第三滑走路12号を読みました

【連作】
青松輝「lyrical winter」

死んでしまった誰かのためにくちびるに歌を(わたしには救急車を)

対比。歌われるしかない誰かとは違って、わたしはまだ間に合うから、助かるから、救急車(的なもの)を斡旋してください。
わたしが瀬戸際にいることはわたしにしかわからないんですか? 救急車って自分で呼ぶしかないんですか?

あらかじめ与えられている喪失の、僕の喉のバイブレーション機能

有声音と無声音。ごく私的な、自分だけに届くような完全なささやきでは喉は震えないんです。他者に届けるための声には声帯の震えが必要で、受け入れられるかどうかもわからない発話にどうしようもなく意思がついてまわる。喪失の、最後に絞りだす声は、果たしてどちらなんでしょうね。

寂しいのと眩しいのってものすごく似ていて僕の影に薔薇の影

僕の身体に薔薇の影が落ちる。見上げればそこに薔薇がある。
地面に影が落ちている。僕と薔薇は濃淡の違いなく混じり合っている。別々の存在なのに。
光が眩しいほど影が濃くなるって比喩でも言われますけど、こんなに一体化しているようで僕と薔薇は決定的に異質なもの同士です。それって寂しいですよね。
憧れはそれだけで尊い感情のようだけれど、僕は薔薇を眩しがっているだけではだめなのかもしれない。

街頭の、泡沫候補のスピーチ。愛はいつも、腰のところで歌う。

無所属の、あるいは名前をかろうじて知っている政党の人がいて、泡沫候補だとわかる。そもそも街頭のスピーチなんて、わざわざ聞きに来たのでなければ誰がやっていても同じはずなんですよ。なのに泡沫候補だなんて認識をしてしまっている。そうすれば安心してスルーすることができるから。彼を泡沫候補にしているのは自分だ。
自分が愛を歌うとき、どうしてもどう見られるかを気にしてしまう。聞かなくてもいいと思われているかもしれない。自分がそうしているように。それでも逃げてはいけないと思うから、地に足をつけて、身体に力を入れて、歌わなければ。

少年兵のようにこわれる夏の白いフェリー……そして僕にマイクをくれ

壊れていくさまざまなものを前にして、僕は何を話すことができるんだろう。誰もがマイクを手に取る資格をもっている。それでも、声を広げることを恐れている。マイクを持った時点で、大きな独り言とは一線を画してしまうから、その言い訳のできなさを受け入れることを恐れている。
沈んでいくフェリーをみんな見ているのかもしれない。でも、言わなきゃわからない。海に消えて無かったことになる前に、言葉を間に合わせなければならない。


丸田洋渡「Spill over」

振り子のように君が窓辺にやってくる その度にまた涙がでてくる

感情はそんなに規則的なものではないはず、って思っているのはそう思いたいだけかもしれない。特定のシチュエーションに導かれるようにでてくる涙のことをそんなに冷たく言わなくてもいいのに。泣いているというより泣かされているということに自覚的なら、「その度に」というのは、誇張なしで毎回であってほしい。

名作だ名作だといってあなたは囃し立てるだけ それだけでいい

意地悪ですね。「それだけでいい」なんて言っているのは、それしかできないと思っているからでしょう。「良い」ではなくて許しだから、いつでも見放すことができる。
親切ですね。「囃し立てる」という語の選択で、マイナスな感情を伝えてくれようとしている。この人に失望されたくないって思いあっているような関係が理想なんじゃないんですか?

喩えない 生ぬるい霧のトンネルで垣間見るあなたの二面性

第三滑走路10号の「美しいともだちの唯一の瑕疵それだけは誰にも伝えずに生きてきた」もそうですが、自分だけが知っていればよいことってある。安易な喩で言ってしまうぐらいなら、見たそのままを記憶に留めておきたい。二面性を垣間見るというのは、別に二重人格だったとわかるというようなことではなく、今まで見ていた「あなた」があなたの一部分でしかなかったとわからされるようなことなんだと思います。

だんだんと地球が胚に見えてくる もうひとときも目が離せない

動物か植物かはわかりませんが、胚のように全体がダイナミックに変化していくような視点を地球に対して持っている。らしい。「目が離せない」って観測者の立ち位置で、まるで映画でも見るように。そういえば胚が形になっていくところはコマ送りでしか見たことがありません。

魔法みたいな虐待だったんだ 傘もひっくり返せば水が貯められる

物は使いよう。雨を避けるための傘に、水を貯めるようなやり方がある。意図を持ってすれば、それが目的になる。水を貯めるためなら手段は問わない。
直接的な暴力ではなくても人を虐げることはできる。謝らせるための無視や放置、逃げないようにするための優しい言葉による支配。魔法はグロテスク。


