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シンとミズチの図像考② 避けて通れない霊獣・マカラ
間延びしておりますが前回に引続き、シンとミズチの図像考。
前回はシンとミズチなる生き物の混ざりあい(多分に私見)をお話しました。
その中でツノのない龍で水を吐くのは「ミズチ」と呼んでも良いんじゃないと軽やかに結論付け、
残していました第2の問題、「気や水を吐く龍じゃない生き物は何なのか」に組み合っていこうかと思います。
そもそもの発端は、とある絵具屋さんで見つけた彫刻。
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これなーんだ。
まじまじと見ていたら、ご店主がゾウじゃないし云々、バクじゃないか云々。
バクに落ち着こうとしているのに待ったをかけ、「ミズチかと」と宣ったのがはじまりはじまり。
しかしながらまったくもって龍らしくない。
これは「ミズチ」といっても良い御仁なのでしょうか。
ツノのあるなしは見逃せても龍じゃないのは見逃せない。
吐き出して良いのは龍か貝だけなのに!…なことにはなりません。
さてさてそこから色々と調べてみたらばです、顔をのぞかせるのは龍やヘビや貝やワニ…
それらをうろうろムフムフした経過を書き記した「シンとミヅチの図像考」の第2回目です。
蛟龍の一種の蜃、それと混ざり合ったミズチとしての社寺彫刻。
これらは恐らく世界中に息づく「吐き出す図像」の1つです。
今回はそんな「吐き出す図像」の代表格、マカラをからめてお送りします。
それでは早速。
5.マカラという霊獣
あの不思議な彫刻を考える前に、まずはこの霊獣に触れてみましょう。
こんな御仁、ご存知でしょうか?
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すべての源流にして霊獣界の生きた化石、マカラさんです!
(勝手に盛り上げました)
マカラとはサンスクリット語で「ワニ」を意味する言葉です。
水中から頭だけをのぞかせる生き物であるワニやカバの姿を原型にして、
全てをのみこみ吐き出す神秘的な霊獣が生み出されました。
原初の大海に潜み、その海水のことごとくをのみほして胴とする。
海上に顔を出し口から海水を噴出させる。
ただただロマンの塊ですね。
この「のみ込み・吐き出すマカラという思想」は各地で受け入れられながら、ワニ以外の動物もとりこみ次々と新たなマカラをうみだしていきました。
マカラいろいろ
そんなマカラのいろいろな姿を見てみますと、
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ぬるっとしていてワニではなさそうなタイプ
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鼻が長く、耳のようなヒレがある
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ヤクシーの花環を生み出すマカラ
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吐き出したアーチは門となる。胴体は雲のような渦。
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なんだかすごいものを吐き出しています
吐き出すもの、マカラはその秀でた図像として、各地の思想をのみ込み取り入れ、ぐんぐんと様々な形をくりだしていきます。
マカラが吐き出すものは大海であり草花であり神でもあり、実に様々。
さながら生命の源流です。
日本の摩竭魚
そんなマカラですが、
日本ではmakara→摩竭羅→摩竭魚としても広まります。
「すべてを呑み込む=大きな船も呑み込む」生き物として、
また実際の生き物への投影には、鯨や鮫や魚、亀が選ばれた印象です。
社寺彫刻で摩竭魚と名指しされているのはこちら。
全て近藤豊「古建築の細部文様」より。
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長崎はやはり大陸の風が吹いてますね。
山口~九州にかけては1社寺検分にいくだけでも楽しそうです。
「これもしかしてシャチホコになってく?」と思われた方がいましたら
万感の思いを込めて激しく頷き握手を求めます。
他にもマカラ、Makaraで検索して頂くと色々出て参ります。
