超年下男子に恋をする㊻(コロナでもなくノロでもない彼に会えないその理由)
終わりが近づいてきた。
あと一か月しかもう彼の隣にはいられない。そう思った。
なのに……
ある日突然彼がバイトに来なくなった。
突然その日に休むなんて、まさかとんだ?
いや、もうあと一か月でやめることが決まっているのにそんなことはないだろう。病気?
私は心配になってすぐ彼に連絡をした。
やっと来た彼の返信は病院から。
病気になったのは彼ではなく、お母さんとお姉さんだという。
コロナ感染が疑われたので、彼まで一緒に検査で病院に行ったらしい。
彼も検査の結果待ちで自宅にいるとのこと。
私はおせっかいかとも思ったけれど
「食料とか大丈夫? 何か必要なものあるなら買って届けようか? 家の前に置いておくよ」
と連絡した。
別にそれぐらいのこと、彼にじゃなくてもやる。
コロナの疑いがあるなら買い物すら行けないだろう。私は車で移動もできるし、それぐらいどうってことない。
でも彼はやんわりと断った。
「だいじょうぶですよー。家に食料あるんで」
「それでも何かあったら言ってね。全然どうってことないことだから」
と私は返事した。
そして検査の結果が出て、家族全員陰性だったとのこと。
ちなみに、彼は「陽性」と「陰性」の意味がわかっていなくて、陽性=大丈夫と思っていた。陽キャにあこがれる彼らしい。陰キャにコンプレックスあるので、どうしても「陽」の方がいいイメージなんだろう。
コロナではなかったものの、お姉さんもお母さんもノロウイルスだった。以前ノロが発生してたいへんなめにあった店なので、ノロには特に厳しく、もし自分じゃなくても同居の家族がウイルス感染した場合、出勤停止になってしまう。
その間数日。さらに検便をしてノロが検出されない確認を経てやっと出勤。彼の場合、二週間休むことになってしまった。
残りのバイトのうち半分が出勤停止。
彼のせいではないとはいえ、あんまりだと思った。
彼がいない二週間。
今は戻るのを待ちわびているけれど、戻ってもすぐいなくなってしまう。そうしたらこんな空虚な時間が延々と続くのかと思うともう耐えられないと思った。
反面、いないことにすぐ慣れてしまうはずとも思った。
実際、バイトの入れ替わりが激しいこの店では、誰が辞めてもすぐ慣れる。仲がよかった夕夏さえ、辞めて最初は寂しかったけど、ミワも入ったこともあり、いないことにも慣れていった。
でも彼はちがう。
本当に耐えられないと思った。
マウント女子高生カリンに「いなくて寂しいですねー」なんて言われても、「別に」と平然を装ってたけど、彼が待っていない休憩室、彼が隣にいないレジ、彼のいない助手席、すべてが冷え冷えと虚しかった。
彼が戻ってきてもつらいだけ。だからこのまま戻ってこなくてもいいのかもとすら思った。
さらにいない日々が続けば昨日よりは今日、今日よりは明日、少しずつつらさも薄れていくはず。
そう思っていたけれど、耐えきれずにLINEした。
「もうこのまま辞めちゃうの-?」
「戻りますよ!」
その時彼は具体的に出勤可能日も教えてくれた。
さすがにこの時は手放しで喜んだ。彼にいつも私が犬みたいにしっぽ振ってうれしそうと言われたりもするけれど、そこはもう素直にうれしかった。
そして彼が戻ってきたとき、色あせてたバイト先が一瞬で色づいた。
「戻ってきたかー!」
と店長が裏で大声で叫んでるのが聞こえてきて、でも知らん顔して、そうしたら彼の方から私のところに最初に来て
「おはようございます」
とはにかんだいつもの笑顔で言ってくれた。
彼はこういうところがある。
以前も、私がホールの奥で新人指導をしている時、彼はわざわざ奥まできて「おはようございます」と言ってきた。その場にいた他の人が挨拶していたし、私は新人優先で彼を見ずにいると、彼はなかなか戻らずに
「山田さん! おはようございます!」
と私が彼を見るまでそこから動かなかった。
こういうところが犬っぽい。彼は私に塩対応なところがあるのに、私が無視するとものすごく気にするところがある。
戻ってきた彼は立派な菓子折りを持ってきていた。
突然休んで迷惑かけたことへのおわびの菓子折りということで、おそらくお母さんに持たされたんだろう。
休憩室に「ご自由にどうぞ」と置かれていたので、私が味が違う二種類とも食べてたら
「あー!山田さん! 一人一個ですよ!」
と彼に怒られた。
「いいじゃん、こんなにたくさんあるんだから。それに君がいなくて一番たいへんだったのは私だったんだからね! ラストも一人だし」
と言い返すと
「はいはい、すみません」
といつものやりとり。
ああ、ホッとするなぁ。
彼も同じように感じてるようで、目を合わせてお互いに笑った。
でもあと残り二週間。シフトは数回。
毎日、当たり前に目を見て笑い合えるそんな関係になりたかった。
ただそれだけ。
そしてそれだけが本当に難しくて、私にとっては奇跡のようなもの。
だからこそ、今でも彼と笑いあったあの時間が切り取られて、胸の奥にいつまでもはがれない輝きとなって……切ない。