超年下男子に恋をする㊸(女子高生にマウントとられたバレンタイン)
バイト先にカリンという女子高生がいる。
あか抜けない感じの素朴な女の子だった。
私はカリンの指導もしていたが、簡単な仕事は彼に教えさせた。彼に「仕事を教える」ということをさせたかったから。人を育てることは自分の成長にもつながる。彼が教えるほどできているかの確認チェックにもなる。
何より私は彼が年下の女の子相手にお兄さん口調になるのを聞いているのが好きだった。私に対しては絶対にしない口調。だから聞いていたかった。
ところがこのカリンちゃんがなかなかの曲者で他人の好きな人をほしがる悪いくせがある。
ミワが好きな羽田とも「今日しゃべっちゃった」とわざわざミワに言ってきたり、彼のことも「かわいいですよね」とか「一緒に推しましょう」とか私に言ってきたりする。
さらに当時ほかにいた女子高生カオリが好きな半田という社員にも誘われて、カリンは調子に乗っていた。半田はとにかく女子高生が大好きで、遠恋の彼女がいるにも関わらず、バイトのカオリにも手をつけている。その半田がカリンと二人でごはんに行ったあたりから、カリンがイキり始めた。
はっきりいってカリンはミワとちがって可愛くない。だから女子高生なら何でもいいという半田には少しあきれる。
私が大好きな彼はたまたま大学生だった。別に大学生ならだれでもいいってわけじゃない。正直私が男だとしても女子高生というだけでカリンには手を出す気にはならない。
それでも世の中の男は芸能人でも美女なアラフォーよりブスの十代を当然のごとく選ぶ。最も魅力を感じる女の年齢は二十歳前後という答えがすべての世代の男共通というアンケート結果もある。さすが日本はロリコン社会。女子高生のブランド価値がここまで高い国はほかにあるだろうか。
マウント女子カリンは半田と食事に行ったことを、ミワに言ったりもしていた。
私はある時、カリンに聞いた。
「ねえ、なんで半田さんと食事に行くの? カオリが半田のこと本気で好きなの知ってるよね?」
「そうなんですよぉ。ほんと半田さんってクズだから、それをカオリに教えてあげるために行ったんです」
「クズなのはカオリもすでに知ってるよ。あの子クズホイホイの自覚あるし。それに教えてあげるんなら、ミワじゃなくてカオリに食事に行ったこと言いなよ。なんで隠してんの?」
カリンは言葉につまった。結局優越感に浸りたいだけなのがみえみえ。
正直そんな若い女子たちのマウント合戦はどうでもよかった。でも最近カリンは彼にも近づきすぎる。そのことに私は苛立っていた。
女子高生相手に大人げないと言われればそれまでだけど、いちいち私に「彼来ましたよぉ、いいんですかぁ?」とか「彼かわいいですよねぇ」とか「この前彼と話してぇ」とかわざわざ言ってくるところが腹立つ。
極めつけはバレンタインデー。
ミワが羽田へのチョコを買いに行った時、一緒にいたカリンは突然彼のチョコを選び出したらしい。ミワは私のことを気にしながら、カリンに「一人にだけ買わないで、みんなに買いなよ」と一応言ったらしいが「えー、なんでぇ?」と気にもかけなかったらしい。
そしてカリンは更衣室で私と一緒の時、わざわざ私がいる前で「チョコ買ってきたんですよぉ」とチョコを出し、ちょうど出勤してきた彼にチョコレートを渡した。
私が着替えてるっていうのに更衣室のドアを開けっぱなしにして出ていくから、声がそのまま聞こえてくる。
「これ、チョコ買ったんですぅ」
「え、うわー、ありがとう」
彼のわざとらしいまでの学芸会口調は、演技というか親しくない人への気遣い態度ではあるけど、なんで私はわざわざその現場に居合わせなければならないのか。
実は私はチョコを用意するかものすごく悩んでいた。
悩んだ挙句、渡すのをやめた。どう考えても義理チョコになんてならないし、本気のチョコだと彼女ヅラで重いと思って、悩んで悩んでやめたのだ。
