見出し画像

「雨の日は振り返るな」:3

■ 前書き

 サムネイルはみんなのフォトギャラリーより、屋根裏様の写真をお借りしました。

 カクヨム「5分で読書」短編小説コンテストにて、「通学路、振り返るとそこにいる(ホラー)」というカテゴリーへの応募ですので、一応ホラーということになっております。
 怖くはないです。

 全文を一気に掲載すると非常に読み難かったので、分割しております。

カクヨムでの掲載は「雨の日は振り返るな」にてご覧頂けます。

■ 本文

    3

 ヒロヤは街路に立っていた。四辻の真ん中に立っている彼からは、四方に伸びた道の先までよく見える。
 道の所々には掘割が並行して走っていた。そして掘割に沿うようにして家屋や田畑が存在している。
 まるで掘割に合わせて町が作られたように見えた。
 水がないと人は死ぬ。
 だから水に合わせて町を作ってきたのだと、ヒロヤはなんとなく思った。
 彼は自分が何か握っていることに気付き、掌を開く。そこには小ぶりの鍵がある。鈍色のそれをどうにかしなくては、と思い立ったヒロヤは歩き出した。
 足は自然と通学路へと向かう。
 確信も何もない。ただ、それが当然のことだと感じられる。
 掘割に沿って歩くうち、彼は小舟が幾艘か溜まっている場所を見つけた。これに乗っていこう。ヒロヤは当たり前のように決断し、掘割に切ってある石段を下る。
 小舟は船頭もいないのにするすると音もなく、ヒロヤを乗せて文字通り滑るように動き出した。
 景色が後方に流れていく。
 微かに頬に触れる風を心地良く受け止めていると、船が微かに軋んだ音を立てた。それは停止する合図だったのか、小舟は掘割に切られた石段の横に腹をつけている。
 ヒロヤは躊躇うことなく小舟を降りると、再び歩き始めた。
 通学路を多少遠回りする格好になったが、それでもヒロヤは自分が目的地に辿り着いたのだと理解していた。
 彼が足を止めたのは、一軒の邸の前である。
 立派な門扉には錠が降りていた。ヒロヤは手の中にあった鍵を使い、鍵を開ける。抵抗なく門扉が解放された。
 門扉の奥には整えられた前庭があり、季節の花が咲いている。飛び石の先にはしっかりとした玄関があった。もう手の中に鍵はない。屋敷の中に入る手立てはないだろう。仕方なくヒロヤは中に入ることを諦める。
 前庭をぶらぶらと散策していると、庭の片隅に掘割を引き込んだ流れがあることにヒロヤは気づいた。水路の傍には水芭蕉が数株咲いている。
 水面がどうなっているのか。ヒロヤは興味を抱き、歩み寄る。
 ささやかなその流れを覗いていると、水底にちらちらと蠢いているものがあると気づいた。ヒロヤは、それに触れようと流れに手を伸ばす。
 おや、とヒロヤは疑問を抱いた。ちらちらと蠢いた何かが、鏡写しのようにヒロヤに向かって手を伸ばしてくる。
 ――ああ、あれは。
 そう思って目を瞬いたとき、文字通りの一瞬で目に映る景色が切り替わった・
 鼻の奥に水の臭いが残っていた。
 けれど目に映るのは見慣れた天井だ。
 掛け布団を体の上から剥がし、ヒロヤは立ち上がる。
 夢だ。しかも飛び切り奇妙な。
 眠っていたのに、寝た気があまりしない。
 ぼんやりとしたままヒロヤは学校に行く準備を終え、家を出た。
 空模様は相変わらず悪い。
 けれど傘は学校に忘れてきてしまった。降らないといいな、と思いながらヒロヤはいつもと同じ通学路を歩く。
「あっ」
 昨日と同じ場所にクラスメイト達が溜まっている。
 どうしたのだろうと疑問に思ったが、ヒロヤはそのまま通り過ぎることにした。雨がいつ降るかもわからない。
 それでもヒロヤは横目でクラスメイト達を見る。別に興味がないわけではないのだ。
 ちらりと見たクラスメイト達は廃屋を前に、なにやら話し込んでいる様子である。彼らの奥には微かに傾いだ門扉があった。
 ぼんやりしていたヒロヤは、頭から水を掛けられたような心地になる。
 あれは――、自分が明けたのだと奇妙な確信があった。
 ごくりと唾を飲み、知らず知らずのうちにヒロヤは足を止めてしまう。早く立ち去りたいのに、体は動かなくなっていた。
 そんな彼に気付いたクラスメイト達が一斉に振り向く。
 しばらく双方が無言で視線だけが行き交う。
 ぽつっとヒロヤの鼻の頭に雨粒が落ちてきた。
 それが機会になったのか、クラスメイトが一人前に出る。昨日ケンちゃんと呼ばれていたクラスメイトだ。
「お前」
 また、ごくりとヒロヤは唾を飲んだ。何を言われるのか分かったのだ。
「これ、開けたろ?」
 言葉自体は疑問形だ。だが、声音には確認の意志がはっきりと感じられる。
 どうして。夢の中の出来事のはずなのに。ヒロヤは頭の中がぐらぐらと揺れている感じがした。
 ばちゃん。
 廃屋の奥から、水の跳ねる音がした。
 雨脚がじわじわと強くなる。
 ケンちゃんはぐいとヒロヤと肩を組む。有無を言わさない強さだった。
 そのまま他のクラスメイト達が彼らを取り囲むようにして歩き出す。
 事態についていけないヒロヤは混乱して、口を開こうとした。しかし、ケンちゃんは自分の口の前で人差し指を立て、ヒロヤを制した。
「お前は喋んな」
 ちらちらと視線を走らせればケンちゃんだけでなく、他のクラスメイト達も真剣な顔をしている。その様子があまりに怖く、ヒロヤは黙って頷くことしかできない。
 ぱたぱたと雨があちこちを叩く音がさらに強くなっていた。
 けれど、それ以外の音もはっきりしている。
 昨日の雨でできた水溜まりを踏む音が、遠く、近く、彼らの周りにある。
 それはついてくるのだとヒロヤは咄嗟に理解した。だが、何がついてくるのか一向に分からない。無性にヒロヤはケンちゃんの手から逃れて背後を確認したい衝動に駆られた。
 ヒロヤが首を動かす。
 するとケンちゃんが肩を組む力が一層強くなる。
 ぱちゃん。
 ぴたん。
 したん。
 水が跳ねる音が、水の滴る音が、水の打つ音が、背後からヒロヤ達についてくる。
「なあ、いいか」
 ケンちゃんが耳元で囁いた。
「雨の日は振り返るな」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?