まさに全てをのみこみ吐き出す霊獣は、その思想を体現するかのごとくアジアの各地に広まっていきました。
マカラのこの「名は体を表す」感じ、すごく好きでうち震えます…
6.マカラとシンとミズチと蛟竜
さて、マカラと同じサンスクリット語に
kumbhira「鼻の長いワニの神格化」という言葉があります。
マカラと同一視していいか考察中ですが、このkumbhiraは仏教で金毘羅・宮毘羅となり、宮毘羅は漢語で蛟龍となります。
さぁ、からまって参りました。
もはや何がからまっているのか覚えていらっしゃる方は皆無でしょうが、
前回ずっとたどっていた蜃は蛟龍の一種でした。
その蛟龍が、「マカラと近しい、あるいは同一のkumbhira」であると。
そして日本では「蛟龍をミヅチとしてとらえる」とすれば。
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からまって参りました。
「こうなってくるとシンもミズチもマカラじゃない」と思いますよね。
みんな吐いていますしね。
そう言ってしまってもすごく広い視野にたてばあながち間違いではなさそうなところが沼なのですが、
「吐き出す図像」という一大ジャンルの1つなのでしょう。
kumbihiraにもしマカラ同様「吐き出す」という要素があったとして
それが蛟竜に伝播し、蜃という形で出たなら「なんてスッキリ」ですが
いかんせんそんなに甘くないのであろうと思っています。
ちなみに蜃で私がにらんでいるのは
①「水神=龍・ミズチ(ヘビ)」という概念から「ツノのある蜃とツノのない蛟龍」がまざりあった…ツノのない龍が水を吐くようになった
②それとは別に日本には吐き出す霊獣マカラも渡ってきていた
③ツノをなくした蜃は水を吐き出すミズチの一種になり、吐き出すという点でマカラとも重なる要素をもつようになった
と言えるんでは?というところです。
7.マカラ由来の社寺彫刻
摩竭魚以外のマカラ彫刻も結構ありまして、シャチ、獣タイプなどなど。
(撮影)と断っていないものは若林純「寺社の装飾彫刻」シリーズより。
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水を吐いてはいませんが、この胴が渦になっているあたり完全マカラだと思います
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前回の「シンとミズチ①」でも出しましたこちらの方、
マカラ寄りの子に見えませんでしょうか
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少し鼻が長めなあたりがマカラの残り香を感じます。頭上の剣先も気になる。
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部材を吐き出すスタイルはよく見られます
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この撮影をした時は「?」でしたが今はマカラの一種に見えてしかたない
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これも同様のスタイルですね
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虹梁の絵には同様のスタイルのマカラ。となると彫刻の猪みたいなのもマカラに見えてしまう。
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となるともうこういうのもその亜種に見えてしまいます
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水も吐いていませんし、龍?とも見えるところですが気になる子
マカラのさらに奥
このマカラをも少し追いかけてみますと、
ゾウやワニのような尖った鼻をもち、とぐろを巻く尾をもつ怪魚やワニとライオンの合成獣として表現されるそうです。
そもそもの興りはメソポタミア文明にあるようで、
淡水世界を統べる神エンキを象徴する動物スクル・マーシュ。
スクルはおおきな鯉、マーシュは山羊。
呪文のようです。
横文字苦手なんですよね…
すごい余談ですが幽遊白書のエンキってこの御方からきているのかしら。
世界を統べる名前ですから、どおりで勝ち抜くわけです。
そしてスクル・マーシュは黄道十二宮の摩竭宮に配置されます。
