眼鏡に目を合わせていく
もう随分と前から視力が怪しくなっていて
騙し騙し、市販の安物で誤魔化していたのだけれど
細かい作業をしているとどうにも目が疲れてしまって
やはりきちんと視力に合った自分だけのものを用意した方がいいのでは…?
と思い立って、数か月前に眼鏡屋に足を運んだ。
綺麗に並べられた色とりどりの眼鏡に近づいていくと直ぐに
マスクをしていても分かるほどにこやかに笑みを湛えた店員がやってきて
「何かお探しですか?」と話しかけてきた。
そう、今日は明確に『眼鏡を買おう』と思って来たので
この声掛けに即座に反応する。
「細かい作業がよく見えなくて目が疲れるので、丁度良いものを探している」
と応えると、ほぼ同じ年代と思われるその女性店員の目が
心なしかキラリと光った気がした。
”冷やかし”では無い、プロの手ごたえを感じたのだろう。
彼女は滑らかにお勧めの陳列棚まで私を導いて
「こちらもお似合いになりますよ」と、次々に商品を並べて見せてくる。
私はその度、新しい眼鏡を手に取って、目の前の鏡を覗き込んでみる。
ほんの僅かな曲線の違いで、こんなにも印象が変わるものかと驚きながら
何度目かに覗き込んだ鏡の中に(これ、いいんじゃないかな)と満更でもない自分の姿を見つけた。
少しレトロな雰囲気を持った細いフレームの眼鏡は
ほんの少し、さり気なく個性的だった。
「これにします」
店員は大げさなくらいに大きく頷いて「とても素敵です!」と私か眼鏡かを褒めながら
今度は私の視力にぴったり合うレンズを調整してくれた。
数年前に更新した運転免許証の視力検査のことを思い出しながら
幾つかの検査をこなしていく。
これでもう目が疲れることもなくなるはず。
細かな作業も難なくこなせるだろう。
眼鏡の完成まで1週間ほど待って受け取りに行くと
私の耳や鼻の形にそって丁寧に最後の調整をしてくれた。
「いかがですか?」
最終調整が済んで、鏡と一緒に手渡してくれたサンプルの冊子には
大小様々な文字が並んでいて、一番小さく書かれてある文字は、
私がいつも作業する細かいものよりも少し大きかった。
微妙にピントが合わない気もしたけれど
何だか「ちょっと合っていません」とは言いづらく
代わりににっこり頷いて見せた。
まあ、兎に角、これまで使っていた眼鏡よりは良いだろう。
使っているうちに私の目にも馴染んでくるはず。
最後に店員が笑顔で「何かありましたらいつでもいらしてください」と手渡してくれた名刺には
名前の前に《店長》と書かれてあった。
あれから数か月。
このごろやっと、私の目は眼鏡に馴染んできたようだ。