか。店の根幹にかかわるようなミスマッチにならないのであれば、コンセプト以上の説明は必要ない。しかし「本の読める店」の場合はそうはいかない。
「「今日はがっつり本を読んじゃうぞ~」と思って来てくださった方のための、穏やかな静けさが約束され、心置きなくゆっくり過ごしていただける、「本の読める店」」
こう掲げただけでそのままにした場合、どうなるか。こうなる。

その1。
え~~~! なになに~~! 「本の読める店」だって~~~! パシャリ! めっちゃ、めっちゃいい感じのカフェかな~~~! え~~~! やだ~~~~! めっちゃ、めっちゃいい感じのカフェだった~~~! パシャリ! めっちゃ、めっちゃ本あるしみんなめっちゃ本読んでるウケる~~~! パシャリ! それでね、さっきの続きなんだけどベラベラベラベラ!!
(すいません、少しお静かにしていただいてもいいですか?)
めっちゃ、めっちゃ注意された~~~~ウケる~~~~!! ゲラゲラゲラ!! パシャリパシャリパシャリ!! それでね、さっきの続きなんだけどベラベラベラベラ!!!!

その2。
お、「本の読める店」、っと。穏やかな静けさが約束され、心置きなくゆっくり過ごしていただける、っと。これは仕事が快適にできるカフェと見て間違いなさそうだぞ、っと。ほう、本当に静かだ、これは、うってつけだぞ、っと。コーヒーも頼んだ、仕事を開始。パソコンを開いて、電源とマウスをつないで、WiFiチェック、よし、っと。資料を広げて、ペンを用意して、黒、赤、青、マーカー、ぬかりなし、っと、さて。
バチバチバチバチ!! バチン!!!! コチコチコチコチ!! カチンカチンカチンカチン!! コロコロコロ~~~!!!! バチン!!!!!!

この通り、容易に壊される。読書がそうであるのと同じように「本の読める店」という存在もまたフラジャイルで、コンセプトを掲げるだけでは極めて簡単に、店が訴求しようとしている対象の外の人たちに対しても訴求してしまう。店がどれだけ「本を読みたい人のための場所なんです」と涙声で言い張ってみたところで、「とはいえ、おしゃべりだって別に構わないんでしょ?」「とはいえ、仕事をしたって大丈夫でしょ?」「なぜなら、普通の店はそうだから」と、幅を持って解釈されてしまう。そしていとも簡単に、「本の読める店」ではなくなってしまう。
それは「本の読める店」がまだ市民権を得ていない概念であり、また、一見するとカフェのようだからだ。なんのことかよくわからなくて、そしてカフェっぽかったら、それはもう、カフェだ。こうだ。
「『今日はがっつり本を読んじゃうぞ~』と思って来てくださった方のための、穏やかな静けさが約束され、心置きなくゆっくり過ごしていただける、『本の読める店』」
(なんかごちゃごちゃ言ってるけど要はカフェ)

やむをえない。しかしそこで諦めてはならない。明確なルールを定めれば解決できるのだから。
ルールを定めることはまた、ミスマッチを防ぐためだけでなく、コアターゲットである、本をがっつり読みたくて来てくれた人の幸せを最大化するためでもある。ルールがあることで手に入れられる自由がある。




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