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箱の中(一次創作)
箱を持っていた。
箱は綺麗な青色で、小さな鍵穴がついていた。
母は、その箱を大事にしろと言った。なにがあっても手放すなと優しく、しかし強く言い聞かせてきた。そういう母もまた、箱を持っていた。
「箱の中にはなにが入っているの?」
私は母に尋ねた。母はただ、
「大切なもの。いつか分かるわ。」
と言った。母の言っていることはよく理解できなかったが、私は箱を大事に持った。
周りを見ると皆、大きかったり小さかったり、それぞれ自分の箱を持って歩いていた。
私もみんなの真似をして、箱を持って歩き出した。しばらく歩いていると、赤い箱が落ちているのを見つけた。近くには誰もいなかった。なんとなく赤い箱はピカピカしていて、なんだか魅力的に見えた。でも、青い箱を両手で持つのがやっとだった。私は少し考え、赤い箱を拾うのをやめた。
そのまま、青い箱と共に歩き続けた。
またしばらく歩いていると、すれ違った大人に声をかけられた。
「こんなに大きくて綺麗な箱は見たことがないだろう。この箱を、君にあげるよ。」
その人が指差す先には、確かに見たこともないほど大きく、金色に輝く箱があった。
私は少し考えたが、母の言葉を思い出し、断ることにした。
「今持っている箱が大事なんです。申し訳ありませんが、その箱は受け取れません。」
その人はひどく残念そうに、ただ最後には、いつか後悔する、と言い捨てて走っていった。
私はまた、青い箱を抱えて歩いた。
道中、たくさんの箱を見た。箱を手放す人もみた。箱を奪おうとする人も見た。私は両手で持てるその青い箱を、ただ大事に大事に持ち続けた。
私は大人になって、いつからかその手には鍵を握っていた。
周りの人が箱を開けていた。皆それぞれの箱の中を見て、嬉しそうに幸せそうに笑っていた。
私も箱を開けたくなった。
何が入っているんだろう?
期待に胸を膨らませて、箱を開けた。
箱の中には、どこにでも落ちてそうな石がゴロゴロ、無造作に入れられていた。
私はがっかりした。それと同時に絶望した。私は何年も、こんな石ころを大事に持っていたのかと。馬鹿らしくも感じた。
今までこの箱の為に諦めてきた他の箱には、何が入っていたのだろう?幸せそうな他の人の箱には何が入っているのだろう?
私は近くにいた人に話しかけた。
「箱の中を見せてもらえませんか?」
その人は快く、少し自慢げに箱の中を見せてくれた。
その箱の中には、輝く宝石が山ほど入っていた。その人はすごく楽しそうだった。
たくさんの人に声をかけ、箱の中を見させてもらった。みんなさまざまな、私にとっては価値のありそうなものを持っていた。みんな、幸せそうだった。
私はつまらなかった。
もう一度自分の箱の中を見たが、やっぱりただの石が入っているだけだった。
いっそのこと、その青い箱を捨ててしまおうかと思った。
ふと見知らぬ人が来て、私に聞いた。
「箱の中を見させてもらっていいですか?」
私は渋々、箱の中を見せた。
その人は言った。
「素敵なものを持ってますね。見せてくれてありがとう。」
何度見ても、どこにでも落ちてそうな石だった。価値のあるようには見えなかった。
私はしばらく考え、ある結論に至った。この石は、私の人生なのだと。私にとってはなんの変化もないただの人生が、私以外の誰かから見たら、それは素敵な人生だったのだ。
私は青い箱を持って、また歩き出した。石が入った箱は決して軽くはなかったが、足取りはいつもより軽く感じられた。
※この小説と同内容のものを某小説投稿サイトに投稿しています(noteにて加筆修正済み)。
※みんなのフォトギャラリーより、画像をお借りしました。ありがとうございます。