森慎太郎「パンサーへ好奇心を向けると」

口に入れた瞬間とけてなくなって詐欺かと思った パンケーキなのに

いわゆるTwitter構文的な、「詐欺かと思った」という言い方が、「パンケーキなのに」とわざわざ補足することで味わいを増している。本当にパンケーキを詐欺と間違えたような言いぶりがシンプルに面白い。

ひらめきを試すクイズができるとき心にはゆっくりとひらめく

「作る」ではなくて「できる」なのが面白かった。ぼんやりと端から解像度が上がっていくような感覚、それを「ゆっくりとひらめく」と言っている。そうなんだ。正解があるとわかって解こうと考えるのと、うまくいけば筋道が通るかもしれないと模索するのとでは頭の働き方が違うのはなんとなくわかります。

シャンプーはリンスの仲間 ピーマンはパプリカの親戚 目をみなよ

ありますね、こういう言い方。仲間とか親戚とか、人間の関係の語彙を適用してわかりやすく言うやつ。お友達、相棒、キャッチ―な……。本当に? と改めて問われたとき、へらへらするか一旦立ち止まって考えるかというのを試されている気がする。

風媒花 言ってもらえるうちが花 ずっとごまかしてきた真剣さ

風には感情がないから、他の花と違って鳥や虫のために身を飾る必要がない。ただ機会を待っていればいい。
「あなたを見込んで言っているんだから。適当に受け流しているようじゃ誰からも気にかけてもらえなくなるよ」という声。でもあなたに評価されたいわけではないから、と唱えていたけれど、いつ風が吹くのかわからない。このままずっと風が吹かず、立ち枯れていくだけだったら? ごまかしているだけなんだということは、ずっと気づいていた。

一生ぶん花火見上げて見終わった残りの夜みたいだ(伝わるな)

伝わるなって言われている。比喩は基本的によく伝えるためにあるもので、わたしもそのつもりで読んでいるので、伝わるなって言われても困ってしまいます。最初から伝える気のない難解な比喩を出すってやり方もあるのにね。でも、伝わるなって言っていることは受けとめました。
こうやって、全部自分に言われていると思うのってやめたほうがいいですか?

【自由研究】
青松輝「「lyrical winter」制作ノート」

先の連作一首一首についての文章。いわゆる元ネタ的なものも明かしていますが、読者はそれを初めから知っていなければならないということはなくて(「POISON」ぐらいはそれを想定している気もしますが)、そうなんだなあと思って見ればいいんだろうと受け取りました。
悩んでいて怖がっていてかわいそう。この人が苦しむと良い短歌ができるなら、たくさん苦しんでほしいです。みたいな露悪を言いたくなってしまいます。だって苦しんでいるのを許してほしくて書いているんじゃないんですか?
ここに書いてしまったら初読の味わいがなくなってしまうと思うのであえて引用しませんが、この感想noteを書いたのは最後の文章に触発されたからです。まだ出していない方はぜひ読んでくださいね。

丸田洋渡「Little and Riddle」

短歌と推理小説のリドル・ストーリーを関連づけた文章で、短歌の中で明言されていない部分(=謎)について丁寧に書かれています。
引いている歌が良くて、と言いつつ、歌集の中でこの歌たちがあっても自分がここまで立ち止まって考えられるかわかりません。謎がある歌って、つまり他の短歌では核になるような特徴的な名詞を避けて作られている構造なので、派手ではないことが多いと思います。だからこそ、キャッチ―で消費しやすい短歌と対比させる形で置いているんでしょうけど。文章の締めの部分を読んで改めて考えさせられました。

「三十一音しか用意されていない中で、ものすごく複雑な物語を構築しろと言われても無理な話で、砂場で教会を作れと言われているようなものである。それが作れたとしても、砂場レベルの教会であって、本物の教会にはなかなか敵わない。」
ここ、にこにこしてしまいました。

森慎太郎「クイズの問題文における「私」の欠落」

面白かった! 私はクイズについて詳しくないんですが、競技クイズにおいて問題文に独特の型があることはなんとなく知っていて、それが短歌と絡めて解説されていたのが興味深かったです。
「出題者の私」を利用したものとしてふくらPの問題文を引っ張ってくるセンス良かったな~。例示が適切な文章はそれだけで好きになってしまいます。
正直序盤の短歌と一人称の話の部分は、慎重というか腰が引けている感じがあったんですが、自分の感覚として書けるところを探って書いているみたいで好感が持てました。

図らずも(?)短歌における欠落を「読者に託された謎であり、余韻を作る方法」として考察した丸田さんと、「クイズ(答えが一つに定まるもの)」として考える森さんのそれぞれの文章が読めたのが良かったです。

第三滑走路の活動が続いていることがとてもうれしいです。感想って伝えなきゃ伝わらないらしいので書きました。
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