見出し画像

超年下男子に恋をする③(温室育ちは拉致れるぐらいに隙だらけ)

 あれは確か7月。夏だった。
 その頃、バイトの18歳男子がとんだ。
 
 その18歳男子、純は、家庭環境が複雑で、高校は行っておらず、バイト先の店のすぐ近くの施設で暮らしていた。
 無断欠勤が続き、店長も連絡がとれない状態だった。純は携帯も持っていないので誰も彼とは連絡をとっていない。
 
 私は純と仲が良い方だったので、心配はしていたが、なぜかバイトに入ったばかりの彼も純のことを心配していた。

 聞けば、数少ない男子ということで話しかけられ、一緒に遊ぶ約束もしていたらしい。それが今週末と迫っているのに、純と連絡もつけられないということで、律儀な彼は気にしていた。

 休憩室でその話を聞いた時、私はたまたま早く出勤していた。「今から行こう」とそう言って、彼を連れて施設まで行った。

 店から歩いて5分ぐらいとはいえ、唐突な私の行動に、よくついてきたものだと思う。

 施設の人によると、純は施設には帰ってきてはいるものの、その時は不在で、いつどこで何をやっているかもわからない状態だという。
 施設の人は「バイト先に行ってると思います」と言ったが、隣で彼があっさりと「いえ、来てません」と言ってしまった。
 施設の人の態度をみれば、面倒なことに関わりたくないのは一目瞭然、純から話には聞いていたが、ろくな施設ではないと思った。
 それでも隣で彼が一生懸命、純を心配しているということを訴えていた。彼の横顔を見ながら私は初めて心から「いい子だな」と思った。
 電話番号まで置いていくと彼は言ったが、施設の人は「え、困ります」と拒絶。教えてくれと言われたならともかく、こっちが連絡先置いていくのなら、渡すぐらいしてもいいだろうと思ったが、明らかに迷惑そうだった。

 それでも隣で彼は「お願いします!」と頭を下げた。
 まだ何回かすら会っていない、友だちとも言えない子のために、彼は連絡先まで置いていくんだなぁと、なぜか胸が熱くなった。

 純は表面は好青年だったが、それは世の中を渡っていくための仮面であり、居場所を得るための演技だった。そういう面も含めて知っていたからこそ、私は純にとって「本音で話せる数少ない大人」だった。

 この二人が仲良くならなくてよかったんじゃないかと心から思った。

 ……なんていうか、育ちがちがう。

 当たり前に親の愛情をもらってきた彼には純のことはたぶん理解できないし、あれが演技であることも見抜けないぐらい彼の世界は健全だ。私や純がほしくても手に入れることのできなかった「温かい家庭」に彼はあたりまえのように存在している。彼には、純が体の見えない部分に自傷行為の痕をたくさん残していたことなど、想像すらできないにちがいない。

 まだよく知らない私についてきて、よく知らない施設に行って、自分の連絡先まで置いてきて、私の横を並んで歩く彼。仕事上がりの昼のパートの奥さんが、一緒に歩く私たちを怪訝な顔で見てるのに、彼は何も気にしない。

「君さ、ほんと気をつけなよ。私でも簡単に拉致れるぐらい隙だらけ」

 彼はきょとんとした顔で私を見た。ナイフを向けても首を傾げる子犬みたいだと思った。傷つけられたことがなければそれを危険とは思わない。

「冗談だよ」と私は笑った。

 あの時の冗談が冗談にならないぐらいの関係になることを、この時はまだ知る由もなかった。

いいなと思ったら応援しよう!