このスクル・マーシュがやがてマカラへ、或いはカプリコルヌス(カプリコーン)へと変じたそうな。
そんな経緯もあって、摩竭宮は魚とヤギ座に分かれます。
ワニ顔・ゾウ顔だけでなくマカラにヤギやイノシシみたいな子がいるのはこのあたりが土壌かとわくわくします。
マカラも龍も古い思想でたどるとあっさりメソポタミアが顔をのぞかせる。
だいぶ二の足をふみます。
世界史をよくわかってないのでまずはそこから…
とか思いながら図像だけを漁りに古代文明に進出していく自分が容易に想像できる。
龍のご先祖だろうクルやムシュフシュなんて、ときめきの塊です。
ムシュフシュ、まぁかわいい響き。
ということで、龍とマカラはまだまだ奥がありますので、
また集中的に取り上げようと思います。
(余談)
こんな風にからまってきますと、何が龍で何がマカラで何がミズチで…とぐるぐるして参ります。
名前がついているならブレない設定でいてほしい…と誰ともなく恨めしくなることもありますが、人の手で全く同じ線は描けないもの。
1つの図像が変わっていくのは当然の成り行きです。
それがどのような背景で変容していったのか、気になってしまう私の気質が仕様がない。
そもそもが大陸由来の社寺彫刻に、龍やマカラという異国で育まれた図像が棲みつくわけですが
やはりそこに、この島国育ちの感覚・思想も入り込まずにはいられなかったのでしょう。
軒回りや柱上にぽこぽこ取り付いている社寺彫刻には、あまねく時代・あまねく世界をめぐった図像にまつわる営みがちらりと垣間見えます。
そんなガクジュツテキ視点にたたず、ただ彫ってたり塗ってたりしてるのがまた良いのですね。
あとは私みたいなのがそれぞれを並べ眺めてムフムフ楽しむのです。
現代よりもはるかにゆるやかな速度で、けれども衝撃的な強さ鮮やかさを伴って図像は伝播したのでしょう。
少しの狂いもなく伝わるわけではなく、そぎおとされたり付け加えられたり。
ヴィジュアルが軽々と飛び交う今にはない、ゆるやかな消化と根づく吸収力を感じます。
とりこみとりこまれ乱立する図像の流れを、迷いながらたどるのは非常に贅沢な楽しみで
なんやかんやと言いながらもやめられないんですね。
8.さてあの彫刻は
話を戻しますと
はじまりの絵具屋さんの彫刻は、分類するならばマカラ寄りの霊獣なのだと思います。
とりあえず龍ではないから蜃でもない。
そして今回の考察の流れの中では、マカラ寄りの霊獣でなおかつ広い意味合いではミズチであるとも言えませんでしょうか。
言えないかなぁ。
ミズチの守備範囲が私の中で「日本で水を吐いてる図像」と化しているからなぁ…(広い)
蜃って宣言しちゃうよりは良いとこ突いていたかなと思っています。
一旦「ミズチじゃない?」って言ってしまった手前、
後日、絵具屋さんにはマカラまでつながるこのややこしい沼を簡単にまとめたものを謹んでお渡ししました。
どきどきしましたが喜んでもらえたので良かったです。
まぁただの変な人なんですが、お付き合いがないわけでもありませんし
そこの若旦那さんはこういうの結構お好きなんです。
ただkumbhiraと蛟龍のつながりがよくわかっておらず調べ途中です。
kumbihiraと金比羅は字面でつながりがわかるものの蛟龍はね…
発音かしら。
このkumbihira=クンビーラは「何を恐れることがあろう」(格好いい!)という意味でヒンドゥー教のワニの神様です。
中国に棲息していたワニから龍が発想された背景に何かヒントがあるやもしれません。
サンスクリット語も漢語もよくわかっていない身にはなかなか険しい山です。
釈然としていないのは、クビラといえば十二神将が出てくるのですが、あの人は亥なのです。
諸説あって必ずしもではないようですが、そのままズバリの辰とか巳とかでない。
亥は五行・易的には水気だそうですから、水との繋がりはありそうですが
いきなり龍になるわけではないでしょうし。わからんです。
さて、蜃から蛟龍、そしてマカラを混ぜてのミズチと、ズブズブ沼を歩いてきました。
調べれば調べるほど足元のぬかるみは増していきますが
一筋縄ではくくれない姿かたちの社寺彫刻がたくさんあるのだもの。
とはいえ今回もかなりつめこみましたねぇ…
お付き合い頂いた方、お疲れ様でございました。
「吐き出す図像」についてはあまり触れられませんでしたので
そちらもまた記事を作りたいと考えております。
それでは今回も長々と最後までお読み頂きありがとうございます。
また次回の投稿で。
おまけ
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