それなのになぜ私は彼が私以外の子からチョコをもらって「ありがとう」と言ってるのを聞かされなきゃならないのか。こんなことなら私もチョコを用意しておけばよかった。
本当に本当にくやしくて、若いだけのブスにマウントとられることもくやしくて、彼の「二十歳だったら彼女にしたのに」の呪いの言葉がよみがえってまた悲しくて、本当に本当に自分の年齢もカリンの若さも彼の無神経さも何もかも許せなかった。
彼にとってはバレンタインのチョコなんて大したことじゃないのかもしれない。ただチョコをもらったりあげたりなら、私たちの間ではよくあること。
前に私が一緒に食べようと思って試しに買ったお菓子があまりおいしくなくて
「おいしくなかったけどいる?」
と食べかけのお菓子の袋をそのままあげたことがあった。
「まずいのにくれるんですか?」
と彼はドン引きしてたけど
「私はおいしくないけど、君はおいしいと思うかもしれないじゃん。もともとそっちの好みに合わせて買ったものだし。まずかったら食べなくていいよ」
「じゃ、もらいます」
そして別な時、彼は私に食べかけのチョコの袋をくれた。
「これ、あげます。僕もう食べないから全部食べていいですよ」
またマネっこだなぁと思った。
意識してなのか無自覚なのかわからないけれど、彼は私の影響を受けやすく、私がすることと同じことをしてくるところがある。
私が店の人にオロナミンCを差し入れすると彼も同じことをするし、私が帽子をかぶってくると彼もかぶってくる。そんな感じ。
クリスマスにアーモンドチョコをくれたのも、私が食べてたのをあげたことがあったからかもしれない。
それか私は彼が好きなお菓子を覚えていてそれをあげたことがあるからその真似か。
別にチョコをもらうぐらいどうってことない。彼だって私に対してそうしてるんだから。
でもバレンタインはやはりちがう。
私が気軽にあげられなかったチョコを彼が他の子から気軽にもらうのを見るのは本当に嫌だった。
着替えているのにドアを開けっぱなしにされて、ババアの着替えだからって気遣いなさすぎでしょと自虐に走りながら「しめてよ!」とドアを思い切りしめた。甘ったるいカリンの声と彼の「ありがとう」なんて聞きたくない。
彼が私のものならば、カリンにマウントなんてとらせない。いや、そもそもマウントとろうとされようがそんなの気にもしなかった。
バレンタインにチョコをあげるのが当然な関係になりたかった。本気じゃなければ一番仲良い私にはそれができた。それこそカリンを押しのけて、「私のチョコが一番だよね」と冗談めかして言えたのに。
マウント女子高生カリンは若さの象徴。むしろただ若いだけ。でもその若さだけで私をこんなにもみじめにさせる。
カリンはよく私の地まつ毛が長いことを羨ましがっていた。バーガンディーのマスカラも自分には似合わないと嘆いていた。
でもだから何?
「私のまつ毛長いって」
とそばにいた彼に言ったけど、
「まあ、若干そう思ってはいましたけど」
とぼそっと言うだけで目も見ない。
「なんでこっち見ないの?」
「…いや、べつに」
顔を覗き込んでも目をそらし、意地でも目を合わせようとしない。
いくらメイクの努力をしても、まつ毛長かろうが何だろうが、彼は近くで私の目を見ない。
でもカリンのチョコは受け取るんでしょう? つぶらな目を見て微笑むんでしょう? 更衣室で着替えながら「ちくしょー」と思った。
彼がお母さんの言いつけもあってなかなか会ってくれなくなったこと、私に冗談でも好きだと言わなくなったこと、目を見てくれないこと、そしてカリンのマウントが重なって、この頃の私は本当にメンタルが不調だった。
彼は三月で辞めてしまうのに。
もうバイトで普通に会えなくなるのに。
私は焦燥感と苛立ちでいっぱいだった。