俺の理想の休日(小学校編)

7時、蝉の声と蒸し暑さで目が覚める。扇風機を止めてリビングに向かい、32インチのテレビで「ポケモンサンデー」を見る。今日は秋山隊員がバトルをする回だからゲストが勝つだろう。

8時30分。親が朝ごはんの用意をしてくれた。今日はコーンフレークだ。俺は休日の朝ごはんでのみ食べることのできる、甘いコーンフレークが大好きだ。朝ごはんを食べながら天気予報を見る。最高気温30度、湿度は低め。外に出るにはちょうど良い。

9時。遊びに行く。海辺へ行って釣りをするか、神社へ行って虫取りをするか迷うが、一昨日学校でケンちゃんがヒラタクワガタをお父さんに買ってもらったと自慢していたので、それに対抗するためのカブトムシを取りに神社に行く。

9時15分。神社に到着。鬱蒼とした森の中に大きく構える神社は昼でも木陰のおかげか少し涼しい。虫籠とアミ、ママ(外ではお母さんと呼んでいる)からかぶれと言われた麦わら帽子を装備し、森の中をズンズン進んでいく。
今日もあの女の子がいた。神社に行くと必ず出会う同い年くらいの女の子。名前を結衣と言う。白いワンピースに麦わら帽子、腰まで伸びた綺麗な髪を靡かせて俺に声をかける。
「やあ。今日は1人か。おや、帽子がお揃いじゃ。ぺあるっく?というやつじゃな。」
ケタケタと笑う結衣は同い年くらいなはずなのに妙に大人びて見える。貫禄と言うか、風格というか…。しかも学校ではみたことがない。謎だ。もう知り合って長いし今更気にしてないけどね。

結衣と一緒に森の中を歩き、俺はカブトムシを探していた。どういう因果かわからないが、この子と一緒にいると大きいカブトムシやクワガタに出会う確率が高い気がする。ひとしきり森を練り歩いたら疲れたので境内で休憩することにした。サラサラと揺れる木陰を見ながら頬を撫でる風を感じ、お互い黙っている。

12時の鐘がなる。もうそんな時間か、気だるい体に喝を入れて家に帰る。帰り際、結衣に話しかけられた。
「午後はまた虫取りかい?」
「いや、午後はケンちゃん達とミニ四駆屋さんに行くんだ。結衣も来る?」
「ほお、ケン坊か。じゃがすまんな。今日は神社でしか遊べんなあ。楽しんできな。」
そういえば結衣の家はどこにあるんだろう。いつも俺より早く神社にいて俺が先に神社を後にするからわからない。俺は苦笑いを浮かべる。
「今日は、じゃなくて今日も、でしょ。全く結衣は神社に引きこもってばっかりじゃない。たまには海とかで遊ぼうよ。」
結衣は少しだけ自嘲ぎみに笑いながら。
「儂は泳げんのじゃ。またの機会にするよ」
と言っていた。確かに泳がなくちゃ海は楽しくないもんね。

13時。お昼ご飯を食べてミニ四駆の準備をする。昼ごはんの時、朝からいなかったお父さんと兄ちゃんが俺に「今日の晩ご飯、楽しみにしとけよ」と言っていた。大方大物でも釣り上げたのだろう。お腹を空かすために今日のレースは勝たなければ。

14時。自転車で「ホビーショップ たかはし」に到着。家から少し離れたこのお店は駄菓子やエアガン、プラモデルと様々なものが売られている(もちろんミニ四駆も)。普段の店主は腰の曲がった少し無愛想なおばあちゃん(たまに駄菓子をくれる)だが、夏休みが近づいてくるとその孫の大学生のお姉さんがバイトで店主をしている。おばあちゃんよりも無愛想ではあるが、負けず嫌いでたまに一緒にミニ四駆で勝負している。

14時30分。マシンの手入れも終わってみんなも集まってくる。今日は月に一度の大ミニ四駆大会なのだ。ケンちゃん、ゆうや、ひろき、香織、雫、俺の6人でトーナメント形式で戦う。勝った人は全員からガブリチュウと、最速の称号がもらえる。負けられない!
ケンちゃんのマシンはお父さんから買ってもらった高級パーツのおかげでピカピカだし、速い。ただ本人の豪快な性格もあってパワー重視のセッティングとなっており、テクニカルなこのコースでは安定感がないので勝機はそこにある。ゆうや、ひろき、俺のマシンはなけなしのお小遣いを惜しみなく使ったマシンで、決して遅くはないがケンちゃんのマシンには及ばない。だけど最近のひろきはケンちゃんを唆すことによってあまり物のいいパーツをもらってパワーアップしてる。おのれ。
女性陣の香織、雫のマシンは両方とも個性が出ている。香織はとにかくマシンを可愛くしたいらしく、速いパーツというより、デコレーションにこだわっている。でも俺と家が隣ということもあって、俺がいくつか速いパーツを渡しているから決して侮れない。雫はおとなしい性格で勝負事には疎そうにも見えるが、常に相手のマシンを観察し、それに対抗するためのマシンを作るので無骨ながらも完成度の高いマシンとなっている。

