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とにかく好きだな

私がラジオを好きになったのはなんでだったかな、と思い出していた。

ラジオを好きと言ったって、他のラジオが大好きな人たちに比べればあまりいろいろ聴けていないし、毎回継続して聴き続けている番組はそんなに多くもないのだけど。

そもそも私がラジオを好きになったのは「なにか好きなことを見つけたい」と思っている時期に面白いものにとにかく触れたくて、テレビに出ている芸人さんのラジオをなんとなく聴いてみたことからだ。
別にその芸人さんを特別好きだったわけでもなく、なんとなく思い出したからネットで検索して、ラジオをやっていることを知り、いままであまり触れたこともないのになぜか急にラジオを聴いたのだ。自分でもよく分からないのだが、そこから好きになって、三年経った。その芸人さんは私の一番の推しで、生きる源だ。

もともとうっすらとしかその芸人さんのことを知らなかったが、ラジオを聴いてみるとテレビの印象と違うところが見えて面白かった。
もっとはちゃめちゃな人なのかと思っていたら、こんな穏やかに、でも語彙が豊富で話せる一面もあるのか、なんて思ったり、まったく印象がなかったけどこの人の話し方すごい聞き心地が良いな、とか思ったりした。

たくさん人が出ているバラエティの中の一組で奮闘しているのではなくて、コンビ2人が2時間言葉だけで楽しませてくれる感じが、なんだか私にはとても心地よかった。テンポ感みたいなものが丁度良かった。

しかもなにか目的があるとかいうわけでもなく、本当にくだらない言葉の応酬が続くだけの時間というのも多い。終わった後に「一体何を聞いていたんだろう……」となるけれど、その中のひとくだりが妙に面白くてずっと頭の中で反芻してしまうこともある。あと、大人のくだらない話ってあんまり聞けないから嬉しい。くだらない話が大好きだ。中身がなくったっていい。中身があってぎゅうぎゅうの話は現実の中だけで充分だ。私の中ではラジオは現実とは少し違うところにある。

あとは、テレビのようにテーマが決まっていてそこに向かっていろんなものを詰め込みながらワーッと進んでいく感じと違って、その場にいる人たちだけで作り上げていく感じがするのも良い。なにか目的があるわけでもないが、その場で生まれるノリにどんどん反応が重なって思いもかけない方向に進んでいくハチャメチャ感。ハチャメチャなのに、置いて行かれたような気持ちにはなぜかならない。
他の人が魅力として話すような「寄り添ってくれる感じ」はあまり感じたことがないのだが、一緒に馬鹿なことやっているような感覚はある。

とことん余白を愉しむメディアのような感じがする。いろんな人の個人的な話だったり、くすりと笑えるニュースについてあーだこーだ言ってみんなで楽しむ。そこに思想が入ってくると私は途端に苦しくなるけれど、あまりそういうこともなく本当に「くだらないなぁ」と笑って終わることが出来る。

今みたいに現実がごちゃごちゃしている時に、こういうメディアは本当にありがたい。ちょっとだけ心を匿ってくれる場所。

あとは家事をしている時にも耳だけで楽しめるからとても楽だったり、今はアプリのプラットフォームも増えてどんどん聞きやすくなっている。手軽さも魅力の一つだろうか。

推しの番組で一番好きな番組はラジオで、私が新たにその人を好きになる事が多いのもラジオだ。
とことん言葉だけで成立させていくラジオのままならなさや、そこから垣間見えるその人の本質みたいな部分に触れられるからだろうか。

正直、パーソナリティーとリスナーは距離が近い、という意見はいままであまり理解出来なかったのだが、こうしてまとめてみるとちょっと納得出来た気がする。
ずーっと好きな番組を聴いていたいな。一生続いてくれ。




サムネイルは先日食べた贅沢ご飯。こういうのばっかり食べていたい。(無理)

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