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超年下男子に恋をする㊶(寒いだけの冬の花火は年増女の恋のよう)

 一人暮らしのリョウの家で鍋をすることになった。
 メンバーはリョウと私と彼とバイト後にミワ。

 リョウは大学の実習で夜まで家に帰らないということで、その日はバイトが休みの私と彼で先に買い出しに行くことになった。

 夕方彼を迎えに行って、リョウの家の近くのイオンで買い物。ただそれだけのことなのに私はうれしかった。バイト以外で二人になるのは本当に久しぶり。

 彼はこの頃、自動車学校に通っていて、バイトの帰りにも私に色々注意してくるようになった。

「あ、今、ウインカー出さなきゃだめですよ」

とか

「停止線超えてますよ」

とか、自動車学校で覚えたことを得意げに話す彼が本当に子供っぽくて私は微笑ましく思っていた。

 リョウの家に行く途中、手土産にケーキを買いたいという彼の指定の店まで運転しているときも、また運転について言って来たけど、やはり比較対象はお母さん。

「山田さんのブレーキ急ですよね。うちのお父さんの運転みたい。お母さんはもっと冷静で慎重な運転しますよ」

 ようするに、私の運転がお母さんに比べて荒いと言いたいらしい。

 その前にも寒がりな私に

「運転するとき何か膝に掛けたらいいですよ。お母さんいつもそうしてるし」

と言ってきたこともあり、私は彼の分もブランケットを買ってきて、一緒に帰るときは二人で膝に掛けた。

「ああ、本当だ、あったかいね」

と私が言うと、彼は得意げでうれしそう。

 男の子ってきっといくつになってもお母さんの影響があるんだろう。
 私は自分の父親も超マザコンなので、わりとそんなもんだと思っていた。

 そしてイオンについて、彼はまずお金を降ろしたいからとATMへ。

「山田さん、ここで座って待っててくださいね」

 そう言って、私をベンチに座らせてくれたり、歩く速さを合わせてくれたり、そういうちょっとしたことがうれしかった。

「お待たせしました」

とちょっと照れた顔で言うところも、二人の間の微妙な空気も、好きだった。バイトで二人でいる時にはない緊張感。異性と二人で出かけることなどない彼が妙にそのことを意識しているのがわかる。

 だから私は彼にわざと言う。

「私たちどう見えるのかな。親子に見えると思う?」

「さあ、見えないんじゃなんですか?」

 彼は目をそらして言った。彼は緊張が高まりすぎたり、恥ずかしいのをごまかそうとするときほど無表情になる。固まってしまうのだ。

 親子の買い物になんて見えないことはお互いもうとっくに知っている。私たちはいつも恋人同士に間違われてきたのだから。
 だから私は頭がバグって付き合っているみたいな気になった。要求がどんどん多くなり、会えないことも不満になった。そして彼もまた「いつも少ししか時間が作れなくてごめんなさい」なんて謝るから、私はますます勘違いしてしまう。

 私は彼にカートを押させて彼が何を買うのかずっと観察していた。
 初めてのおつかいを見守るママ状態。

 でも彼がまっさきに買おうとしたのは「もやし」。

「鍋といえばもやしですよね!」

 倹約家のお母さんと少しでも安いものを買うためにわざわざ遠いスーパーまで付き合わされて行くことや、食卓はもやしが定番ということはすでに聞いている。

 私は鍋にもやしはあまり入れないけれど、彼に合わせてもやしを買った。ほかにも彼に選ばせてたけど、もともと自分からリードするのができない子なので、そのうちカートを押していることも嫌がった。

「山田さん、ふだん買い物しないんですか?」

「そんなわけないじゃん。自炊してるし」

「だって僕に選ばせるじゃないですか。 カートも僕が押してるし。僕、お母さんと買い物の時、後ついてまわるだけなのに」

 出た! お母さんとちがうことされるとストレス発生。

「買い物しているところ見たかったんだよ。カート押そうか?」

 確かに私が全部とりしきって買い物もした方が早いし彼も楽。ただ彼に色々選ばせたのは、リョウの家に着く前にまだ二人でいたかったというのもあったし、一緒に買い物することがうれしかったから。