3レーンのコースなので、2グループに分けた。初戦はケンちゃん、ゆうや、ひろき。次戦で俺、香織、雫の順番になった。

初戦はひろきが勝った。ゆうやのマシンも健闘したが、やはりパーツの差であと一歩及ばずといったところか。ケンちゃんは読み通りコースアウトして失格となり、コツコツとパーツ集めに勤しんだひろきに軍配が上がった。今年、ケンちゃんは初の黒星となる。
「がーん!まさか俺が負けるなんて!」
「ケンちゃんのマシンも速かったけど、コースとの相性が悪いね。もっとダウンフォースを意識したセッティングをしないと」
「ひろきは自分のパーツで戦わないと。そのベアリングローラーだってケンちゃんから貰ったやつでしょ?」
「え!?あのパーツ強いのかよ!おいひろき!そのローラー返してくれよ!」
「くすっ、最後に触った人のものって言っていつもボールの片付けを押し付けるのは誰だったかな?」
「それとこれとは話が別だろ!よしゆうや!2人でひろきからローラーを奪うぞ!
「よしきた!」

ぎゃあぎゃあと追いかけっこをしてる3人を尻目に俺はマシンの最後のチェックをしていた。そこに後ろから香織が話しかけてきた。
「午前中はどこ行ってたの?」
「神社に行ってたよ。虫取りしてたんだ」
「ふーん。ずいぶん余裕なのね。早くあんたの悔しそうな顔が見たいわ」
「あんな毒々しい車には負けないさ」
「毒々しいってなによ!かわいいでしょ!」
小突かれた。やれやれ、昔からすぐ手が出るんだこいつはまったくやれやれ。

そんなやり取りをよそに雫はじっと俺の車を見ていた。
「すごいマシン…。ベアリングローラーにフロントにはスタビライザー、リアは二段ローラーか。これだったらマッハダッシュモーターの威力をしっかり発揮できるね。しかもダンパーに底面のブレーキキットで吹っ飛び防止もしてる。」
一目見て俺がどんなパーツをつけているのかわかってしまう雫に戦慄していると、雫は更に付け加えて来た。
「でも今のマシンは重いんじゃないかな。コーナリングとパワーの両立をするために色々つけてるけど、この重量だと本来のパワーを引き出せない気がする…。」
参った。レース前なのに雫には勝てる気がしない。半ば諦めの気持ちで俺はマシンをコースにつけた。
「今日こそ勝ってやるんだから!」
香織は勢いよく自分と俺で作ったどピンクのマシンをコースにおいた。雫も静かにマシンをコースにセットする。雫のマシンは無駄なパーツを省き、要所に肉抜きをした軽量なマシンだ。


レースは雫が勝った。直線のスピードだけで言えば俺の方が速かったが、総合的には雫の圧勝だった。「やった…!勝てた!」
穏やかに、それでいて確かに喜びを表現する雫、その後ろでは今にも爆発しそうな香織がいた。
「なんであんなに早く曲がるのよ雫の車は!全然追いつかないわ!」
「香織ちゃんの車は安定感はあるけどもっとスピードが出るようにしたほうがいいと思う。でも香織ちゃんの車、可愛くて羨ましい…」
「そ、そう?あ!そうだ!今度雫の車、デコってあげる!どんなのがいい!?」

和気藹々とガールズトークをしていると、駄菓子屋の店主が店から出てきた。
「よし、じゃあ決勝戦だな。そろそろ私に勝てるやつはいるのかねえ」
店主は店のパーツを自由に使えるので、とても速い。ケンちゃんでも勝ったことがないのだ。だから毎回勝った2人が決勝戦で店主とレースをする。
「ひろき!雫!今日こそはダガソンに勝ってくれ!」
ダガソンとは店主のあだ名だ。駄菓子屋の孫だからダガソンと呼ばれている。
「駄菓子屋さん。今日は負けません!」
雫も静かに燃えていた。


優勝は雫だった。ダガソンのマシンは確かに早かったが、パーツに囚われすぎていた。雫は自分でマシンの改造を施していたので、駄菓子屋のパーツよりも速い機構を作ることができていたようだ。
水道のホースでシャンパンファイトをしていると後ろからダガソンに声をかけられた。
「やられたよ。まだまだ負けないと思ってたけどまさか雫に負けるとはね。今日は私がお前らの分も奢ってやるよ。」
雫はダガソンに勝利した最初の人として、語り継がられるのであった。

17時30分。香織と家に帰った。ひぐらしが悲しく鳴いている。夕焼けでオレンジ色になった海岸線を2人で歩いていた。シャンパンファイトでぐっしょりと重くなった服を着ながら他愛のない話をして帰路に着いた。
家に帰ると魚料理が大量に盛られていた。お父さんと兄ちゃんがイシダイを釣ったらしい。とてもじゃないが食べ切れないので、香織も呼んでみんなで食べた。お父さんと兄ちゃんは釣った魚の話で大盛り上がりしていた。

21時。香織と別れてお風呂にも入り、就寝時間となった。この時間になるとだいぶ涼しく、蝉の声は聞こえなくなる。代わりに鈴虫の声と遠くで打ち付ける波の音が家を包んだ。

休日が終わる。明日は学校だ。今日も楽しかった。いつも通りの休日が終わり、いつも通りの平日が始まる。でも少し楽しみな、そんな俺の人生。


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