 まあでも自分で仕切るような形は確かに彼には苦痛。そこで私はいつもの質問形式で

「味は何系にする?辛いのがいい?シメはごはん?麺?」

みたいな感じで彼に選択肢を与えた。

 すると彼はほっとしたようだった。

 ほんとこっちが指示しないと動けない指示待ちタイプなところがある。

 レジで会計のあとも、重いカゴも言わなきゃ移動させず、二つあるのに一つ目のカゴだけ運んで袋に入れ始めようとするので、「もって」と私は指示をする。するとやっと気づいて動く。

 不思議と彼に対しては元旦那の時のように「言われなくてもやってよ!」というのがない。なんていうかその辺の期待値が最初から低い。一から教えなければと思って仕事も教えてきたところがあるので、「言わなきゃやらない」じゃなくて「言えばやってくれる」という意識で接している。これは完全に仕事モード。付き合ってないからこそというのもあるのかもしれない。
 さらに彼は圧倒的語彙力不足なので、外国人に接するときのように彼がわかりやすい言い方で簡潔に伝えるようにしている。

 お母さんがお母さんが言われても、彼の大事なバックボーンなので、むしろ彼の生育環境を知ることで、どうすればストレスない環境で育てられるかと、参考にしているところがある。なんていうか、動物を保護したときに、どういう環境で生きてきたかによって飼育環境を整えるという感覚に近い。

 ……彼は生まれたてだから。

 まだ自分というものも確立されていない。自由なところがあると思えば、お母さんの言葉に縛り付けられて世間体や常識を口にする。

 私のことも「お母さんじゃない!」とか「一人の女性です」とか言いながらも、お母さんに対してみたいに甘える。

 そしてその甘えからか、だんだん扱いが雑になってきたりもする。そして私が傷つくとあわてて謝る。その繰り返し。

 この時期のことを思い出すと、少しつらさもあるけれど、それでも一緒にいた時間は今でも愛おしい時間で……。

 イオンを出た後、少し足早な彼に「待って」と言うと、めんどくさそうに振り返るけど、重い荷物は持ってくれるところに、私は優しさを感じた。

 この後、リョウの家までの道のりを私が迷った時も、リョウに電話しながら「ゆっくりでだいじょうぶですよ」と運転を気遣ってくれて、そういう優しさはやはり変わらない。

 でもきっと、何かしてくれるからとか優しいからとか、そういうのはもうどうでもよくて、好きだから優しさを感じ取れるし、好きだから一緒にいる時間が大切で、ただそばにいられるだけでよかった。でも私にとって大切な時間が彼にとってはそうじゃない。そのことに傷つくから辛くなる。

 リョウの家が近づいて、公園が見えてきて、誕生日の時にやった花火の残りをやろうかと言った時も

「えーっ、いやですよ!」

と彼は即答。

「え、楽しくなかった?」

「寒かっただけです!」

 あの思い出も、彼にとっては寒かったとしか記憶に残らなかったのかと、私は地味に傷ついた。

 生まれたての彼は、無邪気に人を傷つける子ども。

 もともとデリカシーに欠けたところがあって、思ったことをそのまま口にする彼は、その言葉にどれだけ私が傷つくかもいつも気づかない。

 私にとって忘れられない美しい記憶として残った冬の花火は彼にとっては寒いだけの思い出。

 季節外れの冬の花火を年の離れた自分の恋心に重ねていた私は、この恋もきっと彼にとっては「ひどいめにあった」ぐらいのものになるのかなと思った。

「二度とやりませんよ」

 そう言われて、私は自分の誕生日プレゼントである「冬の花火の思い出」が、最悪の失敗になってしまった気がして悲しくなった。
 そして私の想いも受け入れてもらえないんだと感じた。

 でもこの後の鍋パを楽しむために、「ひどいなー」なんて笑ってやりすごした。

 本当はつらかった。悲しかった。

 でも私の恋はきっとだれから見ても「寒い」だけのものかもしれない。

 記憶の中の赤い火花が凍りついて砕けて消える。

 それでも私は彼の前で笑っていた。

 この恋を自嘲するように。

 

 

 


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